第7話 「戦場にて」②
それから3週間後。
第15即応魔導小隊は、再び前線へ出ていた。初陣で大きな戦果を上げたとはいえ、戦争が終わったわけではない。国境では依然として、王国軍とミレーヌ連邦軍の衝突が続いていた。四人は箒に乗り、前線上空を飛行していた。
「アリア小隊長。前方に敵部隊を確認しました」
リリアがアリアに向かって言った。
「数は?」
「二十ほどです」
「分かった」
アリアは魔導銃を構えた。
「我々の任務は先方として敵の前衛を叩き、友軍の地上部隊が攻め込む隙を作る事だ。私が正面から攻撃する。リリア少尉は右から回り込んで。アルフォンス、カイル両伍長二人は後方から攻撃をして」
「了解しました」
「了解です」
四人は散開した。アリアは敵陣へ向かっていく。魔導銃を構え、敵の火力拠点を狙う。魔力弾が飛び、次々と敵の前衛が倒れていく。そして敵の攻撃が止まる。
「今だ」
アリアが無線で指示を出す。王国軍の地上部隊が前進する。戦況は順調だった。
「アリア小隊長!」
リリアの声が無線から響いた。
「伍長二人が前へ出ています!」
アリアが振り返る。見ると、二人の伍長が命令を無視して敵陣へ接近していた。
「カイル伍長、アルフォンス伍長! 戻れ!」
アリアが叫ぶ。
「それ以上前へ出るな!」
しかし二人は止まらない。
「今なら敵の指揮所を叩けます!」
「俺たちが行きます!」
「戻れ!」
アリアの声が強くなる。それでも二人は進んでいく。敵陣から大量の対空射撃が始まった。
「危ない!」
リリアが叫ぶ。二人の伍長は辛うじて攻撃をかわした。だが、一人の箒が大きく揺れる。
「伍長!」
アリアが急降下した。敵の攻撃をかわしながら、逆に敵の大砲や機関銃を狙って魔導銃を放つ。攻撃をかいくぐりながらアリアは二人の前へ出る。
「下がれ!」
「ですが……」
「命令だ!」
アリアは二人を強引に後方へ誘導する。その間にも、敵の攻撃が続く。アリアはすべての攻撃をかわしながら、敵の攻撃地点を一つずつ潰していく。
「こちら第15即応魔導小隊。当初の任務を完遂。撤退は可能か」
『こちら東部方面軍コントロール。第15即応魔導小隊の前線撤退を認める』
四人は戦線を離れた。幸い、誰も負傷しなかった。だが、アリアは一度も二人の伍長へ言葉をかけなかった。基地へ戻るまでずっと無言だった。
そして、基地に戻った直後。アリアは小隊の部隊テントに入るなり、乱雑に軍用ヘルメットを机に投げるとカイルとアルフォンスに振り向いた。
「カイル伍長、アルフォンス伍長」
「はい」
二人がアリアの前に立つ。その瞬間だった。アリアがカイルの胸元を掴んだ。
「……何を考えていた!」
「小隊長……」
「何を考えていた!」
普段のアリアからは考えられないほど声が荒れていた。アルフォンスも息を呑む。
「私は戻れと命令した」
「敵の指揮所を攻撃する好機だったので――」
「そんなことは聞いていない!」
アリアの手に力が入る。
「私は戻れと言った!」
「……」
「勝手に動くな!」
怒り。それだけではなかった。
恐怖。それが、アリアの声には混じっていた。
「もし撃墜されていたらどうする!」
伍長たちは答えられない。
「もし帰ってこられなかったら!」
アリアの声が震える。
「私は……」
言葉が止まる。リリアがアリアを見る。アリアはしばらく黙っていた。そして、伍長の胸元から手を離した。
「……もういい」
アリアは二人を見る。
「第15即応魔導小隊から除籍する」
「え……?」
二人が驚く。
「小隊長、それは――」
「決定事項」
「ですが、俺たちは……」
「戦場で命令を無視する兵士を、私は部下に置けない」
アリアの声は冷たかった。
「私の小隊では、私の命令に従ってもらう」
「……」
「不満があるなら、別の部隊へ行けばいい」
二人は何も言えなかった。
「あとで私が東部方面軍司令官のノワール閣下に転属について話をしておく。荷物をまとめておけ」
二人はその場を去っていった。部屋に残ったのは、アリアとリリアだけ。しばらく沈黙が続いた。
「アリア小隊長」
「何?」
「どうして……そこまで怒ったんですか?」
アリアは答えなかった。
「確かに、二人は命令違反をしました。でも、結果的には誰も負傷しませんでした」
「……」
「除籍までしなくても――」
「駄目」
アリアは静かに言った。
「次も同じことをする」
「……」
「そして次は、帰ってこられないかもしれない」
リリアは黙ってアリアを見る。アリアは窓の外へ視線を向けた。
「国のために命を懸けるなんて、馬鹿らしい」
「……アリア小隊長?」
「国が命を懸けろと言ったから死ぬ?」
アリアの声は低かった。
「そんなの、馬鹿らしいよ」
「……」
「国のために戦うことと、死ぬことは同じじゃない」
アリアは拳を握る。
「生きて帰るために戦うんだ。死んだら、何もできない」
「……うん」
「守ることもできない」
「……うん」
「帰ることもできない」
アリアの声が、少しだけ震えた。
「だから私は、誰にも勝手に死んでほしくない」
リリアは、そこで初めて気づいた。アリアが怒っていた理由。命令違反そのものではない。 自分の命令を無視したことによって二人が死ぬかもしれなかったこと。それが、何よりも怖かったのだ。
「アリア……」
「何?」
「……何でもありません」
リリアはそれ以上、何も言わなかった。アリアもまた、窓の外を見つめ続けていた。国境の向こうには、今日もミレーヌ連邦軍がいる。明日も戦闘になるかもしれない。その戦場で、自分は部下を指揮しなければならない。十二歳の少女には、あまりにも重い責任だった。それでもアリアは思う。
———死ぬために軍人になったわけじゃない。生きるために戦う。




