第9話・バータディルマ
驚いた。なんてものじゃない。一瞬本物かどうかすら疑った。
〈ガーディアンズ〉には、最強のヴァンパイアハンターと呼ばれる人が三人がいる。
それぞれ東方の三博士の名前を由来を持つ━━━メルキオル、ホルミス、バータディルマ。
最強と呼ばれる所以は、当然だが葬って来たヴァンパイアの数と経験と才能だ。
わたしの前に現れたのは紛れもなく、最強の一角バータディルマだ。身体強化の異能を持ち、文字通り腕っぷし一本で最強まで成り上がった猛者。
記憶の中にあるバータディルマより幾分か若く見えるのは、もしかすると〈ガーディアンズ〉にはまだアッシュたちは入隊していないの?
「どうした?」
「あ、いやあのあの…!」
なんて説明したらいいの? アレンがヴァンパイアになったから助けてください?アホか。無理に決まってる。ヴァンパイアから人間に戻る方法なんて思い付かない…!
ヴァンパイアに慈悲を与えるほど、〈ガーディアンズ〉は優しくない!━━━━………でも、一つだけ確かなことはある。
「孤児院が襲われているんです!!」
「何だと…?! キミは避難していなさい!」
「え!?」
それだけ言い残してバータディルマはひとっ飛びで屋根に飛び乗り走り去った。
「……〈ガーディアンズ〉のひとたちの身体能力特殊すぎるでしょ…」
どう考えても同じ人間とは思えない。
二次元的なマジカルなのか、ヴァンパイアの因子を肉体に入れ込んでいるから身体が強化されているのか。それは不明だが通常の人間の身体能力ではないのは確かだ。
とか思っているウチにアレンが殺されかねない。わたしもバータディルマの後を追わなければ。
バータディルマにはああ言われたが、自分だけ避難するなんてできなかった。せめて孤児院の子どもたちが無事であってほしい。
震える足で、肺が詰まるような思いで、彼らの後を追う。
◇◇◇
ユキシアより先に孤児院に戻ったアレンは、近くにいたニンゲンを殺した。
まろび出る血飛沫を浴びると乾燥しきった肉体に、潤いが戻る感覚がして、気分が良くなる。
だが小さい。
小さな小さな器からは、少量の潤いしかない。
もっとだ。もっと。嗚呼、もっと。もっと自分を潤わしてほしい。もっと欲しいんだ。
血が━━━、肉が━━━━、悲鳴が━━━━━! 足りない!!
虚空をつんざく悲鳴に混じる、硬いものが勢いよく落ちる音や折れる音に吸い寄せられるように人間たちが集まり、アレンに叫んだ。
「止まれェ! 貴様! その子どもを離さなければ、銃弾を喰らわせるぞ!!」
「━━━ァ?」
容易く握り潰せる頭蓋骨は、気持ちいいくらいの音を立ててアレンの心を満たす。けれど足りない。それでも足りないのだ。
━━自分を虚空を満たすものが、足りない。
悲鳴を注いでも、血を注いでも、肉を注いでも足りない。乾く。何を入れれば満たされるんだ。
次は、ナニを注いでやろうか。
とアレンの手が伸びる。
虚空を掴もうとしたその腕は、血肉の塊に届くことなく、突如として見舞われた腹部への衝撃波によって膝をついた。
「お前、ヴァンパイアじゃないな。……なんだ?」
ボロマント翻しやってきたバータディルマ。
腕の長さも、牙も、体格すら人間とヴァンパイアの原型を留めていない異形のモノ。それが今のアレンの姿だ。
バータディルマのギフトによって強化された手が槍のようにアレンの身体を切り裂き、彼の蹴りが腹部に入ったことで膝を付いた。
ギリィっと歯ぎしりをさせ、黒く染まった角膜から覗く真っ赤な虹彩でバータディルマを睨む。
━━━ちがう、おれはエリオット様と同じヴァンパイアだ!
「エリオット?……まさか、〈グリムレーベン〉の第Ⅱ階級『血染めのエリオット』か?」
「アレン!!」
「君! 何やっているんだ!」
━━━あぁ! ユキシア!! その男は危険だ! 本能がそういっている! 離れるんだ!!
「ユキシアとは君か?」
「え、はい…どうしてわたしの名前を?」
「聞こえるんだよ。ワタシにはね」
アレンとバータディルマを追いかけて来たユキシアの前に広がるのは血の海。その上に散らばる肉片(島)は黒々としていて形も曖昧で、何だったのか検討もつかない。いや、違う。考えたくないだけだ。考えたらソレはもう人間のカケラに見えてしまうから。
ユキシアの前にいるモノは、人間とは言い難い。かといってヴァンパイアとも名城し難い。
バータディルマはユキシアに視線を送り目を閉じてから、再びアレンを見つめた。
「対象敵と断定。「夜叉」と仮称し、殲滅活動に移行する」
「まっ━━━」
声を発する前にバータディルマの攻撃は、アレンを貫いた。
バータディルマが扱う『スティグマ・ギア』は両手を覆うグローブであり、『その拳は槍』と形容されるのは彼の持つ異能力、身体強化から来ている。純粋な戦闘能力もさることながら、身体強化だけでヴァンパイアを圧倒するバータディルマは…まさにガーディアンズ最強の一角なのだ。
それを今、目の当たりにしている━━━。




