第40話 「統合大隊」③
その日の昼過ぎ。
第51統合大隊の宿舎。陸軍から編入された二個小隊は、訓練を欠席したまま、それぞれの宿舎で時間を過ごしていた。
「まったく……」
ある兵士がベッドに腰掛けながら呟く。
「魔導軍の連中に合わせて訓練する必要なんてないだろ」
「そうだよな。俺たちは陸軍だぞ」
「大体、十二歳の大佐に――」
その時宿舎の廊下に軍靴の音が響いた。
「誰だ?」
扉が開く。
「……!」
そこに立っていたのは、アリアだった。たった一人。リリアもいない。アリアは陸軍兵士たちを静かに見渡した。陸軍の兵士たちが慌てて立ち上がる。
「敬礼!」
ルードが叫ぶ。全員がしぶしぶ敬礼する。
「休め」
アリアが言う。
「今日の訓練を欠席した理由は?」
「……」
誰も答えない。
「体調不良だと聞いた」
「そうです」
一人の兵士が答える。
「なら、今は体調が悪いのか? 私には随分と元気なように見えるが?」
アリアが低い声で全員を見ながら言う。
「……」
答えがない。アリアはその様子を見て、小さく息を吐く。
「分かった」
「……」
「不満があるなら、直接言えばいい」
兵士たちが顔を上げる。
「陰で不満を言って訓練を休むより、その方がよほど軍人らしい」
「……」
「今日の午後、演習場を使う」
アリアは淡々と告げる。
「訓練用の装備を整えて来い」
「え?」
「模擬戦をする」
空気が変わった。
「私たち第10魔導中隊と、君たち二個小隊で」
「……!」
兵士たちが互いに顔を見る。
「不満があるなら、戦って確かめればいい」
アリアはそう言った。
「ただし、訓練用の魔導銃、訓練用装備を使う」
そして。
「午後一時に演習場だ。今度は遅れるなよ」
アリアはそれだけ言って踵を返す。
「待ってください!」
ルードが呼び止める。アリアが振り返る。
「本当にやるんですか?」
「やる」
「大佐自ら?」
「当然」
ルードはしばらくアリアを見つめる。
「……分かりました」
「それでいい」
アリアは去っていったその背中を見送りながら、ルードは複雑な表情を浮かべる。
「本当にやる気なのか……」
*
その日の午後。
演習場。広い訓練区域に、第51統合大隊の陸軍二個小隊と魔導部隊が集まっていた。双方とも訓練用装備を身につけている。
模擬戦用の武器。
防護装備。
そして、勝敗を判定するための装置。
「総員、配置!」
リリアが声を上げる。
「魔導部隊、準備!」
隊員たちが箒へ乗る。
その一方。陸軍部隊も地上に展開する。ルードは全員を見回した。
「いいか」
「今回の目的は、相手を叩き潰すことじゃない」
「……」
「勝って、自分たちの実力を示す」
「はい!」
しかし、兵士たちの闘志はかなり高まっていた。
*
一方。魔導部隊側では、アリアが隊員たちを集めていた。アリアは周囲を確認する。陸軍側には聞こえないよう、声を落とした。
「作戦を伝える」
「はい」
「最初から本気で潰しにいくな」
隊員たちは少し意外そうな顔をする。
「むしろ――」
アリアの口元がわずかに上がった。
「隙を作りまくれ」
「……え?」
「分かりやすい隙を作れ」
隊員たちの顔が変わる。
「攻撃できる場所を、わざと作る」
「囲めそうなら、囲ませる」
「追撃できそうなら、追わせる」
リリアが眉をひそめる。
「アリア大佐」
「何?」
「これは……」
「教育だよ」
アリアは静かに答える。
「今の陸軍部隊が何を考えているのかは分かっている」
「魔導士より自分たちの方が優れている」
「そう思っているなら――」
アリアは陸軍側を見る。
「その思い込みが本当に正しいのか、自分たちで気づかせる」
魔導士たちは真剣に聞いていた。
「ただし、一つだけ」
アリアの声が低くなる。
「作った隙を、見破られなかったら」
一瞬の間。
「陸軍として以前に、軍人としての素質を疑うな」
「……」
「戦場で、本当に都合よく敵が隙を見せると思うか?」
「いいえ!」
「罠かもしれない。それを考えることも軍人の仕事だ」
アリアは全員を見る。
「だから、わざと隙を作る。そして、それに食いつくかを見る」
リリアが小さく息を吐いた。
「相変わらず厳しいですね」
「必要なことだから」
アリアは隊員たちに告げる。
「ただし、絶対にやりすぎるな。こちらが勝つことが目的じゃない。陸軍連中に気づかせることが目的だ」
「了解!」
アリアは頷いた。
「よし。準備につけ」
魔導部隊が散開する。それから間もなく。
「魔導部隊、準備完了!」
リリアが宣言する。ルードも前へ出る。
「陸軍部隊、準備完了!」
アリアとルードが向かい合う。
「ルールは簡単です」
リリアが説明する。
「相手の戦闘能力を規定以上に削るか、指揮官を戦闘不能にすれば勝利。実際の戦闘を想定する。ただし、すべて訓練用装備を使用する。異論は?」
誰も答えない。アリアが魔導部隊を見る。
「準備は?」
「完了!」
ルードも自分の部隊を見る。
「行けるな?」
「はい!」
空と地上。それぞれの部隊が戦闘態勢についた。
「では――」
リリアが手を上げる。
「模擬戦、開始!」
魔導士たちが一斉に飛び立つ。陸軍部隊も前進を開始する。
最初の接触まで、あとわずか。
しかし、陸軍側はまだ知らない。目の前の魔導部隊が、あえて大きな隙を作っていることを。
そしてその隙に気づけるかどうかが、この模擬戦の本当の勝負になることを。




