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取引


 ローナの案内の元、人混みから離れて裏路地を突き進むこと十数分。

 薄暗く、みすぼらしく、所々家の壁が剥がれた廃屋が軒並んだ、転生前の世界で言うスラム街のような場所に到着した。

 その中でも、特に薄汚く屋根も一部無くなっている一件の家の前で立ち止まった。


「着きました、ここです」

「本当に? 私達を騙そうとしてない~?」

「してませんよ。確かに侘しいですが……ンンッ! ジェーンさん、私です、ローナです」


 口を滑らしたローナは軽く咳払いし、名乗りながらコンコンと扉をノックする。


「どうぞ、お入りください」


 がたつく扉の向こうから、年寄りのようにしわがれた声で返事が返ってきた。

 ローナは後ろに着いてくるよう二人を手招きして家の中に入っていった。


「ようこそ。狭苦しい襤褸屋ではありますが、お座りになってください」


 中には大きなテーブルが一つ、椅子が四つと最低限の家具しかない。

 その内の一つに、老眼鏡を掛けて艶のあるスーツを見事に着こなした、小綺麗な老人が座っていた。


「ジェーンさんご無沙汰しております」

「お久しぶりですローナ様。本日はどういったご用件で……?」

「友人が家を欲しいということでしたので……」

「ほぅ……。そちらのお二人ですな?」


 ジェーンと呼ばれた老人は、品定めするようにして少年とマリィをジロジロと観察する。


「こ、こんにちは~……」

「……うま」


 少年はマイペースに、《料理スキル》で自作したジュースで水分補給しているが、マリィは緊張でガッチガチに固まっている。


「ローナ様のご紹介ならば、信用はしておりますが……。一応、仕来りですので、こちらでステータスを見させていただきます。よろしいですね?」

「……」


 老人はそう断って、懐から冒険者ギルドに置かれていたのと同じ水晶を取り出した。アレでステータスを映すらしい。

 少年は無言で頷く。


「ふむ……ほぉ珍しい……。今時の若者で《市民:Lv0》とは……。ローナ様は確か、冒険者ギルドでレベル上げに勤しんでおりましたから、てっきり高レベルの名のある冒険者かとばかり……」

「私は今朝方、冒険者ギルドを辞めました。それにレベルなんかどうでも良いんですよ、この少年は《蘇生魔法》を使えるのですから」

「なんと! それは真ですか!?」

「……」


 少年は無言のまま頷く。


「Lv0で蘇生魔法……俄には信じがたいですが……。しかしなるほど、ローナ様がご推薦するに至る人物なのも納得ですな……」

「独り言とか歳かな? 僕は家が買いたいんだけど?」


 ムムムと唸る老人は何か思案しているようだったが、少年は何のこっちゃとここに来た本題を切り出した。相変わらずマイペースである。

 はたと、独り言から我に返ったジェーンはすまし顔に戻った。


「失礼、少々取り乱しておりました……」

「家くれ」

「承知しております。ここはそういう場所ですので……。それで、敷地や区画など、土地の指定はありますか?」

「無い。近場ならどこでも」

「ふぅーむ……。ご予算の方はお伺いしても……?」

「50万ルピ」

「でしたら……こちらのカタログからお選びください。50万ルピのご予算内に収まる物件になっております」


 ジェーンは街中の空き家となっている一軒家の外見・間取りが掲載された一冊の本を机の上に置いた。

 我々の世界のように活版印刷技術の無い世界なので、手描きの絵によって、建物の外観や内装が描かれている。


「……」


 少年は数分ほど、ペラペラと無言でページを捲る。

 が、お眼鏡に適う物件が無かったのか、少年はパタンと本を閉じた。


「他は」

「他……と申しますと?」

「他の家」

「ふーむ……。ご予算に収まる物件はこれで全てですが……」

「他の見せて。見るだけならタダ」

「……事前に断っておきますが、ローナ様がご友人だと仰るから私は貴方に物件をご紹介しているのですよ。貴方は《市民:Lv0》で――――眉唾物ですが、いくら蘇生魔法を使える高名な冒険者だからと言って、50万ルピ以上のご予算を用意できているとは到底思えません。そもそもどこの馬の骨かも分からないLv0がローナ様に――――」

「早く」


 ぶしつけな物言いにムッと来たジェーンは早口で捲し立てたが、少年は待ちきれない様子でクイクイッと指を動かした。これは「早く見せろ」のサインだよ。

 老人は少年のしつけのなってなさに怒りを通り越し、最早あきれ顔である。


「ジェーンさん、私からもお願いします。せめて見せるだけでも……」

「……値下げはしませんぞ」


 ジェーンはローナに促されて渋々別の本を取り出した。

 金色に縁取られたその本は、明らかにさっきのカタログとは格が違うことがハッキリと見て取れる。


「……」


 少年は先ほどのカタログと同じ調子でペラペラと本を捲り始めた。

 彼の後ろでは、今まで静かに見守っていたマリィも「ヒッ」とか「うわっ」とか、意識せずとも吃驚して声が洩れてしまうまでに、価格が二桁も三桁も違い、豪奢な内装や仰々しい外装の家々が掲載されている。

 しばらく本を捲っていた少年は、とあるページではたと手を止めた。


「……これッ!! ぜってぇこれ!!! これが欲しいッ!!」


 突如興奮した少年は、後半の《500万~1000万ルピ》という項目に掲載された、とある一件の家を指さした。

 それは没落しそうになっている落ち目貴族が、何とか地位だけは維持しようと苦し紛れに売りに出したお屋敷で、価格は予算の15倍にも昇る750万ルピ。

 相当資金繰りに切羽詰まっているようで、広大な敷地の割りに破格の値段ではあったが、後ろで見ていたマリィは手を顔に当てて、呆れるようにして少年の肩にしなだれかかった。


「少年クゥン……キミ、値段見えてる?」

「たりめーだろバカかお前は」

「気のせいだと思ってたけど少年君って私には饒舌になると辛辣だよね!?」

「あの……流石にこれは無理ですって……。というか見るだけだったのでは……?」

「ハッハッハ! いやいやいや、貴方達は私をからかいに来たのですか? ローナ様もお人が悪い」

「い、いえ! 私はそんなつもりはありません! ねぇ少年さん、今からでも別の物件を選びましょう、ね?」

「……」


 少年は無視してバッグをゴソゴソと漁り始めた。


「ちょ、ちょっと、聞いているんですか!? 50万ルピで買える家を選びましょうよ!」

「ハァ……。いいってローナ、放っときなよ。多分持ってるから」

「え……『持ってる』とは……?」


 ローナと違いマリィは彼を止めない。

 少年は、興奮の余り目を見開き、口角が吊り上がっている。こうもイキイキとしている少年を見るのは、初めて《忍者スキル30:分身》を見た、「サイコー!」と少年が叫んだあの時と一緒だからだ。

 バッグを漁る彼には、何かしらお金になるアイテムでも持っているのだろうと推測する。


「やるよ」


 案の定、少年はバッグからゴトリと白く背景が透けて見える鉱石を机の上に置いた。

 こぶし大ほどの大きさのそれに、商業ギルドで何度も目にしてきたジェーンはいち早く食い付いた。老眼鏡を、クイと手で押し上げる。


「これは……まさか!?」

「『オリハルコン』。高いでしょ?」

「いやはや……本物ならば、高いなどという価値では測れませんな……! いやしかし……この輝き……まさしく『ミスリル』ではございませんか!」

「……あ、違うんだ」


 少年はまたしても、スキル制ゲームとレベル制異世界の違いを実感した。

 どうやら魔法やお金だけではなく、鉱石の見た目・種類なども違っているらしい。

 スキル制ゲームで言うミスリルと言えば、無課金者の露店で投げ売りされているレベルのやっすい鉱石だったのだが、どうやらこの世界でのミスリルは相当な価値があるようで、ジェーンはズレ落ちる老眼鏡を掛け直し、机に齧り付くようにして原石をなめ回すように鑑定を始めた。


「少年さん、ミスリルってそれ……本物ですか……? 坑道に巣くう、1000万分の1の確立でしか会えないレアモンスターからしかドロップしないあの……?」


 どうやらミスリルは相当渋い遭遇率のレアモンスターからしか落ちないらしい。


「……」

「少年さんってばぁ!」

「いや知らんし」

「ほーらやっぱり持ってた。モンスターの素材と一緒にそれも換金しちゃえば良かったのに」

「これはとっておき」


 少年は自分にとっての『オリハルコン』――――彼女達にとっての『ミスリル』は、元々換金する予定は無かった。

 と言うのも、『オリハルコン』は彼がギルドで暴れたときに両手に装備した剣の素材である。

 そしてスキル制ゲームには『装備の耐久度』が設定されている。耐久度が0になれば、当然それらは壊れてしまうのだが、そうなる前に《鍛冶スキル20:修復》で打ち直す必要があるのだ。

 その時に必要になるのが、打ち直す武器・防具と同じ素材の鉱石――――。

 つまり、オリハルコンで造られた少年の剣を直そうとしたら、同種のオリハルコンが必要になるので、彼の持っているオリハルコンは打ち直し用であり、金や銀のような実物資産ではないのだ。

 しかしそれを手放してでも、少年はこの屋敷が欲しかった。


「これは……ほ、本物……ですかな……?」

「本物。証明はできない」

「ほ……保証書は……。誰か、モンスターを倒してドロップする現場を見た証人などは……」

「ない。僕を信じろ」

「ううむ……」


 淡々と答える一方で、少年は確かな手応えを感じていた。マリィとローナの反応、老人の狼狽え方からして、この世界でのミスリルの価値はバカ高いらしい。

 実際その通りで、商業ギルドで『1g/100万ルピ』で取引されている貴重な鉱石だ。

 ミスリルは鉄よりも軽く、鋼よりも耐久性に優れており、特殊な魔力で持ち主の魔法を強化してくれるという実用性重視の鉱石。

 またレアモンスター自体の出現は希だが、確実に1個はドロップするため、外観を重要視し且つ希少価値の高いダイアモンドなどの宝石には遠く及ばないものの、少年が置いた拳大の鉱石は20g前後なので、たった1個でも屋敷を買うには十二分の相場を張っている。


「もう1個やるよ」

「む――――むむ!?」


 そこで少年は追撃の手を緩めず、机の上にもう一つ同じサイズの『ミスリル鉱石』をポンと置いた。

 ミスリルは1個でも充分足りていた可能性は考慮していたが、何が何でもこの屋敷が欲しい少年は、惜しむことなく追加投資する。

 案の定、机の上に置かれたミスリル鉱石二つを、老人は目玉が飛び出さんばかりに食い入るように見定めていた。


「ちょ、ちょっと少年クン!? それはやり過ぎじゃない!?」

「そ、そうですよ! 流石に2個は多いですって! っていうか何で2個も持ってるんですか!」

「……」


 ローナとマリィは、流石にやりすぎだと止めるが少年は意に介さず無言。ただしその顔はイキイキとしていた。


「さ、流石に2個は受け取れません! 1個でも充分足りていますし、そもそもこれが本物かどうかくらい鑑別のお時間をください! まずはそれからでないと、私としても判断しかねます!」

「そんな時間はない。今選べ。売るか、売らないか」


 ジェーンは二人の言葉で我に返ると、オリハルコン(ミスリル)の受け取りを拒否した。

 それを見て、気持ちが昂ぶり興奮していた少年は一変し、淡々とした声色でジェーンに選択肢を迫る。


「むッ……!」


 彼からは過去に似たようなシチュエーションを潜り抜けてきたような、場慣れした『凄味』があった。

 というか、こういう交渉は前世――――もといスキル制ゲームにおいて何百回もしてきたので、少年は慣れているのだ。それもお屋敷の750万ルピなどという端金ではなく、限定課金アイテム欲しさに50Mにもなるゲーム内マネーを動かしたこともある。


「五秒数えるね?」


 だから無慈悲なカウントダウンもお手の物――――。


「5、4、3」

「お、お待ちください! 今から鑑定眼を持つ使用人を呼んできますので――――」

「2、1――――」

「えぇいもう融通の利かない人だ! い、良いでしょう! 保留! 保留という形にしましょう! いや、口約束になりますが『売ります』!」

「書類とペン。あんだろ寄越せ」

「貴方がこれを本物だと言い張るように、私も口頭でしか約束できません! せめて、一体どこから入手したかだけでも……!」

「5、4、3」

「書類はここにはありません! ここはお屋敷の見聞・相談をするだけの事務所です! 後日持ってきますのでどうぞカウントを止めてください!」

「……住むのは?」

「屋敷の鍵もここにありません! 明日お持ちしますから我慢してください!」

「チッ」


 最後の舌打ちに肝を冷やしたジェーンだったが、少年は納得したようで、机の上に置かれたミスリル鉱石をズイッとジェーンサイドに押し出した。

 少年はてっきりゲームのように、買えば今すぐにでも住めると思いこんでいたので、期待はずれと言えば期待はずれであるし、それだけ世慣れしていない世間知らずとも言える。

 ジェーンは止まらない冷や汗をハンカチで拭きながら、ミスリル鉱石をコソコソとカバンに収納しようとしたが収まりきらず、おんぼろ家屋の床を引っぺがすと、そこにミスリル鉱石を隠した。自分以外が開けないよう、入念に魔法をかける。

 あまりにも高価なアイテムなので、このようなお粗末な事務所に置くには危険が過ぎる。かと言って、手に抱えたままスラム街を帰るのは、体に肉を括り付けてサバンナを歩かせるようなものだ。 後日、用心棒や傭兵を警護につけて、改めて回収しに来るのだろう。


「申し上げるまでもありませんが、本日の取引の内容はくれぐれも内密にしてくださるようお願いします。私としましても、出所不明のミスリル鉱石を受け取ってしまった手前、自分の身を守るので手一杯になってしまい、あなた方の庇い立てができませんので……。それに、屋敷の持ち主である貴族様にも申し訳が立ちません。今回は『ローナ様の現金によってお屋敷が買われた』、そういうことにしておいてください」

「少年さん……ここはジェーンさんの言うとおりにしておきましょう。バレたら色々と面倒くさいので……」

「……しょーがねぇなぁ」


 少年は口ではそういうものの、お目当てのお屋敷が手に入ったのでホクホク顔であった。

 彼にとってこの屋敷は、自分が元居た世界の――――『スキル制ゲーム』との繋がりだったからだ――――。


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