表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生したら、弟が婚約者になりました  作者: くなぎ八重
第二章 赤き竜とオアシスの街
103/104

98話   再会②


 赤く染まったドレスの裾が、冷たい石畳の上に広がっている。

 駆けつけたリヒトの目に飛び込んできたのは、蹲るルナリスの姿だった。

 その傍らで、ゼファーが太い四肢を広げ、暗闇の奥を睨み据えている。金の瞳が一瞬だけリヒトを捉え、「やっと来たか」と言わんばかりに低く鼻を鳴らした。

 胸の奥が凍りつく。

 だが、ルナリスがゆっくりと顔を上げ、その紫の瞳にまだ確かな光が宿っているのを見た瞬間、リヒトの脚は迷いなく動いた。


(生きてる!)


 名を呼んで、彼女の細い肩に手をかける。

 そのまま抱きしめてしまいたかったが、彼女の体がどれほど傷ついているか分からない。リヒトは血に濡れたドレスを見つめ、声を震わせた。


「どこを怪我してる? 傷の状態は――」


 返答の代わりに、ルナリスの肩が小刻みに震えた。

 額から大粒の汗が滴り、唇が蒼白に染まっていく。


「だめ、リヒト……」


 まるで、彼の手から逃れるように、ルナリスは身を捩った。


「私から離れて……!」


 刹那、彼女の体から黒い靄が噴き上がった。

 息苦しくなるほどの瘴気が、空気を押し潰すように広がる。


「これは……瘴気っ!?」

「お願い、はなれて……リヒト!」


 ルナリスは自らの体を抱き締め、震える唇で必死に言葉を紡ぐ。その姿はまるで、身の内に潜む何かと闘っているかのようだった。

 危機はなおも続いた。

 

「殿下! 前方にスケルトンが!」


 ゼファーと並んで前を警戒していたアイゼンの声が響く。

 仲間たちが一斉に武器を構え、リヒトも警戒の目を向けた。

 暗闇の奥で、青白い光が揺れる。骨の軋む音とともに、無数の骸骨の兵が姿を現す。

 それは、通路を埋め尽くすほどの軍勢だった。


「せ、聖堂へ逃げましょう!」

「殿下はルナリス様を!」

 

 ザヒールの声がこだまする。ラセルとマシューが前線へ飛び込み、剣を振るった。

 斬り伏せられた骨が砕け散るが、骸骨たちはすぐに身体を再構築し、幾度も立ち上がる。


「ベル! ザヒールを頼む!」


 リヒトはザヒールを後方へ下がらせると、ためらう暇もなくルナリスの身体を抱き上げた。

 瘴気は彼女のみならずリヒトをも侵食しようと迫りくるが、そんなことはどうでもよかった。


「リヒト、離して! このままじゃ、あなたにも瘴気が――!」

「いいさ。君からなら、瘴気だろうが何だろうが貰うよ」


 その言葉に、ルナリスは息を呑んだ。美しい紫の瞳が、潤んで揺れる。


「少し走るよ。傷に障ったら、ごめん」


 リヒトはそう告げると、来た道を引き返すように駆け出した。

 腕の中の彼女が驚くほど軽く感じられ、存在を逃がさぬよう腕に力を込める。


「聖堂まで走るぞ!」


 背後で、骨の砕ける音と剣戟が重なり合う。

 騎士たちの怒号、ゼファーの咆哮が闇に響く中、リヒトはただ、ルナリスの体温だけを確かめるように抱き締め続けた。

 荒い息を吐きながら、リヒトは石段を駆け上がった。

 抱き上げたルナリスの体は、時おり小さく痙攣している。瘴気はなおも揺らめき、黒い煙のようにふたりの周囲を漂っていた。

 やがて視線の先に光が見えた。

 暗闇の終端、古びた石のアーチから微かな光が漏れている。


「みんな、急げ!」


 リヒトの叫びとともに、全員が一斉に駆け込んだ。

 アーチを抜けた瞬間、肌を撫でる空気が一変する。息苦しいほどの瘴気さえ、音もなく溶けていった。

 背後の通路から、骨の足音が響いた。

 スケルトンの群れが闇を割って現れる。


「あいつら、まだ追ってきてる!」


 悲鳴にも似たベルの声が響く。

 だが、聖堂の敷居を跨いだ途端、彼らの身体が軋みを上げた。

 骨が、砂のように崩れていく。

 武器を握る指が音を立てて砕け、頭蓋が崩落し、足元から風化していく。

 残骸と化した骨が床に散らばると、静寂だけが残った。

 なおも通路の奥に残るスケルトンたちは一歩、また一歩と下がり――やがて、その場から姿を消した。


「やっぱり……この聖堂は何かに守られているんだ」


 ザヒールが呟いた。彼の瞳には驚愕と敬意が入り混じっている。

 一行が安堵の表情を浮かべる中、リヒトは腕の中のルナリスを見下ろした。

 彼女を苦しませていた瘴気は、すっかり鳴りを潜めている。神聖な力が、穢れを抑えてくれているのだろう。


「ルナリス……聞こえる?」


 静かに呼びかけるも返事はない。ただ、彼女の胸は確かに上下していた。

 間に合った。

 その実感が胸に広がった瞬間、リヒトは深く息を吐いた。

 崩れ落ちた骨の残骸が、差し込む光の中で静かに塵となって舞う。

 それは、まるでこの地に染みついた死の記憶が、ようやく安息を得たかのように見えた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ