第66話 「アリアとリリア」①
―――それから、六年。
あの戦争が終わってから、六年の歳月が流れていた。
王国とミレーヌ連邦の戦争が終結した翌月、第51統合大隊は解散された。魔導軍と陸軍を一つの部隊として編成する必要がなくなったためだ。編成は元へ戻され、第10魔導中隊と第3陸軍大隊へと再編された。
そして現在、王国東部にある、第10魔導中隊の駐屯地。
「総員、傾注!」
よく通る声が訓練場に響く。
「気をつけ!」
隊員たちが一斉に姿勢を正した。その前に立っているのは、一人の女性将校だった。
「本日の訓練を開始する!」
「了解!」
年齢は二十四歳。
階級は中佐。
王国魔導軍第10魔導中隊、中隊長―――リリア・ヴェルフェリア。
六年前とは、すっかり姿が変わっていた。士官候補生だった頃の面影を残しながらも、今では立派な中隊指揮官として隊員たちを率いている。その隣には、一人の若い女性士官が立っていた。
「副中隊長、各小隊の準備状況を」
「はい、リリア中佐」
返事をしたのはメアリ少尉だった。戦後に入隊した魔導士の一人。中隊内でも特に高い魔力を持ち、優秀な飛行技術と射撃能力を備えている。その能力を認められ、現在は副中隊長を務めていた。
「第1小隊、準備完了」
「第2小隊も完了しています」
「第3小隊も問題ありません」
「分かった」
メアリは報告書を確認する。リリアは頷いた。
「では、訓練開始」
「了解!」
隊員たちが一斉に動き始める。魔導士たちは箒へ跨り、次々と空へ飛び立つ。空中で隊形を整え、模擬標的へ向かって飛行する。
「速度を合わせろ!」
「隊形を崩すな!」
「第2小隊、右へ!」
リリアの指示が飛ぶ。隊員たちも迷いなく応える。
「了解!」
「右へ!」
何度も繰り返されてきた、いつもの訓練。平和な時代の軍隊。かつてのような実戦ではない。しかし、リリアは決して訓練を軽視してはいなかった。戦争の時代を知っているからこそ、訓練の重要性を誰よりも理解している。
「よし、そのまま!」
訓練場に魔導士たちの声が響く。メアリも上空を見上げる。
「きれいにまとまっていますね」
「ええ」
リリアは頷く。
「みんな、よくやってるわ」
「……中佐」
「何?」
「昔の第10魔導中隊も、こんな感じだったんですか?」
その質問に、リリアは少しだけ目を細める。
「昔?」
「はい」
「そうね」
リリアは空を飛ぶ隊員たちを見る。
「昔は、もっと厳しかったわ」
「もっと?」
「もっと」
メアリが苦笑する。
「今でも十分厳しいと思いますけど」
「そう?」
「はい」
リリアは少し笑った。
「私が教えられたことを、教えているだけよ」
「なるほど……」
そんな会話をしている間にも、訓練は続いている。それは、何年も続けられてきた日常だった。六年前までこの訓練場には、一人の小さな少女がいた。
十二歳で大佐。
第10魔導中隊を率い、第51統合大隊を編成し、戦争の最前線を駆け抜けた。しかし今、この駐屯地にその姿はない。
「……」
リリアはふと、訓練場の端を見た。誰もいない。ただ、風が吹いているだけ。
あの日から、アリアが第10魔導中隊を去ってから、ここには、もう彼女の姿はない。
それでもリリアは時折、アリアのことを探してしまう。
「中佐?」
「……何でもないわ」
メアリに呼ばれ、リリアは我に返る。
「訓練の続きを確認しましょう」
「はい」
二人は再び空を見る。魔導士たちが訓練を続けている。青空の下、かつてと同じように箒が飛び交う。けれどもう、あの少女はいない。リリアは静かに空を見上げながら思う。
―――今、アリアはどこにいるのだろう。
その答えを彼女は、まだ知らなかった。
*
その夜。
第10魔導中隊の駐屯地は、昼間とは打って変わって静まり返っていた。訓練を終えた隊員たちは、それぞれの部屋で休んでいる。リリアもまた、自室へ戻っていた。窓の外には、穏やかな夜空が広がっている。リリアは机の前に座り、いつものようにブラックコーヒーを淹れた。
「……」
一口飲めば、苦味が舌に広がる。それは、昔と変わらない味だった。リリアはしばらく何も考えずにコーヒーを飲んでいた。
ふと、昔のことを思い出した。アリアが、第10魔導中隊からいなくなった日のことを。
本日は変則投稿をします。
この後の投稿は18時20分、30分と21時20分、30分です。
「アリアとリリア ~戦火を生き抜くは幼き才能の華~」も残すところ4話!
ぜひ最後までお読みください!!




