第67話 「アリアとリリア」②
―――六年前。
戦争が終わった直後のことだった。あの日も、リリアはいつもと同じように仕事をしていた。
「リリア少佐」
「はい?」
「少し話がしたい」
アリアから呼び出された。中隊長執務室へ向かう。そこにいたアリアは、いつもと変わらない顔をしていた。
「座って」
「はい」
リリアが椅子に座る。アリアは机の上の書類を見つめていた。
「総司令部から、異動命令が出た」
「異動命令?」
リリアは驚いた。
「どこへですか?」
アリアは少し黙る。
「すまないが‥‥‥少佐である貴官に、それを聞く権限はないんだ」
「‥‥‥え?」
リリアは目を見開いた。
「何を言っているんですか、アリア大佐」
「命令だから」
「でも‥‥‥」
リリアの胸に、嫌な予感が広がる。
「私たちの大隊はどうするんですか?」
「解散する」
「‥‥‥!」
その言葉に、リリアは息を呑んだ。
「第51統合大隊も、戦争終結に伴って解散する。そして第10魔導中隊と第3陸軍大隊へそれぞれ戻る」
「でも―――」
「リリア」
アリアは静かに言った。
「貴官に、中隊を任せる」
「‥‥‥私が?」
「うん」
リリアは首を横に振る。
「無理です」
「できる」
「アリア大佐がいるのに、どうして‥‥‥」
「私は、ここからいなくなる」
「どこへ行くんですか?」
もう一度、尋ねる。しかしアリアは答えなかった。
「それは言えない」
「‥‥‥」
「ただ」
アリアは立ち上がる。
「リリアなら、第10魔導中隊を任せられる」
その言葉が、今でも忘れられない。
「‥‥‥嫌です」
あの時、リリアは思わずそう言った。
「私はアリア大佐の副官です」
「知ってる」
「ずっと、一緒にいるんだと思っていました」
「‥‥‥」
アリアは少しだけ寂しそうに笑った。
「私もだよ」
「じゃあ‥‥‥」
「でも、軍の命令だ」
アリアはそれ以上何も言わなかった。そして最後に二人で写真を撮った。
珍しく笑っているアリアと少し泣きそうな顔をしているリリア。
その写真が今も、リリアの机の上にある。
*
「‥‥‥」
そんなことを思い出しながら、リリアはコーヒーのカップを机へ置く。そして、ゆっくりと写真立てを見る。写真の中には六年前の自分と、アリアがいる。
「‥‥‥本当に、急だったな」
リリアは小さく呟く。そして写真立ての横に置かれたものへ目を向ける。
小さな雪の結晶のガラス細工。透明なガラスの中に、小さな雪の結晶が閉じ込められている。それはアリアと別れる時、アリアがリリアへ渡したものだった。
『私の出身の村のものなんだ』
そう言って。
『持っていて』
それだけ言った。リリアは今でも、その意味を考えることがある。
「‥‥‥私のこと、忘れてないかな」
ガラス細工をそっと手に取る。月明かりがガラスに反射する。雪の結晶が、静かに輝いていた。リリアはその細工を見つめながら、六年前のアリアの姿を思い出す。厳しくて、不器用で、でも誰よりも仲間の命を大切にしていた。コーヒーが好きでブラック以外はコーヒーと認めなくて、戦場では誰よりも強く、それなのに、自分自身のことになると無茶ばかりして。
「‥‥‥本当に、困った人だった」
リリアは小さく笑った。あれから六年。あの幼かったアリアも今では二十歳。どこかで軍務に就いているのか、それとも、軍を離れたのか。リリアには分からない。
ただ。
「‥‥‥元気にしてるかな」
リリアは雪のガラス細工を机に戻す。そして、写真立てを指先でそっと撫でる。
「私は、まだここにいますよ」
もちろん、返事はない。それでもリリアは微笑んだ。
「いつか、また会えたらいいですね」
窓の外では、夜風が静かに吹いていた。
そして遠いどこかでも、かつて二人が同じ空を見上げたように―――。
誰かが同じ夜空を見上げているのかもしれなかった。
③はこのあと10分後に投稿!




