第55話 「包囲網」①
連邦軍の大規模な航空攻撃をしのいだ第51統合大隊は、なおも前進を続けていた。
敵の防衛線を一つ、また一つと確実に突破していく。しかし、敵陣の奥へ進むほど、当然ながら連邦軍の抵抗は激しくなっていった。
「前方、敵歩兵部隊!」
「第3魔導小隊、援護!」
「了解!」
上空から魔導部隊が攻撃を仕掛ける。その下を、ルード率いる陸軍部隊が進む。
「前進!」
「敵陣まであと少しだ!」
激しい銃撃の中を、陸軍兵士たちが走る。
「前方の高地、確保!」
兵士の一人が叫んだ。
「敵の砲兵陣地も沈黙!」
「よし!」
ルードが拳を握る。第51統合大隊は、敵陣深くに前線拠点を確保することに成功した。ここを足掛かりに、さらに奥へ進む。それがアリアの考えだった。
「大佐!」
ルードから通信が入る。
「前線拠点、確保しました!」
「よくやった」
「これで次の攻撃に備えられます」
「ああ。防御陣地を作れ」
「了解!」
大隊の隊員たちは、すぐに防御陣地の構築を始める。魔導士は周囲の空域を警戒。陸軍部隊は塹壕や遮蔽物を設置する。弾薬を集め、負傷者を後方へ移送する。戦場のただ中で、急造の前線基地が形になっていく。
「‥‥‥これなら、少しは持つ」
アリアは地図を見ながら呟いた。
*
ところが―――。
数時間後、前線拠点の通信所。
「‥‥‥何?」
通信兵の報告を聞いたアリアの顔が固まる。
「もう一度言って」
「はい」
通信兵が答える。
「後方の王国軍前線部隊が、連邦軍の攻勢を受けて後退‥‥‥いえ、敗走したとのことです」
「敗走?」
「はい」
アリアは地図を見る。自分たちが進んできた南側。そして、その後方にいた王国軍部隊。そこが崩れた。
「第51統合大隊の後方は?」
「‥‥‥敵部隊が進出しています」
「左右は?」
「左側も、連邦軍の部隊が接近」
「右は?」
「同じく敵影を確認」
通信兵の声が震える。
「大佐‥‥‥」
アリアがゆっくり顔を上げる。
「‥‥‥包囲された」
その一言が、司令所に落ちた。リリアも言葉を失う。
「まさか‥‥‥」
「敵が後方へ回り込んだ」
アリアは地図を睨む。
「しかも両側から」
「つまり‥‥‥」
「うん」
アリアの声が低くなる。
「第51統合大隊は、敵陣の中で孤立した」
それまで冷静だったアリアの表情に、明らかな怒りが浮かんだ。
「‥‥‥ふざけるな」
リリアが驚いてアリアを見る。
「アリア大佐?」
「どうして、後方が敗走する!」
アリアが地図を叩く。
「我々がここまで前進した意味は何だ!」
声が司令所に響く。
「勝手に後退して、私たちだけ置き去りにするつもりか!」
普段のアリアとは明らかに違う。感情をむき出しにしている。
怒り。
焦り。
そして―――不安。
「‥‥‥大佐」
リリアが静かに声をかける。
「今は、怒っても状況は変わりません」
「‥‥‥分かってる」
アリアは大きく息を吐いた。握り締めていた拳を、ゆっくり開く。
「でも‥‥‥」
小さな声。
「こんなところで、また‥‥‥」
「‥‥‥」
リリアには、その続きを聞く必要はなかった。アリアは過去に、戦場で大切な人を失っている。
そして今、自分の部下たちが敵に囲まれている。
「全員、防御陣地へ」
アリアが命じる。
「友軍が敵の包囲を突破するまで、ここを守る」
「了解!」
通信が次々に飛び交う。
「南側に敵接近!」
「迎撃!」
「左翼、敵砲兵!」
「魔導支援を!」
第51統合大隊は、急いで防御態勢を整えた。
しかし敵は圧倒的に多かった。連邦軍は、包囲した第51統合大隊を逃がさないつもりだった。
「敵、正面から来ます!」
「迎撃!」
魔導士が上空へ飛び立つ。陸軍兵士が防御陣地から射撃する。
「撃て!」
激しい銃撃。
魔力弾。
砲撃。
爆発。
戦場は再び混沌と化した。
「敵、後退!」
「よし!」
しかし、喜んだのも束の間。
「別部隊が来ます!」
「西側!」
「また敵だ!」
息をつく暇もない。連邦軍は包囲陣を維持しながら、波状攻撃を繰り返してくる。
「‥‥‥くそっ」
ルードが歯を食いしばる。
「こいつら、本気で俺たちを潰すつもりだ」
「当然です」
リリアが答える。
「ここは敵陣深くですから」
「分かっている!」
ルードは再び部下へ指示を飛ばす。
「絶対に陣地を崩すな!」
「はい!」
数時間にわたって戦闘は続いた。何度も敵を撃退した。しかし、損害は確実に増えていた。
「負傷者、三十名を超えました!」
「魔導部隊も魔力消耗が激しいです!」
「弾薬残量、あと四割!」
アリアは報告を聞きながら、黙って地図を見つめていた。このままでは長く持たない。敵はまだ多い。こちらには補給もない。そして外部からの支援も期待できない。
「‥‥‥」
アリアは通信機を取った。
「本国へ通信する」
「アリア大佐?」
「援軍を要請する」
リリアが少し驚く。
「総司令部に?」
「ああ」
アリアは通信を開く。
『こちら王国軍総司令部』
「第51統合大隊、アリア大佐だ」
『報告を』
「我々は敵軍に包囲された」
『承知している』
「援軍を要請する」
短い沈黙。
『‥‥‥現在、援軍を派遣する余力はない』
アリアの目が細くなる。
「一個中隊でもいい」
『不可能だ』
「航空支援は?」
『現在、他方面への対応を優先している』
「‥‥‥そう」
アリアはしばらく黙っていた。
『第51統合大隊は、現地点で可能な限り敵を拘束せよ』
「‥‥‥」
『王国軍は別方面で攻勢を継続する』
通信が切れる。アリアは通信機をゆっくり下ろした。
「‥‥‥やっぱり」
リリアが聞く。
「断られたんですね」
「ああ」
アリアは答える。
「援軍は来ない」
ルードが苦々しく笑う。
「ここまで来て、まだ捨て駒扱いか」
「‥‥‥そうみたいだね」
アリアは地図を見る。
包囲網。
敵部隊。
残存戦力。
弾薬。
負傷者。
すべてを書き込んでいく。
「でも」
アリアは立ち上がった。
「まだ戦える」
リリアが見る。
「大佐‥‥‥」
「ここを守る」
アリアの目は、再び大隊長のものへ戻っていた。
「援軍が来ないなら、自分たちで何とかする」
「敵が何倍いようと関係ない」
「ここで全滅するつもりはない」
アリアは魔導銃を手に取る。
「第51統合大隊は―――」
一度、深く息を吸う。
「まだ終わっていない」
外では、再び敵の砲撃が始まった。包囲網は徐々に狭まっていく。
それでも第51統合大隊は、孤立した前線拠点を守り続けていた。




