第51話 「総司令部の作戦」②
翌朝。
東部駐屯地。第51統合大隊の訓練場には、朝から隊員たちの声が響いていた。
魔導部隊は飛行訓練。
陸軍部隊は地上での展開訓練。
それぞれが、次の作戦に備えて動いている。その様子を、執務室の窓からアリアが見下ろしていた。
「‥‥‥」
しばらく黙っていたアリアは、机の上の書類を閉じる。
「リリア」
「はい?」
隣で書類を整理していたリリアが顔を上げる。
「今日の訓練は、リリアとルード少佐に任せる」
「え?」
「私は少し出かけてくる」
「どこへ?」
「少し用事がある」
「用事‥‥‥?」
リリアが不思議そうな顔をする。しかし、アリアはそれ以上説明しなかった。
「今日中には戻る」
「‥‥‥分かりました」
少し考えてから、リリアは頷く。
「ルード少佐にも伝えておきます」
「頼む」
アリアは椅子から立ち上がると執務室を出た。
宿舎へ戻ったアリアは、手早く荷物をまとめた。そして鏡を見て軍服を整える。大佐の階級章に軍帽、そして、愛用のライフルを肩に掛けた。
「‥‥‥行ってくる」
誰に言うでもなく呟く。駐屯地を出たアリアは、南へ向かった。
*
目的地は四年前まで暮らしていたあの村、ソールヤードだった。列車に小一時間揺られ、降り立った駅からさらに街道を歩く。やがて見覚えのある村が見えてきた。
「‥‥‥」
アリアは足を止める。四年前とは、少しだけ景色が変わっている。新しく建て直された家。修復された道路を子供たちが元気に走り回っている。戦争の傷跡はまだ至る所に残っている。それでも、人々はここで暮らし続けていた。アリアが村へと足を踏み入れた時。
「あら‥‥‥」
一人の女性がアリアに気づいた。
「もしかして‥‥‥アリアちゃん?」
アリアが振り返る。
「‥‥‥はい」
「やっぱり!」
女性が笑顔になる。
「大きくなったねぇ」
「‥‥‥ありがとうございます」
「軍人さんになったって聞いてたけど‥‥‥」
女性はアリアの肩に掛けられたライフルと、胸元の階級章を見る。
「まさか大佐とはねえ‥‥‥」
「仕事なので」
「昔から真面目だったもんね」
別の村人も気づき始める。
「あれ、アリアじゃないか?」
「本当だ!」
「久しぶりだな!」
次々と声が掛かる。
「こんにちは」
「元気だったか?」
「はい」
アリアは短く答えていく。小さい村に住むものたちは、アリアが四年前までこの村で暮らしていたことを知っている。そして家族を失ったことも、エレナを失ったことも、フランに引き取られたこともすべて知っている。
「今日は休暇かい?」
「少し用事があって」
「そうか」
アリアはそれ以上詳しく言わず、村の奥へ歩いていく。向かう先は村の墓地。そこには、エレナの墓がある。静かな墓地の周りに生える木々の間から、穏やかな光が差し込んでいる。アリアは墓の前に立った。
「‥‥‥エレナ」
墓石に刻まれた名前を見る。今日は、エレナの命日だった。毎年軍務の都合がつく限り、この日にだけはここへ来ていた。アリアは持ってきた布と水を取り出す。墓の周りを掃除し、落ち葉を拾い、墓石を丁寧に拭く
「‥‥‥久しぶり」
アリアは小さく話しかける。
「今年も来たよ」
返事はない。それでも、アリは話しかける。
「私、いつの間にか大佐になっちゃった」
少しだけ笑う。
「自分でも、変な感じがする」
墓石を拭く手を止める。
「‥‥‥それに」
アリアは目を伏せる。
「まだ戦争が終わってない」
その言葉を口にした瞬間。胸の奥に、重いものが落ちてきたような感覚があった。
「エレナがいなくなってから、もう四年。なのに、まだ戦ってる。まだ、人が死んでる」
アリアは手に持つ布をギュっと握りしめた。
「‥‥‥」
アリアは目を閉じた。
その時だった。
「‥‥‥おや」
背後から、穏やかな男性の声がした。アリアが振り返る。そこには、腰の曲がった老人が立っていた。白髪のその老人は柔らかな笑顔を浮かべていた。
「アリアちゃんじゃないか」
「村長‥‥‥」
アリアは立ち上がり、敬礼しようとする。しかし村長は手を振った。
「そんな堅苦しいことはいいよ」
アリアは少し迷ってから、腕を下ろした。
「‥‥‥お久しぶりです」
「本当に久しぶりだねぇ」
村長は墓を見つめる。
「今年も来てくれたのかい」
「はい」
「そうか」
村長はゆっくりとアリアの隣まで歩いてきた。
「エレナも喜んでるだろうね」
「‥‥‥そうでしょうか」
「きっとそうさ」
村長は笑う。
「君のこと、あの子は本当に大切にしていたからね」
アリアは何も言わなかった。ただ、エレナの墓を見つめる。村長はそんなアリアの横顔を見ながら、静かに尋ねた。
「‥‥‥戦争は、まだ終わらないのかい?」
「‥‥‥はい」
アリアは答えた。
「まだ、終わりません」
「そうかい‥‥‥」
村長は寂しそうに空を見上げた。
「長いねぇ」
「‥‥‥はい」
アリアも空を見る。
青い空。
穏やかな風。
ここだけを見れば、戦争が続いているなど信じられない。
けれど肩にはライフル、胸には大佐の階級章。そして明日も、戦場が待っている。
「アリアちゃん」
「はい?」
「無理だけはしちゃいけないよ」
アリアは少し驚いた。
「‥‥‥どうして?」
「昔から君は、一人で何でも背負い込む子だったからさ」
「‥‥‥」
「エレナがいた頃からね」
アリアは何も言えなかった。
「君が生きて帰ってくることが、何より大事なんだ」
村長は優しく笑った。
「戦争が終わったら、またこの村に来なさい」
「‥‥‥はい」
アリアは小さく頷いた。墓石へもう一度目を向ける。
「‥‥‥エレナ」
そして。
「また来る」
そう呟いた。村長は静かにその姿を見守っていた。
四年前この村で全てを失った少女は、今では一人の大佐として、戦場へ向かっている。
しかしエレナの墓の前にいる時だけは、アリアはいつまでも、あの日の八歳の少女のままだった。
本日は②までの投稿です。
次回の投稿は明日12時20分です。お楽しみに!




