第65話 「戦勝記念日」②
その夜。
第51統合大隊の駐屯地は、かつてないほどの賑わいに包まれていた。二年に及んだ戦争が終わった。その喜びを分かち合うため、大隊員たちは食堂に集まっていた。
「乾杯!」
「おめでとう!」
「第51統合大隊、万歳!」
「王国軍、万歳!」
酒杯が次々と掲げられる。料理も大量に用意されていた。
肉料理。
魚料理。
パン。
スープ。
果物。
そして、先ほどフランから渡された大量の酒。普段の前線生活では考えられないほどの豪華な宴だった。
「いやあ、戦争が終わったんだな!」
「もう明日の朝、出撃準備しなくていいんだぞ!」
「最高だ!」
「飲め飲め!」
魔導士も陸軍兵士も関係ない。誰も彼もが笑い、騒ぎ、肩を組んでいる。少し前まで、互いに反発していたとは思えない光景だった。
その一角。
「‥‥‥」
アリアは静かに席へ座っていた。手にはブラックコーヒー。目の前には料理。一口食べ、そしてコーヒーを飲む。
「‥‥‥おいしい」
隣ではリリアも同じように食事をしていた。リリアの手元には赤ワインの瓶が三本置かれていた。リリアはグラスの中身をグイッと飲み干した。
「たまにはこういうのもいいですね」
「うん」
アリアは周囲を見回す。
「みんな楽しそうだ」
「ええ」
二人は騒ぎの中心へ入っていくことはない。ただ、静かに料理を食べながら、楽しそうな大隊員たちを眺めていた。
「アリア大佐」
「何?」
「本当に飲まないんですか?」
「飲まない」
「ですよね」
リリアも笑う。
「アリア大佐はコーヒーですもんね」
「コーヒーはいい」
「分かっています」
その時。
「おーい!」
遠くから大声が聞こえた。
「大佐ぁ!」
アリアとリリアが振り返る。
「‥‥‥」
「ルード少佐ですね」
リリアが苦笑する。ルードが、かなり酔っていた。顔は真っ赤。足取りも怪しい。
「大佐、一杯どうです!」
「私は飲まない」
「いいじゃないですか!」
ルードが酒杯を持って近づいてくる。
「今日は戦勝祝いですよ!」
「私はコーヒーで十分だ」
「そんなこと言わずに!」
ルードがアリアの前に酒杯を置こうとする。しかし、リリアがすぐに止めた。
「ルード少佐」
「何です?」
「私は飲めますけど」
リリアが酒杯を掲げる。
「でも、アリア大佐はまだ十四歳ですよ」
「あ‥‥‥」
ルードが一瞬止まる。
「そうでした!」
「はい」
「じゃあ、リリア少佐だけでも!」
「分かりましたよ」
リリアは苦笑して杯を受け取る。
「乾杯くらいなら」
「おお!」
二人が杯を合わせる。
「乾杯!」
リリアが一口飲む。ルードも満足そうに笑う。
「大佐も、ちょっとだけ!」
「だから私は飲まない」
「一口だけでも!」
「駄目」
「戦勝記念ですよ?」
「関係ない」
「でも―――」
しつこく勧めてくるルードに、アリアはついに笑った。
「‥‥‥貴官はもっと節度のある人間だと思っていたのだがな」
「え?」
ルードが固まる。アリアは笑っている。
「今日はずいぶん酔っているじゃないか」
「いやぁ‥‥‥戦争が終わったもので!」
「そういうことにしておこう」
アリアはコーヒーを一口飲む。
「だが、私には飲ませないように」
「了解です!」
ルードは敬礼する。そのままふらふらと別の席へ戻っていった。
「‥‥‥まったく」
アリアは呆れたように言った。リリアはそんなアリアを横から見つめる。
「‥‥‥」
「何?」
「いえ」
リリアは少し笑った。
「アリア大佐って‥‥‥」
「何だ?」
「変わったのか、変わらなかったのか、分からないなと思って」
「どういう意味?」
「昔より、ずっと人と話すようになりました」
「そうかな」
「はい」
リリアは周囲を見る。今のアリアは、隊員たちと気軽に冗談を交わすこともある。以前なら考えられなかった。
「でも」
リリアはアリアを見る。
「根っこのところは、やっぱり昔のままなんでしょうね」
「‥‥‥」
「自分より、仲間のことを先に考えるところとか」
アリアはしばらく黙る。そして、少しだけ笑った。
「そうかもしれない」
「やっぱり」
リリアも笑う。
「飲めー!」
「もう一杯!」
「戦争は終わったんだぞ!」
相変わらず大隊員たちは大騒ぎしている。ルードも別の席で、すでに別の兵士と杯を交わしていた。アリアはそんな光景を眺めながら、静かにコーヒーをすすった。
「‥‥‥平和だね」
「はい」
二人の目の前で、笑い声が響く。戦争が終わった。もう、誰かを失うかもしれないという緊張を抱えながら眠る必要もない。今夜くらいはこうして笑っていてもいい。
「アリア大佐」
「何?」
「もう一杯、コーヒーいかがです?」
「お願い」
「分かりました」
リリアがポットを手に取る。その隣では、アリアがゆっくりと笑っていた。
十四歳になった少女。
かつては何も話さなかった少女。
今では、多くの仲間に囲まれている。
どれほど変わったのか。
どれほど変わっていないのか。
それはまだ、誰にも分からない。
ただ一つ分かるのは―――。
その夜の第51統合大隊には戦争のない夜が、確かに訪れていたということだった。
本日の投稿はこれまで!
いよいよ明日から最後のお話が始まります。




