第61話 「雪」①
――――それから二日。
第51統合大隊による包囲網突破作戦は、想定以上に時間を要していた。連邦軍は、最後まで激しく抵抗した。防衛線を一つ突破すれば、その後ろにまた新たな陣地が現れる。砲兵陣地を制圧すれば、そのさらに後方から歩兵部隊が現れる。
それでも第2、第3、第4魔導小隊と陸軍部隊三個小隊は、一歩ずつ前へ進んだ。
『敵陣、突破!』
ルードの声が通信機から響く。
『前方に連邦軍の防衛線はありません!』
「そのまま進め!」
アリアが返す。
「王国軍前線までの地域を確保しろ!」
『了解!』
突破部隊はさらに前進する。
上空ではマーガレット、スー、ヴァースがそれぞれの小隊を指揮し、敵の残存部隊を抑えていた。
「第2魔導小隊、敵左翼を制圧!」
「第3魔導小隊、前方に敵影なし!」
「第4魔導小隊、陸軍部隊を援護します!」
数日間にわたる戦闘で、隊員たちは疲れ切っていた。それでも誰も足を止めなかった。
「‥‥‥見えた」
誰かが叫ぶ。前方に王国軍の陣地が見える。
「王国軍です!」
「味方だ!」
歓声が上がった。
「通信を!」
ルードが叫ぶ。
「こちら第51統合大隊」
『こちら王国軍東部方面軍コントロール』
応答が返ってくる。
『第51統合大隊か!? 現在地を確認した!』
「包囲網突破に成功した!」
『了解! こちらからも部隊を出す!』
ほどなくして、王国軍の部隊が前進してきた。
そして第51統合大隊が確保した地域と、王国軍の前線がつながった。
「‥‥‥」
長かった。包囲されてから一週間。そして、突破作戦を始めてから二日。ようやく帰る道が開いた。
*
その頃。第51統合大隊の構えた前線拠点。
「アリア大佐」
リリアから通信機から顔を上げた。
「王国軍と接続しました」
「そう」
「‥‥‥本当に、成功しましたね」
「ああ」
アリアは小さく息を吐く。そして通信機に向かって言った。
「友軍の進軍に合わせて、総員、拠点に帰還しろ」
「了解!」
第51統合大隊は、自ら築いた前線拠点へ戻っていった。そこでは、残っていた隊員たちが突破部隊を待っていた。
「帰ってきた!」
「おかえり!」
「よくやった!」
大きな歓声が上がる。数日ぶりに再会した仲間たちは、互いの肩を叩き、無事を確かめ合った。
アリアも指揮テントの中からでてきた。
「総員、集合!」
リリアの掛け声で隊員たちが整列する。疲労は隠せない。制服も装備も汚れている。それでも、全員立っていた。アリアは一人一人の顔を見る。
「‥‥‥よくやった」
「‥‥‥!」
隊員たちが少し驚く。アリアがここまではっきりと労をねぎらうことは珍しかった。
「本当に、よく戦った」
その声には、いつもの厳しさがなかった。
「二日間、敵の防衛線を押し続けた。何度も敵の反撃を受けた。それでも、誰も諦めなかった」
アリアは頷く。
「ありがとう」
一瞬。誰も声を出さなかった。やがて。
「‥‥‥はい!」
力強い返事が返ってくる。その横でリリアは、少しだけ嬉しそうに笑っていた。ルードも敬礼する。
「大佐」
「何?」
「こちらこそ、指揮をありがとうございました」
「私は指示を出しただけ」
「それでもです」
アリアは少しだけ笑った。
「なら、お互い様だ」
その頃、前線拠点には王国軍の部隊が次々と到着し始めていた。
「第12歩兵中隊、到着!」
「砲兵部隊も入ります!」
「補給部隊がこちらへ向かっています!」
「医療班、展開開始!」
これまで第51統合大隊だけで守っていた前線陣地に、王国軍の大規模な部隊が流れ込んでくる。
兵士。
砲兵。
衛生兵。
補給部隊。
次々と陣地が整えられていく。
「‥‥‥人が増えてる」
隊員の一人が呟く。
「もう俺たちだけじゃないんだな」
「そうだな」
ルードも陣地を見回した。
「これで、ようやく本当の前線になった」
アリアも頷く。
「うん」
そして。
「大隊諸君」
アリアは改めて全員を見る。
「今日から、交代で休む」
「え?」
「全員、休養だ。いくら優秀な貴官らでも不眠不休で戦い続けることなど、不可能だろう。せっかく友軍が来たことだ。休ませてもらおうではないか」
ざわめきが起きる。
「ここまで戦ったんだ。休め」
「‥‥‥了解!」
その声には、明らかな安堵が混じっていた。隊員たちはそれぞれの宿舎や仮設テントへ向かっていく。ある者はその場に座り込み。ある者は仲間と話しながら。またある者は、安心したように眠りにつこうとしている。アリアもようやく、自分の肩から力が抜けるのを感じていた。
「‥‥‥疲れた」
リリアが隣で笑う。
「珍しいですね。アリア大佐がそんなこと言うなんて」
「私だって疲れるよ」
「それはそうですよね」
二人は指揮テントへ戻ろうとした。その時、空から、白いものが一つ落ちてきた。
「‥‥‥?」
リリアが空を見る。
また一つ。
さらに一つ。
「雪?」
アリアも空を見上げた。白い結晶が、静かに降ってくる。戦場の空から。
「‥‥‥雪ですね」
「そうだね」
雪は少しずつ、その数を増やしていく。激しい戦闘が続いた大地に。砲撃で荒れた塹壕に。傷ついた兵士たちの肩に。静かに積もっていく。
「綺麗‥‥‥」
リリアが呟く。アリアは何も言わず、雪を見つめていた。これほど長く戦った場所にも。雪は何も知らないように降り続けている。
「‥‥‥休もう」
アリアが言う。
「はい」
二人は、ゆっくりと指揮テントへ戻っていった。
第51統合大隊の上には、静かに雪が降り積もり始めていた。
『アリアとリリア ~戦火を生き抜くは幼き才能の華~』はあと10話!!
10月4日は一挙5話配信!!
アリアとリリアの物語の結末を見逃すな!!




