第57話 「包囲網」③
夜。
前線拠点からさらに後方。王国軍の前線基地へ向かって、一つの小隊が夜空を飛んでいた。
第1魔導小隊。
その先頭にいるのは、アリア。後ろには十数名の魔導士たちが続いている。
「高度、一五〇〇メートル」
「敵の航空機は?」
「今のところ確認できません」
「そのまま進む」
「了解」
アリアたちは雲の上を飛んでいた。高度一五〇〇メートル。地上から見れば、魔導士の姿を捉えるのは難しい。アリアが新たに身につけた高高度飛行が、ここで大きな意味を持っていた。
「‥‥‥見えた」
遠くに、王国軍の前線基地の明かりが見える。
「速度を落とす」
「はい」
第1魔導小隊が徐々に高度を下げる。
「こちら第51統合大隊第1魔導小隊」
アリアが通信する。
「前線基地へ帰還する」
『こちら前線基地。識別確認』
「第51統合大隊、アリア大佐」
『‥‥‥アリア大佐!?』
通信士の声に驚きが混じる。
『了解しました。着陸地点を確保します』
「頼む」
魔導士たちが次々と着地していく。アリアも最後に地面へ降り立った。
「‥‥‥?」
しかし基地の様子がおかしい。普段よりも人が多い。そして、物資を積んだ軍用車両が何台も並んでいた。
「アリア」
聞き慣れた声がする。
「‥‥‥フラン?」
振り返る。
そこにいたのは王国魔導軍作戦参謀。中将フランだった。
「どうしてここに‥‥‥」
「あなたが物資を頼んだでしょう?」
「それは‥‥‥」
アリアは目を見開いた。
「これ‥‥‥」
基地に積まれている物資を見る。
弾薬箱。
食料。
水。
医薬品。
さらに、魔導士用の魔力補助物資まで用意されている。
「全部、私たちのため?」
「ええ」
フランは頷いた。
「可能な限り集めたわ」
アリアは周囲を見る。
「‥‥‥多すぎない?」
「あなたの大隊は一週間も包囲されているんでしょう?」
「はい」
「なら、これでも少ないくらいよ」
アリアは言葉を失った。ここまで大量の物資が集まるとは思っていなかった。
「ありがとう、フラン」
「お礼はいいわ」
フランはアリアの顔を見る。
「それより、あなた」
「何?」
「無茶しすぎ」
「‥‥‥」
「一五〇〇メートルを飛んだんですって?」
「うん」
「聞いたわよ」
フランは呆れたようにため息をつく。
「本当に昔から変わらないわね」
「でも、成功した」
「成功したから怒ってるのよ」
「‥‥‥そう」
フランは少しだけ表情を緩めた。そして、アリアの後ろを見る。
「それと」
「何?」
「あなたたちだけでは戻らせない」
フランが手を上げる。
「こちらの三人も連れていきなさい」
「三人?」
基地の建物から、三人の魔導士が歩いてくる。
長い髪を後ろでまとめた女性。制服には少将の階級章。
「久しぶりね、アリアちゃん」
「‥‥‥マーガレット少将。お久しぶりです」
マーガレット・少将。フランがまだ大佐だった頃から、彼女の部下として仕えてきた女性魔導士だった。そして、アリアとフランが出会った頃から、アリアとも面識がある。
「大きくなったわね」
「もう十二歳ですから」
「そういうところは昔と変わらないわねえ」
マーガレットが笑う。アリアは少し困ったような顔をする。その横に立った落ち着いた雰囲気の女性魔導士。
「アリア大佐」
「スー大佐」
スー・大佐。マーガレットと同じく、フランの古くからの部下だ。
「ずいぶん立派になったわね」
「ありがとうございます」
「昔は、フラン中将の後ろに隠れていたのに」
「‥‥‥そんなことはしていません」
「してたわよ」
マーガレットが笑う。
「してません」
アリアは少しだけむすっとする。
そして大柄な男性魔導士がやってくる。
「久しぶりだな、アリア」
「ヴァース少将」
ヴァース・少将。フランの長年の部下であり、魔導軍の古参将校。アリアがフランに引き取られたばかりの頃から、何度も顔を合わせている。
「まさか、あの小さかった子が大佐になるとはな」
「私も少し驚いています」
「敬語はいいぞ」
「軍務中ですから」
「相変わらず真面目だな」
ヴァースが笑う。第1魔導小隊の隊員たちは三人を見ながら驚いていた。
「アリア大佐、この方々は?」
「フラン中将の昔からの部下」
アリアが説明する。
「私がフラン中将と出会った頃から知っている」
「なるほど‥‥‥」
マーガレットたちが微笑む。そこでフランが口を挟む。
「無駄話はそこまで」
フランは三人を見る。
「あなたたちは第1魔導小隊とともに前線拠点へ向かって」
「了解」
マーガレットが答える。
「私たち三人で大隊の支援に入ります」
「頼むわ」
アリアも頷く。
「ありがとうございます」
アリアは三人へ敬礼した。
「よろしくお願いいたします」
「こちらこそ」
ヴァースが敬礼を返す。
こうして第1魔導小隊に、三名の熟練魔導士が加わることになった。
「出発する」
アリアが言った。
「はい!」
フランが用意した物資を輸送用の装備へ積み込んでいく。
弾薬。
食料。
医薬品。
そしてその他の必要物資。可能な限り、運べるだけ運ぶ。
「これだけあれば、かなり助かります」
アリアが言う。
「でしょう?」
フランは頷く。
「ただし」
少し表情を曇らせる。
「帰りも同じくらい危険よ」
「分かっています」
「無理はしないで」
「はい」
アリアは敬礼する。
「行ってきます、フラン中将」
その呼び方に、フランは少し寂しそうな顔をした。軍務中は二人の立場は、あくまでも中将と大佐。それでも。
「‥‥‥絶対に戻ってきて」
「はい」
アリアは短く答えた。
「第51統合大隊のところへ」
そして。
「全員で戻ります」
フランは小さく頷いた。
「‥‥‥そう」
魔導士たちが次々と箒へ跨る。
アリア。
リリア。
マーガレット。
スー。
ヴァース。
そして、第1魔導小隊。
全員が出発準備を整える。
「行くぞ」
アリアが先頭へ出る。
「第1魔導小隊、出発!」
「了解!」
魔導士たちが一斉に飛び上がる。その後ろを、三人の熟練魔導士が続く。地上では、フランがその姿を見送っている。小さくなっていく魔導士たち。その先には、まだ激しい戦場が待っている。
「‥‥‥どうか」
フランは小さく呟いた。
「みんな、生きて帰って」
夜空へ消えていく魔導士たち。
補給物資とともに、そして、三人の新たな仲間とともに第51統合大隊のもとへ戻るために。




