第44話 「突然やってきたXデー」①
翌朝。
まだ、空が白み始めたばかりだった。王国軍第51統合大隊の駐屯地。宿舎には、昨夜の宴の名残が残っている。隊員たちの多くは、まだ眠っていた。そんな中。
「‥‥‥リリア」
「ん‥‥‥」
ベッドの上で眠っていたリリアが、うっすらと目を開ける。
「‥‥‥アリア大佐?」
「起きて」
「まだ‥‥‥暗いですよ‥‥‥」
「分かってる」
「じゃあ、もう少し‥‥‥」
「駄目」
アリアは容赦なくリリアの肩を揺する。
「起きろ、リリア」
「うぅ‥‥‥頭痛い‥‥‥」
「リリア。さては貴官、昨日飲みすぎたな?」
「いやあ、赤ワインがあったので、つい‥‥‥」
リリアは眠そうに目を擦る。
「何があったんですか‥‥‥?」
「隊員を起こして」
「‥‥‥隊員を?」
「全員」
その一言で、リリアの眠気が一気に吹き飛んだ。
「全員ですか?」
「そう」
「今から?」
「今から」
リリアは時計を見る。まだ夜明け前。
「‥‥‥何かあったんですか?」
「作戦が決まった」
「‥‥‥!」
アリアの表情を見て、リリアも真剣な顔になる。
「分かりました」
リリアはベッドから飛び起きる。
「すぐに起こします」
「頼む」
リリアは部屋を飛び出した。
「総員起床!」
宿舎に大声が響き渡る。
「起きてください!」
「何だ!?」
「火事か!?」
「緊急招集です!」
「今何時だよ‥‥‥!」
寝ぼけた隊員たちが次々と部屋から出てくる。魔導部隊も陸軍部隊も誰もが眠そうな顔をしている。
「リリア少佐!」
「何があったんですか?」
「分かりません!」
「大隊長から、総員集合との命令です!」
「総員集合‥‥‥?」
やがて、駐屯地の広場に全隊員が集まった。薄暗い空の下。全員が眠気を残しながらも整列している。アリアが前へ出る。
「総員、傾注」
リリアが続ける。
「気をつけ!」
一斉に姿勢が正される。
「大隊諸君」
アリアは全員を見渡した。
「突然の招集ですまない」
誰も声を上げない。
「だが、重要な命令が下った」
アリアは一度、息を吸う。
「連邦首都攻略作戦を、予定より早く実施する」
「‥‥‥!」
隊員たちの間にざわめきが広がる。リリアも目を見開いた。予定では、まだ一週間ほど錬成期間が残っていた。それが―――――。
「作戦開始は、二十四時間後だ」
「二十四時間‥‥‥?」
誰かが小さく呟く。アリアは頷く。
「当初の予定より一週間早い」
さらにざわめきが広がる。
「なぜ急に?」
「敵が何か動いたのか?」
「明日ってことか‥‥‥」
不安そうな声が聞こえる。しかし、アリアは落ち着いていた。
「理由については、昨日私には説明があったが、貴官らには軍規により伝えることはできない。兎にも角にも今、必要なのは準備だ」
アリアは全員を見る。
「本日一日を、装備確認と作戦準備に充てる。魔導部隊は飛行具、魔導銃、魔力弾、通信機を再確認。陸軍部隊は武器、弾薬、防護装備、空挺装備、通信機を確認。各小隊長は、装備に一つでも異常があれば即座に報告してくれ」
「了解!」
力強い返事が返ってくる。
「また、個人の装備だけでなく、部隊全体の通信手段、輸送手段も確認しろ。出発前に一つでも問題を見つけたら、私に報告して」
「了解!」
アリアは頷く。
「今日は忙しくなる」
「だが―――」
少しだけ表情が柔らかくなる。
「慌てる必要はない」
「これまでやってきたことを、一つずつ確認すればいい」
隊員たちは真剣に頷く。
「以上」
「総員、解散!」
リリアの号令で、隊員たちが一斉に動き始めた。整備班が装備を集める。小隊長たちが部下を集める。陸軍兵士たちは空挺装備の最終確認を始める。魔導士たちは箒の状態を確認していく。駐屯地全体が一気に慌ただしくなった。
その中で。
「リリア少佐」
「はい?」
「ルード少佐も」
「はい」
「二人とも、私の執務室へ来て」
「了解」
アリアは二人を連れて、大隊長執務室へ向かう。
扉が閉まる。部屋の中には、アリア、リリア、ルードの三人だけ。アリアは机の上に作戦資料を広げた。
「昨日の夜、総司令部から正式な作戦命令が届いた」
「やはり、作戦が早まった理由があるんですね」
リリアが尋ねる。
「ああ」
アリアは資料を指で示した。
「連邦軍が首都周辺の防衛態勢を変更した」
「防衛を強化したのでしょうか?」
ルードが尋ねる。
「逆」
アリアは首を振る。
「一部の部隊を首都から前線へ移動させた」
「‥‥‥!」
ルードが地図を見る。
「つまり、今が最も手薄な時期ということですか」
「そう」
アリアは頷く。
「総司令部は、この機会を逃さないことを選んだ」
リリアが資料へ目を落とす。
「二十四時間後‥‥‥」
「そう」
「かなり急ですね」
「うん」
アリアは静かに答える。
「だから、一日で準備を終わらせる」
「それができるのは、これまでの錬成があったからです」
ルードが言う。
「一週間短くなったとはいえ、我々には実戦経験もあります」
「そうだ」
アリアは二人を見る。
「だから、ここからは最後の仕上げだ」
「はい」
「まず、降下地点」
アリアが地図を広げる。
「ここが第51統合大隊の第一目標」
地図上の一点を指す。
「首都北西部」
「敵の航空基地は?」
リリアが尋ねる。
「この周辺に複数ある」
アリアは別の地点を指す。
「だから、第10魔導中隊―――いや、第51統合大隊の魔導部隊には、降下直後から航空戦力への対応を任せる」
ルードが続ける。
「陸軍部隊は?」
「魔導部隊の第3小隊に降下地点の確保をさせるから、そこで戦力を整えろ」
「了解」
「その後は、二つに分かれる」
アリアはさらに地図を広げる。
「一部は首都中心部へ」
「もう一部は軍事施設へ向かう」
リリアが頷く。
「私は?」
「リリアは私と一緒に中心部へ向かう」
「了解しました」
「ルード少佐」
「はい」
「地上部隊の連携を頼む」
「承知しました」
ルードは敬礼した。これまで不満を抱いていた頃の面影は、ほとんど消えている。今のルードは第51統合大隊の副大隊長としてアリアを完全に一人の指揮官として認めていた。
「‥‥‥大佐」
「何?」
「明日、勝てますか?」
ルードの言葉に、アリアはしばらく黙った。
「分からない」
正直な答えだった。
「でも」
アリアは地図を見る。
「勝つために必要なことは、全部やる」
リリアが頷く。
「それが私たちの仕事です」
「ああ」
アリアは作戦資料を閉じた。
「今日一日で全部仕上げる。そして―――」
アリアは二人を見る。
「明日、首都へ行く」
二人が敬礼する。
「了解しました!」
執務室の外では、朝からずっと慌ただしい音が続いていた。
装備を運ぶ音。
整備をする音。
隊員たちの声。
そのすべてが。
これから始まる決戦への準備だった。予定より一週間早く訪れた、王国軍にとっての「Xデー」。
戦争の終わりをかけた戦いが、わずか二十四時間後に迫っていた。




