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第8話・最強の一角

 破壊音が止まった場所までたどり着きアレンの名前を呼んだ。


「アレン! アレン!!」

「はぁ~~~……だっる…」

「?!」


 気怠そうな声が静かに響いて、聞こえてきた。

 瓦礫を蹴っ飛ばし現れたヴァンパイアは、頭から血を流しながらも軽い足取りでこちらへと近づいてきた。

 わたしは一歩二歩と、後ずさる。


「ん~? もしかして恋人とかだった? あはっゴッメーン! 〈グリムレーベン〉にいる超優秀なヴァンパイアだからさァ!『ヴァンパイアの紛い物』に負けるわけにはいかないんだよねえ?!」

「ぐ…〈グリムレーベン〉…?!」


 クランに所属していない逸れのヴァンパイアかと思ったけれど違った。

 ━━━最悪だ。

【原作】でも何度となくユリウス率いる〈グリムレーベン〉がどれだけ人間に容赦がないか見たことか。

 街だけじゃない、下手したら国一つ滅ぶのに時間を要さないのがヴァンパイアの力だ。

 災害なんて目じゃない。意思を持った破壊衝動そのものだ。

 もし、〈グリムレーベン〉がこの街に来たら街は崩壊し、人間は食料として喰われ、オモチャとして嬲られる殺される。


「あぁ可哀想だなぁ! 可哀想だなあ!!

 ……ここで味見してもモーマンタイだよねえ?」


 青白い肌と鋭い爪がわたしに向かって伸びる。足が震えて、逃げられない。

〈グリムレーベン〉の最悪っぷりは視聴者全員が知っている。容赦なんてない。女だから子どもだからなんて、そんな生優しいことはしない。


「あんれえ? 逃げないの? 命乞いしないの? 悲鳴上げられないと、困っちゃうよ」

「……」


 この手のタイプは、口を開いただけで何をするか分からない。何もしないで怯えているほうがまだ延命できる。と言ってもわたしの命も今日までだ。せめて…ミーハー気分でも、アッシュやアベルたんと会いたかったなぁ……。

 目の前に()が迫っているというのに、わたしの思考は割と冷静で彼が優しくわたしを即死させてくれるはずもないのに、穏やかなのは何なんだろうか。


「んじゃあ♡ いただきまぁ〜すっ」


 白磁の犬歯がキラリと怪しく輝く。その刃がわたしを捉えた瞬間━━━吹っ飛ぶヴァンパイアの首。


「━━━え?」


 思わず阿呆みたいな声が出た。

 噴水のような放物線を描きながら血飛沫が飛び、生暖かい液体がわたしの顔や服にかかる。

 



「め、めんてぇ…!」


 唸るような声が下から聞こえそちらを見ると、ギロリと空を睨むヴァンパイアの生きた首が置いてある。

 恐怖に支配されながらも思うことは普通に「うわぁぁっ! きもっ!!」だった。何が起こったかどうかはこの瞬間問題じゃなかった。

 このヴァンパイア…今日だけで何回顔が吹っ飛ぶんだろう。とも、冷静に思ってしまった。


「ハハッ…ハハハッ…!!━━━━アーーーハッハッハッハッハッハッハッハッハァァァ…!!!!!」


 独特な臭いを漂わせ、狼の遠吠えのように笑い声を響かせるアレン。心臓を貫かれても死んでいなかったのだ。


「こレが…ハハハッ…コれで…! おレェハ、エリオット様とぉぉ…! 同ジぃイ…!」


 正気を失っているような声にわたしは何も言えなかった。そこにいる青年はアレンの姿から、2mほどの身長が伸び足の形は獣、腕と爪も伸び、口と鼻は大きく突き出し、耳は突起のように鋭くなった。

 真っ黒な影のような立ち姿はまるで狼男のようだ。身体の節々には牙の生えた口がいくつもあり、そこから吐血し周囲に血の臭いをまき散らしていく。


 目の前にいたヴァンパイアは自らの身体を動かし、己の首を抱き上げて定位置に戻した。


「アレ…? あれ、あれ…あれあれ? アレアレアレアラアレアレアレアレアレ????」


 心底不思議、とばかりの声を出さすヴァンパイアにわたしも首を傾げる。何かあったんだろうか。


「おい、おい…おいおいおい! テメェ、何をした! 首がつながらないじゃないかァァアアアアアーーーーーーー!!!!!!!!!!!」


 奇声のような甲高い声を上げながらアレンを睨む。耳を咄嗟に塞いでも聞こえてくるその声量だけで風の斬撃が飛んでいく。気迫だけで斬撃を飛ばしたヴァンパイアは下手をしたら第Ⅱ階級並みの実力があるのでは、と隣で見ていてわかった。

 アレンに襲い掛かるヴァンパイアを弾き飛ばし狭いレンガの壁に囲まれた家の中庭で行われる戦闘は、一層激しさを増していき瓦礫が宙を舞い、土ぼこりが視界を遮り、人の悲鳴と怒号が遠くから聞こえてくる。警備隊すらも近づけないようだ。


 目の前で繰り広げられている戦闘はまるで現実味がない。この場にいるのに、わたし自分が蚊帳の外にいるような感覚に陥った。強いて例えるのならば画面越しに見ているようだった。わたしはいつまでも『この世界』に自分が馴染めていないのかもしれない。


 ヴァンパイアの力は深夜に増す。だが致命的なダメージがある場合は灰になってしまう。アレンがそのことを知っているかどうかは分からないが、時間を稼げれば勝機はあるだろう。

 アレンのことは嫌いだけど、彼に頼るしかないわたしはどこまでいっても無力だ。



 激しい戦闘の末、アレンは満身創痍になりながらもヴァンパイアに勝った。━━━勝ってしまった。

 幾度となく顔を潰されたヴァンパイアは自己治癒に力を削がれたのか、それ以上にアレンの攻撃が激しかったのかは分からないが、無慈悲なまでに灰にされたヴァンパイアをアレンもわたしも見下ろすしかできなかった。


 ━━━おわ……った…?本当に終わったの?



「ァあ…足りない…」


 え?

 アレンは虚空を見つめて呟いた。


「血が……血が、たり………ない」


 アレンは高く飛び上がった。向かった先は街の中心。彼は孤児院へ向かったのだ。

「アレン!!」と呼びかけても彼は止まらない。わたしは彼を追いかけた。

 一心不乱に走ったのに、過度な過労だろうか? それとも今更ながらに恐怖心を抱いているせいか、足が震えて前に進まない。心臓も痛くて仕方がない。


「はぁ…! はぁ…はあ……はぁ…」

「君、大丈夫か? ここは危険だ。すぐに離れるんだ!」

「!━━━あ、あなたは…!」


 薄汚れたボロ布をマントのように纏い、夜に紛れる黒い衣装に身を包んだガッチリとした体形と顔に刻まれた複数の傷━━━茶髪と深緑の瞳をしたその人は、【原作】で最強のヴァンパイアハンターの一人━━━バータディルマだ。

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