第64話 「終戦記念日」①
――――戦争が終わった。
私がそう実感したのは、降伏文書への調印が行われた日だった。
二年間。
王国とミレーヌ連邦の間で続いた戦争。
いやもっと正確に言えば、戦争が始まるまでに八年間もの軍事衝突が続いていた。国境付近で何度も戦闘が起きた。
兵士が傷つき、村が巻き込まれ。そして、私も大切な人を失った。
長かった。本当に長い戦いだった。
開戦当時。私は十二歳だった。まだ、軍人として何も知らなかったわけではない。けれど今思えば、私はまだ十二歳の子供だった。それでも私は第10魔導中隊を率いて戦場へ向かい、中隊長として、そして大隊長としてたくさんの戦いを経験した。
空を飛んだ。
敵を撃った。
何度も死にかけた。
そして、何度も仲間に助けられた。
あれから二年。
私は十四歳になった。
身長も少し伸びた。
魔力も増えた。
軍人としての経験も増えた。
でもあの戦争で失ったものが戻ってくることはない。それでもようやく、戦争は終わった。
ミレーヌ連邦。
北方へ追い詰められた連邦は、最後には降伏を決断した。そして、降伏文書に正式に調印した。それによって、二年間に及んだ戦争は終結した。八年間続いた両国の軍事衝突そのものに、ようやく幕が下りたのだ。
そして現在ミレーヌ連邦は王国の軍事的・政治的支配下に置かれている。連邦は独立した国家としての力をほとんど失い、事実上、王国の植民地となった。
戦争に勝った。
王国はそう宣言した。
街では勝利を祝う声が上がっている。
新聞も、王国軍の勝利を大々的に報じている。
私たち軍人にとっても、ようやく帰ることのできる場所ができた。
「第51統合大隊、全員に一週間の休暇を与える」
そう告げた時大隊の中からは、これまで聞いたこともない清涼の歓声が上がった。
「一週間!?」
「本当に休んでいいんですか!?」
「今度こそ、本当に戦場へ行かなくていいんだな!」
私はその様子を見ながら、少しだけ笑った。
この二年間休暇らしい休暇なんて、ほとんどなかった。
前線へ行って。
戦って。
戻って。
また戦場へ行く。
そんな日々の繰り返しだった。
だから一週間という時間が、とても長く感じられた。
「……一週間か」
リリアが隣で嬉しそうに呟く。
「はい。今度こそ、本当に休めますね」
「ああ」
私は空を見る。
戦場で何度も見上げた空。
雪が降っていた空。
敵航空機が飛び交っていた空。
そして、何度も仲間と一緒に飛んだ空。
今は静かだった。
もう、砲撃の音は聞こえない。
もう、敵航空機も飛んでいない。
「……終わったんだな」
「はい」
リリアが笑う。
「終わりました」
私は十四歳になった。戦争が終わった。
そして第51統合大隊にも、一週間の休暇が与えられた。
ようやく私たちは軍人ではなくただの人間として、少しだけ休むことができる。
しかし、果たして私は日常に戻れるのだろうか。そう思う心も私の胸の中にあった。
*
戦争が終結してから初めての夏。王都では、二年間に及んだ戦争の勝利を祝う戦勝記念パレードが開催された。王都の大通りには、朝から大勢の市民が集まっている。
「王国軍だ!」
「見て、あの魔導士!」
「戦争に勝ったんだ!」
通りの両側から歓声が上がる。沿道には王国の旗が掲げられ、街全体が祝賀ムードに包まれていた。その大通りを、王国軍の各部隊が整然と進んでいく。
陸軍。
海軍。
空軍。
そして魔導軍。
その中には第51統合大隊の姿もあった。
「総員、歩調を合わせろ!」
ルードが号令をかける。
「了解!」
魔導部隊と陸軍部隊が、同じ隊列で進んでいく。かつては互いに反発していた二つの部隊。それが今では、同じ第51統合大隊として堂々と王都の大通りを進んでいる。
先頭に立つ大佐の制服を身につけたアリア。その隣には少佐となったリリアがいる。
「……すごい人ですね」
リリアが小さく呟く。
「ああ」
アリアも沿道を見る。市民たちの顔には笑顔が溢れている。手を振る者や王国旗を掲げる者。子供たちが軍人たちへ声援を送る。
「ありがとう!」
「王国軍、ばんざーい!」
そんな声が飛んでくる。アリアは少しだけ手を上げる。市民からさらに歓声が上がった。
「大佐、人気ですね」
「そう?」
「はい」
「こういうのは苦手だ」
アリアは少し困ったように答える。
「人に見られるのは落ち着かない」
「でも、みんな喜んでますよ」
「……そうだね」
アリアはもう一度、沿道を見る。
二年間。
戦場で戦ってきた。
自分たちが戦った結果によって、今この人たちは笑っている。
それだけは、少しだけ嬉しかった。
長いパレードも、夕方には終了した。
「皆、ご苦労だった!」
解散の号令がかかる。隊員たちが互いに労をねぎらう。
「終わったな!」
「足が痛い……」
「でも、楽しかったな」
そんな声が飛び交う。アリアとリリアも宿舎へ戻ろうとした。その時。
「アリア大佐、リリア少佐」
二人を呼び止める声。振り返るとそこにはフランが立っていた。
「フラン中将」
「ちょっと来てくれる?」
「はい」
二人はフランについていく。総司令部の一室。扉を開けた瞬間。
「……」
アリアが固まった。部屋の隅に、酒瓶や酒樽が大量に積み上げられている。
「……何これ」
「見ての通りよ」
フランが笑う。その量は、明らかに一個人へ渡す量ではない。リリアも目を丸くしている。
「これ、全部……?」
「第51統合大隊への贈り物」
「……多すぎません?」
リリアが尋ねる。
「まあ、そうね」
フランは楽しそうに笑った。
「どうして、こんなに?」
アリアが尋ねる。するとフランは、何でもないことのように言った。
「大隊には酒豪が多いと聞いたものでね」
「……」
アリアが無言になる。リリアも言葉を失った。
「……誰からそんな話を?」
「いろいろ聞いたのよ」
フランは笑う。
「戦争が終わったんだもの。これくらいあってもいいでしょう?」
アリアは大量の酒瓶を見つめる。
「……これ、どうやって運ぶの?」
「そこは大隊のみんなで考えて」
「……」
アリアは深々とため息をついた。
「まあ、みんな喜ぶか」
「きっと大喜びよ」
フランは満足そうに笑った。
こうして戦勝記念パレードの夜。第51統合大隊には、予想外の「戦勝祝い」が届けられることになった。




