第41話 「統合大隊」④
模擬戦が始まった。その直後、第10魔導中隊は、あえて大きな隙を作った。
「左翼、少し下がれ」
アリアが小さく指示する。
「了解」
魔導士たちが、あたかも陣形を崩したかのように散開する。中央にも大きな空白ができた。
地上から見れば、明らかに攻撃の好機だった。
「今だ!」
ルードが叫ぶ。
「中央を抜け!」
陸軍部隊が一斉に前進する。しかし魔導士たちは、その動きを待っていた。
「来た!」
一人が叫ぶ。魔導士たちは一斉に上昇した。
「何!?」
陸軍兵士たちが空を見上げる。
「回り込め!」
「了解!」
左右から魔導士が接近する。陸軍部隊は慌てて隊形を変えた。しかし、これはまだアリアの想定通りだった。
「深追いするな」
アリアが指示する。
「もう一度、隙を作る」
「了解」
魔導士たちは一度、攻撃を止めて距離を取る。そして再び、今度は右側に大きな空白を作った。
「また隙だ!」
陸軍兵士の一人が叫ぶ。
「今度こそ行けるぞ!」
ルードがそれを聞いて振り返る。
「待て!」
しかしすでに数名が前へ出ていた。
「敵は少数だ!」
「押し切れ!」
陸軍部隊が一気に右側へ集中する。その瞬間。
「……なるほど」
アリアが呟いた。
「もう見破れないか」
魔導士たちが一斉に動く。右側へ集中した陸軍部隊の背後へ、別の魔導士たちが回り込む。
「後ろだ!」
「何!?」
「しまった!」
魔導士たちの模擬弾が次々と命中する。
「戦闘不能!」
「こちらも!」
「右側、全滅判定!」
陸軍部隊が混乱する。
「下がれ!」
ルードが叫ぶ。しかし、すでに遅かった。空中からの攻撃に地上での機動。そして互いの援護。これまで三か月の訓練に加えて、約半年の実戦を重ねてきた第10魔導中隊の連携は、陸軍部隊とは明らかに違っていた。
「左側から来る!」
「迎撃!」
陸軍兵士たちが反撃する。魔導士一人に模擬弾が迫る。しかし、その直前に別の魔導士が割り込む。
「助かった!」
「次、右!」
「了解!」
魔導士たちは互いに助け合いながら戦う。陸軍部隊も必死だった。しかし、最初に崩れた陣形を立て直すことができない。
「まだだ!」
ルードが叫ぶ。
「隊形を――」
「ルード少佐!」
その時、複数の魔導士がルードの周囲へ回り込んだ。
「……!」
逃げ道を塞がれる。模擬銃が一斉に向けられる。
「判定」
リリアの声が響く。
「ルード少佐、戦闘不能」
静寂。その瞬間、模擬戦終了の合図が鳴った。
「そこまで!」
全員が動きを止める。演習場に、静けさが戻った。判定結果が読み上げられる。
「第10魔導中隊の勝利!」
魔導士たちから歓声が上がった。
「やった!」
「完勝だ!」
「みんな、よくやった!」
一方、陸軍部隊は、誰一人として喜んでいなかった。
悔しそうに俯く者。
拳を握る者。
魔導士たちを睨む者。
ルードもまた、複雑な表情で模擬戦の結果を見つめていた。圧倒的だった。そして気づいた。最初の隙。次の隙。そこからの包囲。自分たちは、相手が意図的に作った隙を何度も見抜けなかった。
「……」
アリアは隊員たちの前に立つ。そして陸軍部隊へ向き直った。
「どうだった?」
返事はない。
「自分たちが正しいと思っていた戦い方は、通用したか?」
「……」
「魔導士だから勝ったと思うか?」
誰も答えない。アリアの表情から、笑みが消える。
「違う」
静かな声。
「貴官らは、相手を見ようとしなかった」
ルードが顔を上げる。
「最初に作った隙には、まだ引っかからなかった。だが、二度目、三度目と同じような隙を見せられても、お前たちは『今度こそ本当だ』と飛びついた」
「……」
「戦場でそれをやれば、死ぬ」
アリアの言葉が演習場に響く。
「敵が隙を作った時、まず考えるべきだった。なぜ、こんな隙があるのか。罠ではないのか。味方はどう動いているのか。それを何一つ考えず、プライドだけで前に出た」
陸軍部隊の兵士たちが黙り込む。
「貴様らはプライドにすがっているだけの、ただのお荷物だ」
空気が凍る。ルードも何も言わない。アリアは続けた。
「この大隊で、軍種の違いなどどうでもいい。魔導士だろうが、陸軍だろうが、海軍だろうが関係ない。必要なのは、隣にいる仲間を信じることだ」
そして。
「もし作戦中に今日と同じようなことをするようなら――」
アリアの目が鋭くなる。
「敵より先に私が撃ち抜いてでも止めてやる」
その言葉に、陸軍兵士たちは息を呑んだ。
「……!」
リリアが横で少し驚いた顔をする。しかし、アリアは止まらない。
「首都攻略作戦は遊びじゃない。一度の判断ミスで、仲間全員が危険になる。だから、次はないと思え」
ルードがゆっくりと立ち上がる。
「……大佐」
「何?」
「おっしゃる通りです」
アリアが見る。
「今回の敗因は、我々にあります」
「……」
「相手の戦術を疑うことなく、自分たちの力を過信した」
ルードは深く頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
後ろの兵士たちも、少しずつ姿勢を正す。
「……」
「……分かった」
アリアはそれ以上責めなかった。
「なら、明日から変われ」
「はい!」
陸軍部隊から、初めて揃った返事が返ってきた。その声を聞いた魔導士たちは、互いに顔を見合わせる。まだ完全に溝が埋まったわけではない。だがこの模擬戦によって、少なくとも一つだけ明らかになった。第51統合大隊で必要なのは、軍種のプライドではない。仲間とともに戦うための力。そして相手を過小評価しないことだった。
本日は④までの投稿です。
次回の投稿は明日12時20分です。お楽しみに!




