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第4話 エピソードZERO②

*

 それから、しばらくの時間が過ぎた。リリアとアリアは、少しずつ一緒にいる時間を増やしていった。食事の時も、訓練の休憩時間も、授業が終わった後も。いつの間にか、二人でいることが当たり前になっていた。アリアは相変わらず口数が少ない。それでも、リリアが話しかければ答えるようになった。

「アリア、今日の法学どうだった?」

「難しくなかった」

「私は途中で眠くなっちゃったよ」

「寝てた」

「見てたの!?」

「うん」

「起こしてよ……」

「先生が起こすと思ったから」

「そういうところだけ妙に冷静なんだから」

 そんな他愛のない会話。しかし、それを面白く思わない者たちもいた。

「またあの二人一緒だぞ」

「リリアまで、あんな子供とつるむなんてな」

「せっかく顔は良いのに」

 最初は陰口だけだった。やがて、それは直接的な嫌がらせへ変わっていった。ある日の訓練後。リリアが教室へ戻ろうとすると、数人の男子候補生が廊下を塞いだ。

「なあ、リリア」

「……何?」

「最近、ずいぶんと仲良しだな」

「誰と?」

「あの十歳の天才様だよ」

 リリアは少し困ったように笑った。

「別に……普通に友達なだけだよ」

「友達ねえ」

「お前まであいつに媚びてるのか?」

「そんなんじゃ……」

「じゃあ、なんで一緒にいるんだ?」

 リリアは言葉に詰まった。こういう時、どう答えればいいのか分からない。

「……私が、アリアと一緒にいたいから」

 ようやくそう答えると、男子候補生たちは鼻で笑った。

「変な奴」

「まあ、好きにすれば?」

 そう言い残して去っていく。リリアはその場に立ち尽くした。胸の奥が、少し苦しかった。 それから、リリアへの風当たりはさらに強くなった。

 露骨な悪口。

 無視。

 些細な嫌がらせ。

 リリアは何度も気にしないようにした。しかし、もともと強く人に言い返せる性格ではない。何か言われても、

「……ごめん」

「そうだよね」

「私が悪かったかも」

そう答えてしまう。アリアはそれを黙って見ていた。ある日の昼休み。二人で食事をしていると、リリアがぽつりと言った。

「最近、ちょっと大変なんだ」

「知ってる」

「……やっぱり?」

「うん」

 アリアは食事を続けながら答える。

「でも、気にしなくていい」

「そんな簡単に言わないでよ」

「簡単じゃない」

 アリアは箸を止めた。

「リリアが嫌な思いをしてるのは分かってる」

「……アリア」

「私のせいなら、ごめん」

「違うよ」

 リリアは慌てて首を振った。

「アリアのせいじゃない」

「そう」

「だから大丈夫」

 そう笑った。けれど、その笑顔が無理をしていることを、アリアは分かっていた。

 そして数日後。事件が起きた。夕方。訓練を終えたリリアは、一人で寮へ戻ろうとしていた。その途中、建物の裏手へ呼び止められた。

「リリア」

「……何?」

 そこには男子候補生が数人いた。

「ちょっと付き合えよ」

「ごめん。もう戻らないと……」

「いいだろ、少しくらい」

「でも……」

 リリアが後退する。男子候補生たちが距離を詰めてくる。いつもの嫌がらせとは違う。リリアは直感的に危険を感じた。

「……やめて」

「そんな怖がるなよ」

「本当に、やめて……」

 足が震える。声も上手く出ない。逃げようとしても、後ろは壁だった。

「――何をしてるの?」

 静かな声が響いた。男子候補生たちが振り返る。そこに立っていたのは、アリアだった。いつもの無表情。しかし、訓練用の魔導銃の銃口を男子候補生たちへ向けていた。候補生である以上、訓練のために武器を携行することは珍しくない。だが今のアリアの表情には、普段とは明らかに違う、明確な怒りがあった。それに気づいたのか、男子候補生たちが固まる。

「……アリア」

 リリアが小さく呟く。アリアはリリアを見る。

「リリア。こっちに来て」

「……うん」

 リリアは急いでアリアの側へ移動した。アリアは男子候補生たちを見つめる。

「何をしていたの?」

「いや……別に」

「嘘」

 即答だった。

「リリアが嫌がっていた」

「だから何だよ」

 男子候補生の一人が強がる。

「お前には関係ないだろ」

 アリアの目が細くなる。

「関係ある」

「……は?」

「リリアは私の友達だから」

 アリアは静かに言った。

「嫌がっている人間に、これ以上近づくな」

「十歳のくせに、生意気なんだよ」

 その言葉に、アリアは何も返さなかった。ただ、魔導銃を下ろさずに立っている。声も荒らげない。脅すこともしない。ただ、そこから一歩も動かない。しばらくして、男子候補生たちは顔を見合わせた。やがて、一人が舌打ちする。

「……行くぞ」

 彼らはその場から去っていった。アリアはしばらくその背中を見送っていた。そして、ようやく魔導銃を下ろす。

「リリア」

「……うん」

「大丈夫?」

 その声だけは、いつものアリアよりずっと柔らかかった。

「……怖かった」

 リリアの目に涙が浮かぶ。アリアは少し困ったような顔をした。そして、そっとリリアの肩に手を置く。

「もう大丈夫」

「……ありがとう」

「うん」

 短い言葉だった。けれど、その日からリリアは知った。アリアは他人にはほとんど心を開かない。誰かに興味を示すことも少ない。それでも、自分のことだけは、特別に大切にしてくれている。そしてアリア自身も、この日を境に少しずつ変わっていった。これまでなら、他人に何をされても関わろうとはしなかった。しかし、リリアにだけは違った。リリアが傷つくことだけは、許せなかった。この日二人の間には、ただの「友達」という言葉だけでは表せないほどの信頼が生まれ始めていた。


第2話「エピソードZERO」②

 あの日からアリアとリリアの距離は、少しずつ近づいていった。

 最初は、ただ一緒に食事をするだけだった。それが、いつの間にか訓練も一緒に受けるようになった。座学では隣の席に座り、休憩時間には二人で話す。寮へ戻る時も、自然と並んで歩く。アリアは相変わらず口数が少なかった。自分から話しかけることもほとんどない。 それでも、リリアには少しずつ心を開いていった。

「アリア、今日の訓練どうだった?」

「普通」

「またそれ?」

「何が?」

「アリアの『普通』って、普通じゃないんだよ」

「そう?」

「今日、先生が褒めてたじゃん」

「……そうだった?」

「聞いてなかったの!?」

 そんな会話も増えていった。リリアにとっては、何気ない日常だった。しかしアリアにとっては違った。

誰かと一緒にいること。

 誰かに話しかけられること。

 誰かの隣にいること。

 忘れて久しい感覚を、少しずつ思い出していった。リリアはいつしか、アリアにとって唯一無二の存在になっていた。

 それから二人が士官学校へ入学してから、ちょうど一年が経った。アリアは十一歳、リリアは十五歳になっていた。その頃、士官学校に一つの噂が流れ始めた。

「聞いたか?」

「何を?」

「アリアのこと」

「また?」

「卒業後の話だよ」

 教室のあちこちで、候補生たちが小声で話している。

「アリア、卒業したら少尉になるらしいぞ」

「……少尉?」

「ああ」

「伍長じゃなくて?」

「そうらしい」

 王国軍士官学校魔導将校課程では、通常、将官候補生は卒業後に伍長として正式任官する。そこで半年程度軍務を経験した後少尉へ特進。さらに将官としての適性を認められた者が中尉以上へ昇進する。

 それが一般的な道だった。

 しかしアリアは違った。

 卒業時に少尉。しかも十二歳で。

 それは、極めて異例のことだった。理由は明白だった。

 魔法能力。

 戦術能力。

 判断力。

 そして実技成績。

 どれを取っても、アリアは同期を大きく引き離していた。軍上層部は、彼女を単なる優秀な魔導士としてではなく、将来の指揮官候補として評価していた。当然、その話を面白く思わない者もいた。

「十二歳で少尉だってさ」

「馬鹿らしい」

「俺たちが何年も訓練してるのに」

「結局、魔法の才能があるだけだろ」

 陰口は日に日に増えていった。やがて、それは再び嫌がらせへと変わっていく。アリアの机に悪口を書いた紙が置かれる。教科書が隠される。訓練道具を勝手に移動される。廊下ですれ違う際に肩をぶつけられる。しかし、アリアは何も言わなかった。紙を見つければ捨てる。教科書がなければ探す。道具がなければ取りに行く。誰かにぶつかられても、振り返ることすらしない。まるで、何も感じていないかのようだった。

「アリア……」

 リリアは心配そうに彼女を見る。

「大丈夫?」

「大丈夫」

「本当に?」

「うん」

「でも……」

「気にしなくていい」

 アリアはいつもそう言った。リリアは納得できなかった。しかし、アリアがそれ以上話そうとしないことも分かっていた。

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