第45話 「突然やってきたXデー」②
―――そして翌朝。
ついに、出撃の時が来た。まだ朝の空気には、わずかに冷たさが残っている。第51統合大隊の駐屯地では輸送機のエンジンが回り始め、滑走路には出撃のために整えられた部隊が並んでいた。魔導部隊は箒を手にし、陸軍部隊は空挺装備を確認する。全員が戦闘装備を身につけている。昨日までの慌ただしさとは違う。今は、誰も無駄な言葉を口にしていない。 今日、自分たちは戦場へ行く。しかも戦争の行方を左右する、本番の作戦へ。
「総員、傾注!」
リリアの声が響く。
「気をつけ!」
第51統合大隊の全員が、一斉に姿勢を正した。その前に、アリアが立つ。
大佐の階級章。
第51統合大隊大隊長の徽章。
それらを身につけた十二歳の少女を、全員が静かに見つめている。アリアはしばらく全員を見渡した。
「大隊諸君」
「はい!」
「いよいよ出撃だ」
短い言葉だった。
「総司令部は、どうやら我々をこき使いたいらしい」
「‥‥‥」
隊員たちが少しだけ目を瞬かせる。アリアは肩をすくめた。
「まったく、不条理だな。世の中というものは」
「‥‥‥」
沈黙。しかし―――。
「ふっ」
どこかから小さな笑い声が漏れた。
「くくっ‥‥‥」
「ははは‥‥‥!」
それが一人。二人。やがて、隊員たちの間から次々と笑い声が上がった。
「確かに!」
「朝っぱらからいきなり出撃ですからね!」
「大佐も結構言いますね!」
ルードまで、思わず口元を緩めている。
「‥‥‥」
アリアも少しだけ笑った。
「緊張していたようだが、少しは楽になっただろう」
笑い声が少しずつ収まっていく。アリアは再び真剣な表情になった。
「だが」
空気が引き締まる。
「冗談はここまでだ」
全員がアリアを見る。
「我々は、これから王国軍の総力をもって行われる作戦へ向かう。目標はミレーヌ連邦の首都。待ち受けているのは、本物の戦場だ」
アリアは一人ずつ顔を見る。
「昨日までの訓練とは違う。今日、我々が一つ間違えれば。仲間が傷つく。帰れなくなる者も出るかもしれない」
その言葉に、誰も笑わない。
しかしアリアの声は、不思議なほど落ち着いていた。
「だからこそ」
魔導銃を手に取る。
「これまでやってきたことを、全部出せ。魔導部隊は空から支えろ。陸軍部隊は地上から支えろ。互いに互いを信じろ。そして―――」
一呼吸。
「祖国の勝利のために、全力を尽くすぞ」
「―――はい!」
大隊全体から、力強い返事が響いた。
「よし」
アリアは頷く。
「それでは、出撃する」
「総員、搭乗!」
リリアが叫ぶ。
「了解!」
隊員たちが一斉に動き始める。輸送機へ乗り込む者。箒へ跨る者。最後の装備確認を行う者。その様子を見ながら、リリアはふとアリアを見る。
―――珍しい。
これまでアリアは、戦場へ向かう時でさえ、勝利よりも先に「生きて帰ること」を口にしてきた。
『絶対に死ぬな』
『生きて帰る』
『勝つために戦うんじゃない。生きて帰るために戦う』
それが、アリアという少女の口癖だった。なのに今は。
「祖国の勝利のために、全力を尽くすぞ」
リリアは少しだけ不思議に思った。もちろん、アリアが王国の勝利を願っていないわけではない。むしろ誰よりも強く願っているのだろう。それでもいつもなら、何よりも人命を優先するはずのアリアが。今日は「勝利」を前面に出した。
「‥‥‥アリア大佐」
「何?」
「いえ‥‥‥」
リリアは首を横に振る。
「何でもありません」
「そう」
アリアはそのまま輸送機へ向かう。リリアもその後に続いた。しかし、リリアは知らない。昨日の夜。
アリアがフランから、一つの言葉を告げられていたことを。それが、今日の訓示に影響を与えていることを。―――そして、その言葉がアリアの胸の奥に、これまでとは違う決意を生んでいたことを。
輸送機の扉が閉まる。
エンジン音が大きくなる。
やがて機体が動き出す。
魔導士たちも順に飛び立つ。
第51統合大隊。
王国軍が用意した、首都攻略作戦の切り札。その長であるアリアは静かに空を見つめていた。
「失敗すれば前線が死ぬ、か‥‥‥。なら必ず終わらせる」
小さな呟きは、誰の耳にも届かなかった。




