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第43話 「共に戦うということ」②

 その日の夕方。アリアは王国軍総司令部へ通信を入れた。

『こちら総司令部』

「第51統合大隊、アリア大佐であります」

『どうした?』

「お願いがあります」

『聞こう』

「第51統合大隊を、実戦に参加させてください」

 通信の向こうが少し静かになる。

『……実戦か』

「はい」

『錬成はまだ途中だろう』

「残り二週間です」

『だからこそ、危険ではないか?』

「首都攻略作戦の方が、はるかに危険です」

 アリアは淡々と答える。

「実戦を経験せずに本番へ投入するより、今のうちに経験させた方がいい」

『……』

「可能であれば東部戦線を希望します」

『東部戦線?』

「第10魔導中隊が経験した戦域です。第3陸軍大隊も編入前はここにいたと聞きました」

 アリアは続けた。

「現在も連邦軍と交戦が続いています。陸軍、魔導軍、砲兵、航空部隊。すべての軍種が存在する。第51統合大隊の実戦訓練として適しています」

 通信の向こうで、しばらく協議する声が聞こえた。

『分かった』

「……!」

『総司令部は、第51統合大隊の東部戦線派遣を許可する』

「ありがとうございます」

『ただし、目的はあくまで実戦経験の獲得だ』

「承知しています」

『無理な突出は避けろ』

「もちろんです」

『派遣期間は?』

「数日で十分です」

『分かった。東部方面軍へ通達しておく』

「ありがとうございます」

 通信が切れる。アリアは振り返る。

「決まった」

「本当に通ったんですね……」

 リリアが驚いたように言う。

「総司令部は、どうやら私の判断をかなり信用しているようだからな」

「本当、不思議なぐらいですよね」

「一応、王国軍は能力主義を前面に押し出しているからな。こんな幼子の意見でも尊重してくれるらしいな」

 リリアは苦笑した。

「普通なら、錬成途中の大隊を実戦へ出すなんて、簡単には許可されません」

「でも必要だから」

「はい。そうですね」

*

 翌朝。第51統合大隊の全員が集合した。

「総員、傾注!」

 リリアの号令が響く。隊員たちが一斉に姿勢を正す。アリアが前へ出た。

「大隊諸君」

「はい!」

「本日より、第51統合大隊は東部戦線へ派遣される」

 隊員たちがざわめく。

「実戦ですか?」

「そう」

 アリアは頷く。

「目的は、実戦経験の獲得。無理に戦果を求める必要はない。敵と接触し、実戦での動きを経験する。そして、生きて帰る」

 その言葉に、隊員たちは表情を引き締めた。ルードも前へ出る。

「陸軍部隊、準備は整っています」

「そう」

 アリアは頷いた。

「魔導部隊も準備完了です」

大隊となって魔導部隊をまとめているカイル少尉が言った。

「なら、行こう」

「了解!」

 第51統合大隊は移動を開始した。魔導士たちは箒。陸軍兵士たちは輸送車両へ。空と地上。それぞれの移動手段は違っても、向かう先は同じだった。

 東部戦線。

 かつて第10魔導中隊が何度も戦った場所。そして今度は第51統合大隊として。魔導軍と陸軍が共に、本物の戦場へ向かう。首都攻略作戦まで、残された時間は二週間。

 この短い実戦派遣が第51統合大隊を、本当の意味で一つにする最後の試練となろうとしていた。



*


 東部戦線への派遣から数日。第51統合大隊は、無事に駐屯地へ帰還した。当初、アリアが総司令部へ求めたのは、あくまで「実戦経験」だった。大きな戦果を上げる必要はない。敵と交戦し、実戦の空気を知る。魔導士と陸軍兵士が、互いの動きを理解する。そして、全員が生きて帰ってくる。それだけで十分だった。

 しかし―――。

「敵右翼が崩れています!」

「では、第三小隊を前へ!」

「了解!」

 実戦が始まると、第51統合大隊は想像以上の働きを見せた。魔導部隊が上空から敵の火力拠点を抑える。その隙に陸軍部隊が前進する。陸軍部隊が敵の注意を引きつければ、魔導士たちが側面へ回り込む。かつては互いに反発していた二つの部隊が、今ではまるで一つの部隊のように動いていた。

「ルード少佐!」

『はい!』

「敵の左翼を押さえて!」

『了解!』

「リリア!」

「はい!」

「上空から援護!」

「了解!」

 アリアの指揮に、魔導軍も陸軍も迷うことなく従う。結果として第51統合大隊は予定以上に戦線を押し上げることに成功した。帰還した隊員たちには、明らかに以前とは違う表情が浮かんでいた。

「……本当にやったな」

「俺たち、ちゃんと一緒に戦えたじゃないか」

「最初の頃が嘘みたいだ」

 陸軍の兵士たちと魔導士たちが、互いの無事を確認しながら笑い合う。ルードもまた、少し離れた場所からその様子を見ていた。

「……大したものだ」

 小さく呟く。それは、アリアへの評価が変わった瞬間でもあった。

*

 夕方。第51統合大隊の全員が駐屯地の広場へ集まった。

「総員、傾注!」

 リリアの声が響く。

「気をつけ!」

 全員が一斉に姿勢を正す。その前に、アリアが立つ。数日前とは違い、誰もアリアを「子供だから」と見る者はいなかった。大佐として、そして第51統合大隊の大隊長として。全員がその言葉を待っている。

「大隊諸君。東部戦線での任務、ご苦労だった」

 隊員たちの顔に、少しだけ笑みが浮かぶ。

「今回の派遣は、実戦経験を積むことが目的だった。だが結果として、我々は前線の押し上げにも貢献できた」

 アリアは全員を見る。

「それは、大隊全員の成果だ」

「……」

「魔導部隊だけでもない」

 陸軍部隊を見る。

「陸軍部隊だけでもない」

 今度は魔導士たちを見る。

「全員で戦ったからこそ、できたことだ」

「はい!」

 力強い返事が返ってくる。

「私は、今日の戦いを誇りに思う」

 その言葉に、隊員たち、とくに魔導部隊の隊員たちが少し驚く。アリアがこんなにはっきりと褒めることは珍しかった。

「一か月前の我々とは、もう違う。君たちは、第51統合大隊だ。そして―――」

 アリアは少しだけ笑った。

「この先も、そのことを忘れないでほしい」

「はい!」

 アリアは頷いた。

「以上」

 訓示が終わる。隊員たちが敬礼する。アリアも敬礼を返した。そして、アリアは何かを思い出したように言った。

「……ああ。もう一つ言い忘れていた」

 隊員たちが再び姿勢を正す。

「私は部屋に帰るとしよう」

「……え?」

 数人が顔を見合わせる。アリアは広場の奥にある食堂を指差した。

「貴官らは、軍務に支障がない範囲で羽目を外すように」

「羽目を……?」

「食堂を覗いてみろ」

 全員が食堂へ行き、その中を見る。

「……!」

 いつの間にか、食堂の前には大量の料理が並べられていた。

 肉料理。パン。スープ。菓子。果物。そして、戦時下の今では滅多とお目にかかれない酒。食堂の職員たちが、宴会の準備を整えていた。

「大佐……これって」

 ルードが呆然とする。

「私が頼んだ」

「……」

「今日は宴だ」

 アリアは淡々と言う。

「ただし、明日の軍務に支障を出すなよ」

 隊員たちの表情が、一気に明るくなる。

「おおおっ!」

「大佐、ありがとうございます!」

「今日は飲むぞ!」

 歓声が上がる。アリアはその様子を見て、少しだけ満足そうに頷いた。

「じゃあ、私は戻る」

「えっ、大佐は?」

「私は参加しない」

「そんな!」

「こういうのは苦手なんだ」

 そう言って、アリアは一人で大隊長執務室へ向かっていった。その後ろ姿を、リリアが見送る。

「……本当に行っちゃった」

 しかし、リリア自身はその場に残った。

「せっかくだし、少しくらいなら……」

 リリアはルードを見る。

「ルード少佐」

「何です?」

「一杯、どうですか?」

 ルードは少し驚いた。

「私と?」

「はい」

「……では、いただきます」

 二人は食堂へ向かった。やがて、宴が始まる。

「乾杯!」

「乾杯!」

 笑い声が響く。リリアとルードも酒を酌み交わしていた。

「しかし……」

 ルードが杯を傾ける。

「最初の頃を考えると、随分変わりましたね」

「そうですね」

 リリアも笑う。

「まさか、私たちが一緒に戦って、こんなふうに宴まで開くことになるなんて」

「最初は大変でした」

「ええ」

 ルードが苦笑する。

「特に、私たちは大佐にかなり失礼な態度を取っていましたから」

「アリア大佐は気にしていないと思いますよ」

「……そうでしょうね」

 ルードは少し遠くを見る。

「ですが、私は今なら分かります」

「何がです?」

「あの方が、なぜあれほど厳しいのか」

 リリアは微笑んだ。

「私も同じことを思っています」

「それにしてもリリア少佐。貴官、少し飲みすぎではないか?」

 リリアの手元には空になった赤ワインのボトルがすでに2本置かれていた。そして今飲んでいるグラスを飲み干せば、3本目のボトルも空になる。

「私、赤ワインが大好きなんですよね。次いつ飲めるか分からないから今のうちにと思いまして」

「ハハハ……、明日アリア大佐に怒られないようにしてくださいね」

「何年アリア大佐のペアを組んでると思ってるんですか? それぐらい分かってますよ」

 そういうとリリアはグラスの中身を一気に飲み干した。

「赤ワイン、もう一本!!」

*

 一方。第51統合大隊・大隊長執務室。アリアは一人で机に向かっていた。書類を整理していると扉の外から気配がする。

「入って」

「失礼します」

 扉が開く。そこにいたのは――。

「フラン」

「こんばんは、アリア」

 フランだった。

「どうしてここに?」

「あなたたちが東部戦線から戻ったって聞いたから、様子を見に来たの」

「そう」

 フランは部屋の外から聞こえてくる歓声に耳を傾ける。

「ずいぶん盛り上がっているわね」

「宴だから」

「あなたは?」

「私はここ」

「参加しなくていいの?」

 アリアは少しだけ顔をしかめた。

「飲みニケーションは苦手なんだよ」

「……あなたらしいわね」

「それに」

 アリアは食堂の方向を見る。

「私がいない方が羽目を外せるだろう」

 フランは思わず笑った。

「確かに」

「みんな、私がいると少し緊張するから」

「大隊長だものね」

「そう」

 フランは部屋の中へ入り、扉を閉める。先ほどまでの穏やかな表情が、少しだけ真剣なものへ変わった。

「ところで、宴とは別に話があるの」

「作戦?」

「ええ」

 アリアの表情も変わる。

「首都攻略作戦についてよ」

 静かな執務室。外からは隊員たちの笑い声が聞こえている。

しかし二人の前には間もなく始まる、王国軍最大級の作戦に関する資料が広げられようとしていた。

本日は②までの投稿です。

次回の投稿は明日12時20分です。お楽しみに!

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