第59話 「希望の光」②
前線拠点へ戻ってから、数時間。
第51統合大隊は、届いた物資の配分を進めていた。そして、魔導士たちには新たに届いた魔力関連の物資も渡されていく。ようやく大隊には少しだけ余裕が戻り始めていた。その中で、アリアは三人の熟練魔導士を前にしていた。
「マーガレット少将、スー大佐、ヴァース少将」
「はい」
「はい」
「何だ?」
「三人には、それぞれ第2、第3、第4魔導小隊に入ってもらいます」
三人が頷く。これまで3個小隊だった魔導部隊を3人の合流に合わせてアリアは、4個小隊に再編していた。
「第2魔導小隊にはマーガレット少将」
「了解よ」
「第3魔導小隊にはスー大佐」
「分かったわ」
「第4魔導小隊にはヴァース少将」
「了解した」
アリアは三人を見る。
「今の第2から第4魔導小隊には、これから学ぶことがたくさんある。だから、三人の戦い方をよく見るんだよ、と伝えておいてください」
「任せて」
マーガレットが笑う。
「特に飛行中の判断や、敵航空機への対処については、かなり教えられると思うわ」
「お願いします」
アリアが敬礼する。
「それと」
三人を見る。
「この大隊は今、包囲されています」
「分かっている」
ヴァースが答える。
「だからこそ、三人の経験が必要なんです」
アリアは短く頷いた。
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
こうして三人は、それぞれの小隊へ向かった。突然、軍の中でも高い階級を持つ魔導士が加わったことで、隊員たちは最初こそ緊張した。
「そんなに固くならなくていい」
マーガレットが笑えば。
「訓練の時は遠慮なく質問して」
スーが声をかける。
「実戦の話ならいくらでもできるぞ」
ヴァースが笑う。やがて隊員たちの緊張も少しずつ解けていった。
*
その夜。前線拠点の食事スペース。といっても、包囲戦の真っ最中である。
豪華な食事などない。アリアとリリアが遅い夕食として口にしているのも、乾パンだった。
「‥‥‥」
アリアが乾パンをかじる。リリアも黙々と食べる。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
しばらくの沈黙の後、リリアがボソッと呟いた。
「‥‥‥暖かい食事がとりたーい」
アリアが横を見る。
「贅沢言うな」
「分かってますよ‥‥‥」
リリアは乾パンを見つめる。
「でも、たまにはスープとか飲みたいです」
「物資が届いたから、今日から少しは食事も改善する」
「本当ですか?」
「ああ」
「よかった‥‥‥」
リリアが小さく笑う。その時。
「あら」
背後から声がした。リリアが振り返る。
「‥‥‥!」
そこにはマーガレット、スー、ヴァースの三人が立っていた。
「マーガレット少将!?」
リリアが慌てて立ち上がる。
「い、いえ! 違うんです!」
「何が違うの?」
「これは、その‥‥‥」
リリアは乾パンを指す。
「食事に文句を言ったわけではなくてですね!」
「ふふふ」
マーガレットが笑う。
「別に気にしてないわよ」
「‥‥‥本当ですか?」
「ええ」
スーも笑う。
「一週間も包囲されていたんだから、暖かい食事が恋しくなるのは当然でしょう」
ヴァースも頷く。
「俺だって、まともな食事が恋しい」
「ですよね!」
リリアがほっとしたように笑う。
すると。
「それにしても」
マーガレットがアリアを見る。
「アリアちゃん」
「何?」
「相変わらず乾パンを真面目な顔で食べてるわねえ」
「普通に食事してるだけだよ」
「昔から変わらないわね」
「やめてよ」
アリアは少し嫌そうな顔をする。しかし三人は気にしない。
「昔はもっと小さかったのにね」
「マーガレット少将」
「こんなに大きくなって」
「もう十二歳だってば」
「立派になったわねえ」
「だからやめてよ」
スーもアリアの隣へ座る。
「でも、本当に大きくなったわ」
「スー大佐まで‥‥‥」
「昔はフラン中将の後ろに隠れていたでしょう?」
「隠れてない」
「そうだったかしら?」
「違う」
ヴァースも笑う。
「まあまあ。昔のアリアは本当に小さかったからな」
「ヴァース少将まで‥‥‥」
アリアは完全に困った顔をしていた。リリアはその光景を見ながら、思わず笑ってしまう。
「ふふっ‥‥‥」
「リリアまで笑わないで」
「すみません」
「まったく‥‥‥」
アリアは乾パンを一口かじる。その横で、三人はまるで親戚の子をかわいがるようにアリアを眺めている。
「ちゃんと食べてる?」
「食べてる」
「睡眠は?」
「取ってる」
「また無茶してない?」
「してない」
「本当に?」
「‥‥‥たぶん」
「ほら」
マーガレットが笑う。
「やっぱり無茶してるじゃない」
「違うって」
アリアは珍しく子供っぽくむくれる。
「もう、やめてよ‥‥‥」
リリアはそんなアリアを見て、少し驚いていた。普段の大隊長としてのアリアとはまるで違う。厳格な大佐でもない。戦場で恐れられる指揮官でもない。ただ、年上の三人に囲まれて、昔の自分に戻っている少女だった。
「‥‥‥なんだか」
リリアが呟く。
「本当の家族みたいですね」
「まあ、そんなところかしら」
マーガレットが笑う。
「私たちにとっては、昔からそういう感じなのよ」
「そういうものですか」
「ええ」
アリアは少し恥ずかしそうに顔を逸らした。
「‥‥‥もう、その話はいい」
しかしその表情は、ほんの少しだけ嬉しそうだった。
包囲戦の最中で厳しい状況は変わらなくとも、食事もまだ満足なものではなくても、外では敵の砲撃も続いていても、それでも。
この瞬間だけは第51統合大隊の食事スペースに、穏やかな笑い声が響いていた。
それは長い戦いの中で、ほんの小さな―――。
しかし確かな希望の光だった。




