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異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第二章 赤き竜とオアシスの街
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100話  宝石の導き①


 リヒトの口から告げられた衝撃的な言葉にも、ルナリスは取り乱さなかった。それどころか、「やっぱり」と腑に落ちる感覚すらあった。

 フェニアで我を失ったあの時。

 心の底に沈む昏い声が、何度も何度も、彼女を焚きつけるように囁いていた。

 あれは、核の欠片に侵食されていた証だったのだ。

 こちらの精神が揺らいだ隙を、じっと狙っていたのだろう。暗闇に潜み、息を潜め、獲物が落ちる瞬間を待つ獣のように。


「……ずっと、聞こえてたわ。あの昏い声が」


 ルナリスが静かに告げると、リヒトは優しく頬へ手を添えた。

 大きく温かなその手は、まるで怯えを撫で消すようだった。


「でも、取り憑かれてるなんて……どうして分かったの?」


 問いかけると、リヒトの耳がみるみる赤くなる。視線をそらし、指先でルナリスの胸元を示してきた。


「……胸元に、埋まってた」

「えっ!?」


 慌ててドレスの胸元をつまみ、覗き込む。

 そこには、双丘の影に挟まれるように、黒い欠片がまるで宿主を得た宝石のように埋まっていた。


「み、見たの?」

「……すこしだけ。で、でもっ……その……傷を確認したのも、これを見つけたのもラセルとベルだから! 大事なところはちゃんと隠してくれてて――!」


 リヒトは必死に言い訳するが、焦りすぎて余計なことまで口走っている。

 ルナリスは真っ赤になりながらも、それ以上の追及は避けた。

 どこまで見られたかなど、気にしている場合ではないのだ。それに、リヒトは将来夫となる男性だ。多少見られたところで……。


(ーーじゃなくて。まさか、私にこんなものが埋まっていたなんて)


 脱線した思考を振り払い、ルナリスは咳払いで気持ちを整えた。

 リヒトも同じく視線を彷徨わせていたが、ルナリスが口を開くと、すぐにその表情を引き締めた。


「これ……どうにかして取る方法はないのかしら」

「前にザヒールが言ってただろ、核を浄化するって。そうすれば、もしかしたら……」

「ええ。でも、あの時は結局、できなかったわよね」

「その手掛かりが、この神殿にあるんだ。ここはザヒールのお祖父さんたちが、赤竜の襲撃から逃れた場所なんだよ」

「まあ……!」


 ルナリスは驚き、聖堂の天井を見上げた。

 空気は厳かで、地下遺跡の重苦しい気配が嘘みたいなほど澄み切っている。核の昏い思念すら寄せつけないほどの、強い神聖さが満ちていた。

 ふと、微かな旋律が耳に触れる。

 柱の向こう側でパチパチと音を立てる焚火に混じって響いてくる、微かな歌声。幾重にも重なった美しい旋律。

 それは、聖堂の奥から、ルナリスの耳にだけ届いていた。


「……宝石の歌」


 思わず漏れた呟きに、リヒトは目を丸くした。


「聖堂の奥に、きっと何かがあるわ」

「何かって……」

「分からない。でも……悪いものじゃない気がするの。とても優しくて、澄んでる」


 ルナリスの力。宝石の声を聴く能力。

 リヒトはその不思議さを知っているからこそ、迷わず頷いた。


「なら、行ってみよう。でも――」


 リヒトはゆっくりと立ち上がり、ルナリスへ手を差し伸べた。

 その表情は穏やかで、労りに満ちている。


「まずは、しっかり休もう。腹ごしらえもして、みんなに……きみが無事だって見せてあげないと」


 温かく、頼もしいリヒトの手。ルナリスは小さく笑って、その手を取った。


 焚火の輪へ足を踏み入れると、仲間たちの表情が一斉にほどけた。

 安堵、喜び、そして優しい眼差し。


「お元気になられたようですね」


 アイゼンがザヒールと並んで微笑む。

 その隣で控えていたマシューは、大柄な身体を震わせて、目尻を手の甲で拭いながらかすれた声で言った。


「よ……よかった……本当に……!」

「ルナリス様……」


 そっと隣に腰を下ろしたラセルは、背筋を張ったまま深く頭を下げた。

 神妙な面持ちが、焚火の陰に揺れている。


「お助けできず、申し訳ございません。私は……」

「やめて、ラセル」


 思わず、ルナリスはその肩へ手を伸ばした。

 次の瞬間、まるで姉に甘えるかのように、ぎゅっと抱きついた。

 険しい表情が消え、女騎士は珍しく虚を突かれたように目を見開く。


「私こそ、心配かけてごめんなさい。それに……こうして助けに来てくれた。本当に、ありがとう」

「ご無事でなによりです。ルナリス様……!」


 ラセルの声が震えた。

 抱き合ったまま小さく笑い合うと、それだけで胸の奥が温かく満ちていく。

 ルナリスは続いて、ひとりひとりに感謝の言葉を伝えて回った。

 そして、ベルの前で足を止めた。


「なによ。思ったより元気そうじゃない。……心配して損した」


 むすっとした声。

 けれど、その語尾に宿る震えは、優しさを隠しきれない。

 ルナリスはふっと和やかに微笑んだ。


「心配してくれたの?」

「えっ……あっ……!」


 ぽろりとこぼれた本心を拾われ、ベルは耳まで真っ赤に染まった。


「ふふっ。ありがとう、ベルさん」


 ルナリスの笑みは自然で、飾り気もなくて――ベルの顔から、張りつめていた表情が少しだけ緩んだ。


(もっと早く、あなたとちゃんと向き合えばよかった)


 そうすれば、こんな事態を招かずに済んだかもしれない。そう思う一方で、今こうして彼女が命がけで来てくれた事実がただただ嬉しかった。

 ルナリスは、リヒトの傍らに控える黒い影にもそっと近づいた。


「ゼファーも、本当にありがとう。あなたがいてくれたおかげで、こうしてまたみんなに会えた」


 その言葉に、ゼファーは誇らしげに尾をひと振りした。

 それだけで充分だった。

 彼は、「ルナリスを守ってくれ」という相棒の願いを、ただひたすらに果たしたのだ。


「俺からも礼を言うよ。ありがとうな、ゼファー」


 リヒトがそう言うと、黒狼は当然だとでも言いたげに短く鳴き、その場へ丸くなった。

 焚火の赤い光が、仲間たちの顔を温かく照らす。

 恐怖の地下遺跡から戻ったばかりとは思えないほど、そこには穏やかな時間が流れていた。




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