第63話 「雪」③
翌朝。
まだ雪の残る南部戦線。王国軍総司令部から、全部隊へ一斉に通信が入った。
『東部戦線各部隊へ通達する』
通信機から、張り詰めた声が響く。
『これより王国軍は、全戦線において総攻撃を開始する』
「‥‥‥総攻撃?」
リリアが驚いたように呟く。アリアは通信機を見つめていた。
『連邦軍各防衛線を一斉に突破せよ。敵主力を撃破し、臨時首都への進路を確保する。全軍、攻撃開始』
通信が切れた。
アリアはしばらく黙っていた。
「‥‥‥ついに、総攻撃ですね」
「うん」
リリアが隊員たちを見る。
「大隊にも出撃命令が来ますか?」
「たぶんね」
その予想通り、数分後、第51統合大隊にも命令が届いた。
「全員、戦闘準備」
「了解!」
休養を終えたばかりの隊員たちは、すぐに装備を整え始めた。とはいえ昨日の雪は、まだ戦場に残っている。白く染まった大地。そこへ王国軍の部隊が次々と展開していく。
「第51統合大隊、前進!」
アリアの号令が響いた。魔導士たちが空へ飛び立ち、地上では陸軍部隊が前進する。その後ろには王国軍の砲兵隊。さらに空には王国空軍。これまでにない規模の総攻撃だった。
「撃て!」
王国軍の砲兵が一斉に火を噴く。連邦軍の防衛線へ砲撃が集中する。続いて、航空機部隊が上空を通過する。
「敵陣、攻撃開始!」
第51統合大隊の魔導士たちも、一気に前へ出る。
「第2魔導小隊、左翼!」
「了解!」
「第3魔導小隊、右!」
「了解!」
「陸軍部隊、中央を突破!」
「はい!」
連邦軍も必死に応戦した。しかしすでに戦力差は大きく開いていた。首都を失い、国土の多くを王国軍に占領され、各地の部隊も損害を受けている。しかも、南部戦線では連日の戦闘によって消耗していた。
「敵防衛線、崩れます!」
「そのまま押せ!」
「突破!」
王国軍が次々と敵陣へ入り込む。連邦軍は後退する。それでも王国軍は追撃を続ける。
「第一防衛線、突破!」
「第二防衛線も!」
「敵部隊が撤退しています!」
第51統合大隊も前進を続けた。魔導部隊が上空から敵の防衛拠点を叩き、陸軍部隊が地上から突破する。かつて反発し合っていた二つの軍種は、今では完全に一つの部隊として戦っていた。
「ルード少佐!」
「はい!」
「敵の中央を押さえて!」
「了解!」
「リリア!」
「はい!」
「左翼を!」
「任せてください!」
アリアの指揮のもと、第51統合大隊はさらに前へ進む。
*
それから数か月後。王国軍は、ついに連邦の臨時首都を包囲した。大規模な王国軍が、臨時首都を完全に取り囲む。地上から空から、あらゆる方向から王国軍が展開していた。
「‥‥‥これで包囲完了です」
リリアが報告する。アリアは遠くに見える臨時首都を眺める。
「そう」
「これだけの軍が包囲しているなら‥‥‥」
リリアは言葉を止める。
「連邦も、まだ戦うでしょうね」
「‥‥‥どうだろう」
アリアは静かに答えた。
「もう、戦えるだけの力が残っていない可能性もある」
それでも誰もが思っていた。連邦は、ここでも最後まで抵抗するだろうと。
首都を失っても国土の大半を失っても、ここまで戦ってきた国だ。簡単に降伏するとは、誰も考えていなかった。王国軍は攻撃準備を整える。
「敵陣、沈黙しています」
「降伏勧告への返答は?」
「まだありません」
しばらく待つ。
一時間。
二時間。
そして―――。
「アリア大佐!」
通信兵が駆けてくる。
「連邦側から通信です!」
「内容は?」
通信兵は信じられないような顔をしていた。
「‥‥‥降伏すると」
「‥‥‥え?」
リリアが目を見開く。
「連邦が?」
「はい」
通信兵が続ける。
「ミレーヌ連邦政府より、正式な降伏の意思が伝えられました」
アリアは黙っていた。あまりにも突然だった。
「‥‥‥そう」
ようやく、アリアが呟く。
「戦争が‥‥‥終わった」
リリアも呆然としたまま頷く。
「はい‥‥‥」
長かった。あまりにも長かった。王国とミレーヌ連邦が国境付近で衝突を始めてから。
第10魔導中隊として戦い。
第51統合大隊となり。
首都を攻略し。
包囲され。
補給を求めて夜空を飛び。
何度も敵の防衛線を突破した。
そのすべてが。
今、終わった。
王国軍の兵士たちにも、次々と降伏の知らせが伝わっていく。
「降伏したぞ!」
「戦争が終わった!」
「勝ったんだ!」
各地から歓声が上がる。第51統合大隊の隊員たちも、互いに顔を見合わせた。
「‥‥‥終わった」
「本当に?」
「もう戦わなくていいんだ‥‥‥」
ルードは静かに息を吐いた。
「長かったな」
アリアは何も言わず、臨時首都を見つめていた。
「もう、春か‥‥‥」
「そうですね‥‥‥」
アリアとリリアは静かに呟いた。
「帰ろう」
そしてアリアはそう言った。
「はい」
戦争が終わった。第51統合大隊は、その後、長い戦闘から離れ、王国内にある駐屯地へ帰還することになった。
帰路。
誰もが疲れ切っていた。しかし、その表情には明らかな安堵があった。もう、明日の朝に敵の砲撃で起こされることもない。もう、仲間の負傷を心配しながら空を飛ぶ必要もない。
*
そしてついに、王国内の駐屯地へ到着した。
「第51統合大隊、帰還!」
声が響く。出迎えに来た兵士たちから、歓声が上がる。
「おかえり!」
「ご苦労だった!」
「よく戻ってきた!」
第51統合大隊の隊員たちは、ゆっくりと整列する。アリアが前へ出た。その顔には、長い戦争を終えた疲れがはっきりと浮かんでいる。それでも大隊長として、最後の訓示を行う。
「総員、傾注!」
リリアの声が響く。
「気をつけ!」
全員が姿勢を正す。アリアは大隊員一人一人を見渡した。
魔導士。
陸軍兵士。
最初は互いに反発していた者たち。今では誰もが同じ部隊の仲間だった。
「大隊諸君」
アリアが口を開く。
「長い間、ご苦労だった」
静かな声。
「戦争は終わった」
その言葉に、何人かの隊員の目が潤む。
「貴官たちは、この長い戦いを生き抜いた。時には苦しい戦いもあった。包囲されたこともあった。物資が尽きかけたこともあった。それでも、誰一人諦めなかった」
アリアは少しだけ微笑む。
「私は、そんな貴官たちを誇りに思う」
隊員たちは黙って聞いている。
「ありがとう」
アリアは深く頭を下げた。
「第51統合大隊を、ここまで強くしてくれて。そして―――」
顔を上げる。
「全員、生きて帰ってきてくれて」
その言葉に。
「‥‥‥はい!」
力強い返事が返った。アリアは頷く。
「これで、私たちの戦いは終わりだ」
少しだけ間を置く。
「今日は、ゆっくり休め」
隊員たちの間から、小さな笑いが起きる。
「そして」
アリアはいつもの調子に戻った。
「今度こそ、正式に休暇を取るぞ」
「おおっ!」
歓声が上がった。リリアも思わず笑う。
「アリア大佐」
「何?」
「本当に、長かったですね」
「ああ」
アリアは空を見上げた。戦場で見上げた空。
雪が降った空。
何度も仲間を見送った空。
そして今、戦いの終わった空。
「‥‥‥終わったな」
「はい」
アリアとリリアが身を置き続けた長い戦いは、こうして幕を閉じた。




