第49話 「首都制圧作戦」③
―――首都制圧作戦から、一か月。
首都制圧作戦は表面上は大成功した。北方から第3陸軍大隊の残存部隊と第21陸軍中隊が進撃を続け、連邦軍の守備地域を切り崩し、第51統合大隊と挟撃に成功。わずか3日で首都を制圧した。その結果、戦況は大きく動いていた。王国軍は、連邦軍の各地の防衛線を次々と突破していった。東部戦線では王国軍の大規模な攻勢が続き、連邦軍の主力部隊は後退を余儀なくされている。そして王国軍は、ミレーヌ連邦の首都を含む国土のおよそ三分の一を占領するに至った。
「前線、また動いたぞ」
「連邦軍がさらに後退している」
「王国軍の勝ちだ」
各地で、そんな声が聞かれるようになった。
しかし依然として戦争は終わっていなかった。連邦は降伏していない。そして、首都を失ったにもかかわらず、戦争を続けていた。第51統合大隊もまた、首都攻略後も各地で戦闘を続けていた。だが、一か月にわたる連続した作戦行動。大隊員たちにも疲労が蓄積していた。そこで、総司令部から一度後方へ戻る命令が出された。
「第51統合大隊は、東部の駐屯地へ帰還する」
アリアが告げる。
「次の命令があるまで、そこで休養と再編を行う」
「了解!」
隊員たちが一斉に返事をする。こうして、第51統合大隊は再び東部の駐屯地へ戻ることになった。輸送機から降りた隊員たちには、明らかな疲労が見える。
「やっと帰ってきたな」
「しばらくゆっくりできるか?」
「そうだといいな」
そんな声が交わされる。しかしアリアが駐屯地へ足を踏み入れた直後。一人の士官が走ってきた。
「アリア大佐!」
「何?」
「総司令部から緊急通信です」
「内容は?」
「‥‥‥」
士官は言葉を濁した。
「どうした?」
「連邦政府について、重大な情報が判明しました」
アリアの表情が変わる。
「言って」
「連邦政府の主要人物が、首都陥落前に脱出していたことが確認されました」
「‥‥‥」
「現在、連邦領内北端に位置する地域に、臨時首都が設置されたとのことです」
アリアはしばらく黙った。
「‥‥‥そう」
やはり。首都を制圧した時から感じていた違和感。大統領も政府高官も連邦軍の最高幹部も。誰一人として、あの首都にはいなかった。
「それで、総司令部は?」
「アリア大佐を、直ちに王都へ召集するとのことです」
リリアが一歩前へ出る。
「私も同行します」
「分かった」
アリアは短く答えた。その夜二人は王都へ向かった。
*
そして翌日。王国軍総司令部。アリアとリリアが通されたのは、通常の会議室よりも大きな部屋だった。そこには、複数の上級将校が並んでいた。王国魔導軍作戦参謀である、中将フランの姿もあった。フランはアリアを見る。一瞬だけ親としての心配が浮かんだ。しかし、すぐに軍人としての表情へ戻る。
「アリア大佐」
総司令部の上級将校が口を開いた。
「はい」
「今回の件について、総司令部から説明を受けてもらう」
議長席の将校が口を開いた。
「第51統合大隊は、我が軍の首都攻略作戦において中心的な役割を果たした」
「はい」
「大統領府、連邦軍総司令部を制圧したことも確認している」
「‥‥‥はい」
「しかし」
空気が一気に重くなる。
「我々が本来確保すべきだった連邦政府の主要人物は、すでに首都を脱出していた」
アリアは黙って聞いている。
「そして現在、連邦は北端地域に臨時首都を設置し、戦争を継続している」
「‥‥‥」
「これは、首都攻略作戦の重大な作戦上の失敗だ」
リリアが顔を上げる。
「ですが!」
アリアが小さく手を上げた。
「リリア少佐」
「‥‥‥はい」
「黙って」
リリアは悔しそうに口を閉じる。将校は続ける。
「アリア大佐」
「はい」
「なぜ、最高指導部が首都に存在しないことを事前に把握できなかった?」
アリアは頭を下げた。
「‥‥‥申し訳ありません」
「なぜ、要人の脱出経路を確認しなかった?」
「申し訳ありません」
「なぜ、大統領府と総司令部を制圧した時点で、政府中枢の人員について徹底的な捜索を行わなかった?」
「‥‥‥申し訳ありません」
ただ頭を下げる。リリアは拳を握り締めた。
―――違う。
アリアはあの状況でできることをすべてやった。首都の防衛網、敵部隊の配置を見て、適切に指示を出し、大統領府と総司令部らを制圧し、ほとんど損害を出すことなく任務を達成した。要人がすでに脱出していたことなど、現場でどうやって判断できただろう。
「アリア大佐!」
厳しい声が響く。
「顔を上げなさい!」
アリアはゆっくり顔を上げる。
「今回の責任について、どう考えている?」
「私の確認が不十分でした」
即答だった。
「私の責任です」
リリアが思わず口を開く。
「アリア大佐、それは―――」
「リリア少佐」
「‥‥‥」
「今は黙って」
リリアは歯を食いしばる。
アリアは再び頭を下げる。
「責任は、私が負います」
会議室が静まり返る。フランはそんなアリアを見つめていた。作戦参謀として、中将として、そして―――養母として。その胸中には複雑な思いがあった。
「フラン中将」
議長が呼びかける。
「はい」
「貴官にも責任がある」
フランは静かに頷く。
「承知しています」
「第51統合大隊の編成、作戦運用、そして首都攻略作戦における魔導軍側の判断について、貴官は作戦参謀として関与していた」
「はい」
「結果として、敵首脳部を取り逃がした」
「‥‥‥はい」
フランも言い訳をしなかった。
「私の責任です」
アリアが横を見る。
「フラン中将‥‥‥」
「アリア大佐」
フランが静かに言う。
「あなた一人の責任ではありません」
その言葉に、アリアは何も答えなかった。しかし、議長は厳しい表情のままだった。
「今回の件を軽く見るつもりはない」
「承知しています」
「連邦はすでに新たな臨時首都を設置した」
「はい」
「つまり、我々は戦争を終わらせる好機を逃した」
アリアはただ、頭を下げる。
「申し訳ありませんでした」
その声は小さかった。しかし、その場にいる全員にははっきりと聞こえた。リリアは悔しさを抑えながら、アリアを見る。そしてフランも中将という軍服を着た一人の将校として。ただ黙って、目の前の少女を見つめていた。
連邦の首都は落ちた。
国土の三分の一も王国軍の手に落ちた。
それでも戦争は終わらなかった。そして今度の戦いはこれまで以上に長く、厳しいものになろうとしていた。




