第4話 エピソードZERO②
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それから、しばらくの時間が過ぎた。リリアとアリアは、少しずつ一緒にいる時間を増やしていった。食事の時も、訓練の休憩時間も、授業が終わった後も。いつの間にか、二人でいることが当たり前になっていた。アリアは相変わらず口数が少ない。それでも、リリアが話しかければ答えるようになった。
「アリア、今日の法学どうだった?」
「難しくなかった」
「私は途中で眠くなっちゃったよ」
「寝てた」
「見てたの!?」
「うん」
「起こしてよ……」
「先生が起こすと思ったから」
「そういうところだけ妙に冷静なんだから」
そんな他愛のない会話。しかし、それを面白く思わない者たちもいた。
「またあの二人一緒だぞ」
「リリアまで、あんな子供とつるむなんてな」
「せっかく顔は良いのに」
最初は陰口だけだった。やがて、それは直接的な嫌がらせへ変わっていった。ある日の訓練後。リリアが教室へ戻ろうとすると、数人の男子候補生が廊下を塞いだ。
「なあ、リリア」
「……何?」
「最近、ずいぶんと仲良しだな」
「誰と?」
「あの十歳の天才様だよ」
リリアは少し困ったように笑った。
「別に……普通に友達なだけだよ」
「友達ねえ」
「お前まであいつに媚びてるのか?」
「そんなんじゃ……」
「じゃあ、なんで一緒にいるんだ?」
リリアは言葉に詰まった。こういう時、どう答えればいいのか分からない。
「……私が、アリアと一緒にいたいから」
ようやくそう答えると、男子候補生たちは鼻で笑った。
「変な奴」
「まあ、好きにすれば?」
そう言い残して去っていく。リリアはその場に立ち尽くした。胸の奥が、少し苦しかった。 それから、リリアへの風当たりはさらに強くなった。
露骨な悪口。
無視。
些細な嫌がらせ。
リリアは何度も気にしないようにした。しかし、もともと強く人に言い返せる性格ではない。何か言われても、
「……ごめん」
「そうだよね」
「私が悪かったかも」
そう答えてしまう。アリアはそれを黙って見ていた。ある日の昼休み。二人で食事をしていると、リリアがぽつりと言った。
「最近、ちょっと大変なんだ」
「知ってる」
「……やっぱり?」
「うん」
アリアは食事を続けながら答える。
「でも、気にしなくていい」
「そんな簡単に言わないでよ」
「簡単じゃない」
アリアは箸を止めた。
「リリアが嫌な思いをしてるのは分かってる」
「……アリア」
「私のせいなら、ごめん」
「違うよ」
リリアは慌てて首を振った。
「アリアのせいじゃない」
「そう」
「だから大丈夫」
そう笑った。けれど、その笑顔が無理をしていることを、アリアは分かっていた。
そして数日後。事件が起きた。夕方。訓練を終えたリリアは、一人で寮へ戻ろうとしていた。その途中、建物の裏手へ呼び止められた。
「リリア」
「……何?」
そこには男子候補生が数人いた。
「ちょっと付き合えよ」
「ごめん。もう戻らないと……」
「いいだろ、少しくらい」
「でも……」
リリアが後退する。男子候補生たちが距離を詰めてくる。いつもの嫌がらせとは違う。リリアは直感的に危険を感じた。
「……やめて」
「そんな怖がるなよ」
「本当に、やめて……」
足が震える。声も上手く出ない。逃げようとしても、後ろは壁だった。
「――何をしてるの?」
静かな声が響いた。男子候補生たちが振り返る。そこに立っていたのは、アリアだった。いつもの無表情。しかし、訓練用の魔導銃の銃口を男子候補生たちへ向けていた。候補生である以上、訓練のために武器を携行することは珍しくない。だが今のアリアの表情には、普段とは明らかに違う、明確な怒りがあった。それに気づいたのか、男子候補生たちが固まる。
「……アリア」
リリアが小さく呟く。アリアはリリアを見る。
「リリア。こっちに来て」
「……うん」
リリアは急いでアリアの側へ移動した。アリアは男子候補生たちを見つめる。
「何をしていたの?」
「いや……別に」
「嘘」
即答だった。
「リリアが嫌がっていた」
「だから何だよ」
男子候補生の一人が強がる。
「お前には関係ないだろ」
アリアの目が細くなる。
「関係ある」
「……は?」
「リリアは私の友達だから」
アリアは静かに言った。
「嫌がっている人間に、これ以上近づくな」
「十歳のくせに、生意気なんだよ」
その言葉に、アリアは何も返さなかった。ただ、魔導銃を下ろさずに立っている。声も荒らげない。脅すこともしない。ただ、そこから一歩も動かない。しばらくして、男子候補生たちは顔を見合わせた。やがて、一人が舌打ちする。
「……行くぞ」
彼らはその場から去っていった。アリアはしばらくその背中を見送っていた。そして、ようやく魔導銃を下ろす。
「リリア」
「……うん」
「大丈夫?」
その声だけは、いつものアリアよりずっと柔らかかった。
「……怖かった」
リリアの目に涙が浮かぶ。アリアは少し困ったような顔をした。そして、そっとリリアの肩に手を置く。
「もう大丈夫」
「……ありがとう」
「うん」
短い言葉だった。けれど、その日からリリアは知った。アリアは他人にはほとんど心を開かない。誰かに興味を示すことも少ない。それでも、自分のことだけは、特別に大切にしてくれている。そしてアリア自身も、この日を境に少しずつ変わっていった。これまでなら、他人に何をされても関わろうとはしなかった。しかし、リリアにだけは違った。リリアが傷つくことだけは、許せなかった。この日二人の間には、ただの「友達」という言葉だけでは表せないほどの信頼が生まれ始めていた。
第2話「エピソードZERO」②
あの日からアリアとリリアの距離は、少しずつ近づいていった。
最初は、ただ一緒に食事をするだけだった。それが、いつの間にか訓練も一緒に受けるようになった。座学では隣の席に座り、休憩時間には二人で話す。寮へ戻る時も、自然と並んで歩く。アリアは相変わらず口数が少なかった。自分から話しかけることもほとんどない。 それでも、リリアには少しずつ心を開いていった。
「アリア、今日の訓練どうだった?」
「普通」
「またそれ?」
「何が?」
「アリアの『普通』って、普通じゃないんだよ」
「そう?」
「今日、先生が褒めてたじゃん」
「……そうだった?」
「聞いてなかったの!?」
そんな会話も増えていった。リリアにとっては、何気ない日常だった。しかしアリアにとっては違った。
誰かと一緒にいること。
誰かに話しかけられること。
誰かの隣にいること。
忘れて久しい感覚を、少しずつ思い出していった。リリアはいつしか、アリアにとって唯一無二の存在になっていた。
それから二人が士官学校へ入学してから、ちょうど一年が経った。アリアは十一歳、リリアは十五歳になっていた。その頃、士官学校に一つの噂が流れ始めた。
「聞いたか?」
「何を?」
「アリアのこと」
「また?」
「卒業後の話だよ」
教室のあちこちで、候補生たちが小声で話している。
「アリア、卒業したら少尉になるらしいぞ」
「……少尉?」
「ああ」
「伍長じゃなくて?」
「そうらしい」
王国軍士官学校魔導将校課程では、通常、将官候補生は卒業後に伍長として正式任官する。そこで半年程度軍務を経験した後少尉へ特進。さらに将官としての適性を認められた者が中尉以上へ昇進する。
それが一般的な道だった。
しかしアリアは違った。
卒業時に少尉。しかも十二歳で。
それは、極めて異例のことだった。理由は明白だった。
魔法能力。
戦術能力。
判断力。
そして実技成績。
どれを取っても、アリアは同期を大きく引き離していた。軍上層部は、彼女を単なる優秀な魔導士としてではなく、将来の指揮官候補として評価していた。当然、その話を面白く思わない者もいた。
「十二歳で少尉だってさ」
「馬鹿らしい」
「俺たちが何年も訓練してるのに」
「結局、魔法の才能があるだけだろ」
陰口は日に日に増えていった。やがて、それは再び嫌がらせへと変わっていく。アリアの机に悪口を書いた紙が置かれる。教科書が隠される。訓練道具を勝手に移動される。廊下ですれ違う際に肩をぶつけられる。しかし、アリアは何も言わなかった。紙を見つければ捨てる。教科書がなければ探す。道具がなければ取りに行く。誰かにぶつかられても、振り返ることすらしない。まるで、何も感じていないかのようだった。
「アリア……」
リリアは心配そうに彼女を見る。
「大丈夫?」
「大丈夫」
「本当に?」
「うん」
「でも……」
「気にしなくていい」
アリアはいつもそう言った。リリアは納得できなかった。しかし、アリアがそれ以上話そうとしないことも分かっていた。




