第6話 「戦場にて」①
それから、さらに半年。
王国魔導軍士官学校。
長かった士官学校での日々も、終わりを迎えようとしていた。講堂には、この日卒業を迎える士官候補生たちや将官候補生たちが整然と並んでいた。その中に、二人の少女がいる。
十二歳になったアリア。そして十六歳になったリリア。
二年前。十歳だったアリアと、十四歳だったリリアが出会った場所。その二人が今、卒業生として同じ場所に立っていた。
「これより、卒業証書授与を行う」
教官が名前を読み上げていく。
「アリア・スー・エルディア」
「はい」
アリアが前へ出る。小さな身体のその歩みには一切の迷いがない。卒業証書が手渡される。 続いて、任官辞令が読み上げられた。
「王国魔導軍中尉に任ずる」
講堂がざわめいた。卒業生の多くは伍長、優秀な者でも少尉。しかしアリアは違った。十二歳で中尉。士官学校史上でも異例の昇進だった。アリアは敬礼する。
「ありがとうございます」
その姿を、リリアは静かに見つめていた。
「リリア・ヴェルフェリア」
「はい!」
リリアが前へ出る。
「王国魔導軍少尉に任ずる」
「はい!」
敬礼。
リリアも少尉として卒業する。これまで一緒に訓練してきた二人。それぞれが正式な軍人となった。式典が終わり、卒業生たちは校舎の外へ出ていく。リリアは隣を歩くアリアを見る。
「卒業しちゃったね」
「うん」
「なんだか、あっという間だったなあ」
「そう?」
「二年前は、アリアなんて全然喋ってくれなかったのに」
「……そうだった?」
「そうだったよ」
リリアは笑う。
「最初なんて、話しかけても『何?』しか言わなかったじゃん」
「覚えてない」
「嘘だ」
アリアの口元がほんの少し緩む。
「……そうかも」
そんな二人のもとへ、一人の軍服を着た男が近づいてきた。
「そこの二人」
声をかけられたことに気づいた二人はその人物を見ると慌てて敬礼をした。
「しっ失礼いたしました!准将閣下殿!」
珍しくアリアが慌てる。そこに立っていた男の肩には准将の階級章が付いていた。
「自分は王国魔導軍所属アリア・スー・エルディア中尉であります」
「同じく王国魔導軍所属リリア・ヴェルフェリア少尉であります」
「私は王国魔導軍総司令官副官、エドワード・クローヴェル准将だ。配属先が決まった。話がしたい」
話がしたい。つまり付いて来いということだ。エドワードはくるりと向きを変えると歩き始めた。三人は士官学校の建物の中の会議室に入った。エドワードは窓から外を見つめながら言った。
「まあ座り給え」
二人が椅子に腰かけると、どこからともなく現れた士官が書類を渡してくる。
「貴官らの卒業後の配属についてだが、王国魔導軍第1魔導大隊」
「第1魔導大隊……」
リリアが呟く。王国軍の中でも、最前線を担当する精鋭部隊だった。
「新設する第15即応魔導小隊に配属する。この小隊は第1魔導大隊の所属ではあるが、王国魔導軍指令部の直属でもある」
「つまり指令部から直接命令を受領すると?」
「そうだ。アリア中尉が小隊長だ」
「……私が?」
「そうだ」
エドワードは淡々と告げる。
「了解しました」
「リリア少尉は小隊長副官を命じる」
「はっ!」
リリアは敬礼する。これまでずっと一緒だった二人。しかし今日から、立場が変わる。アリアは中尉。リリアは少尉。そしてアリアが小隊長。
「それから、二名の伍長が配属される」
士官は続ける。
「詳細は現地で確認しろ」
「了解しました」
二人が敬礼する。こうして、アリアとリリアは、正式に王国魔導軍第1魔導大隊第15即応魔導小隊へ配属されることになった。
*
数日後。
前線基地。
アリアとリリアは、配属された二人の伍長と合流した。
「カイル・フェルディア伍長、只今第15即応小隊に着任いたしました」
「アルフォンス・ヴァルディア伍長、同じく着任いたしました」
二人の男性伍長。カイルは真面目で口数が少ない。アルフォンスは比較的明るく、社交的な性格だった。これで第15即応魔導小隊は四人となった。わずか四人。それが、この小隊の始まりだった。四人が基地の前に立っている。
「今日から、この四人で第15即応魔導小隊を運用する」
アリアが言った。以前とは違う。学生時代のアリアとは明らかに雰囲気が違っていた。 声には軍人としての威厳がある。
「リリア少尉」
「はい、アリア小隊長」
「二人に基地内を案内して」
「了解しました」
リリアは敬礼する。そして二人の伍長を見る。
「行きましょう」
「了解です」
「はい」
三人が歩き出す。アリアはその背中を見送った。ほんの少しだけ。昔のことを思い出す。
初めてリリアと話した日。
リリアが自分に話しかけてくれた日。
嫌がらせを受けた時に、リリアが隣にいてくれたこと。
そして、二人で卒業を迎えたこと。
アリアは小さく息を吐いた。
「……これからか」
ここから先は学校ではない。訓練でもない。本物の戦場。そして、自分はその戦場で仲間の命を預かる。
十二歳の少女。
アリア中尉。今日から彼女は第15即応魔導小隊の小隊長だった。
*
第15即応魔導小隊の初陣から、一夜が明けた前日の戦闘結果は、王国軍全体に大きな衝撃を与えていた。わずか四人の魔導士。それも、正式配属されたばかりの部隊。そんな第15即応魔導小隊が、前線で敵部隊の攻撃を食い止めただけではない。敵の火力拠点を複数無力化し、王国陸軍の進撃を支援。さらに、戦闘中に取り残されていた負傷兵を発見し、救助まで成功させた。特に注目されたのは、アリアの戦場での判断だった。
敵の配置に味方部隊の位置、そして敵の攻撃の癖。それらを瞬時に判断し、最小限の攻撃で最大の効果を上げていた。その報告書は、第1魔導大隊司令部や王億魔導軍司令部へ送られた。そして翌朝。
「アリア小隊長」
基地の執務室。リリアが一枚の書類を持って入ってきた。
「総司令部から通信です」
「私に?」
「はい」
アリアは書類を受け取った。そこには、王国軍総司令部からの正式な召喚命令が記されていた。
「……総司令部」
「昨日の戦果でしょうね」
「そうだと思う」
アリアは書類を読み終える。
「今日中に王都へ向かえ、と」
「大丈夫?」
「何が?」
「総司令部なんて、普通は緊張するでしょう?」
「……そう?」
「そうだよ」
リリアは苦笑した。しかしアリアはいつも通りだった。
「行ってくる」
「はい」
「リリア少尉」
「はい」
「小隊をお願い」
「了解しました。アリア小隊長」
アリアは基地を出た。
その日の午後。
王都の王国軍総司令部。巨大な建物の最上階にある会議室。そこには、王国軍の上級将校たちが集まっていた。アリアはその中央に立っている。その場の空気には不釣り合いの十二歳の小柄な少女。しかし、その場にいる誰一人として、彼女を子供扱いしなかった。
「アリア中尉」
「はい」
「昨日の戦闘について、いくつか確認したい」
「分かりました」
戦闘の経緯。
敵部隊の動き。
自軍の配置。
救助した兵士の状況。
アリアは質問に一つずつ答えていった。感情を交えず、淡々と。最後まで話を聞いた将軍が、書類を閉じる。
「素晴らしい判断だった」
「ありがとうございます」
「君はまだ十二歳だ」
「はい」
「それにもかかわらず、今回の戦闘で見せた指揮能力は、既に多くの指揮官を上回っている」
「過分な評価をいただきありがとうございます」
「そこで、君に一つ提案がある」
「提案ですか?」
「そうだ」
将軍が別の書類を取り出す。
「王国軍は、近く新たな魔導中隊を編成する」
アリアが書類を見る。
「第10魔導中隊」
「そうだ」
新設される魔導中隊。複数の即応魔導小隊を束ね、前線での迅速な展開を目的とした部隊だった。
「その初代中隊長に、君を推挙したい」
アリアの目がわずかに動いた。中隊長。小隊長よりも、はるかに大きな部隊を指揮する立場。そして、より多くの魔導士たちの命を預かることになる。
「……小官が、でしょうか?」
「君以外に適任者がいない」
「ですが、小官はまだ十二歳です」
「年齢は問題ではない」
将軍は即答した。
「君の実績と能力を評価している」
「しかし、小官は中尉であります。中隊を率いるには……」
「心配には及ばんよ。今回の戦果を持って、少々無理やりではあるが、貴官を少佐に特進させる」
アリアは黙って考えた。中隊長になれば、自分の指揮する兵士は増える。当然、責任も大きくなる。そして、守らなければならない人間も増える。
「一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「何だ?」
「小官が中隊長になる場合」
アリアは顔を上げる。
「配属する部下について、希望を出すことは可能でしょうか?」
将軍たちが顔を見合わせる。
「もちろん、ある程度の希望は聞こう」
「では」
アリアは迷わず答えた。
「リリア・ヴェルフェリア少尉を、私の中隊に配属してください」
会議室が静かになった。
「……リリア少尉か?」
「はい」
アリアは静かに頷いた。
「リリア少尉は、私が最も信頼している人です」
その言葉に、将軍たちは再び顔を見合わせる。アリアはそれ以上、何も言わなかった。ただ、真っ直ぐに将軍たちを見ていた。十二歳の少女が初めて、自分の意思で選んだ部下。それがリリアだった。




