↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/70

第3話 エピソードZERO①


 ———二年前。

 ヴァレンティア王国王都にある王国軍士官学校。

 王国中から集められた若人たちが、王国軍人を目指して学ぶ場所。その正門を、一人の十四歳の少女がくぐった。肩まで伸びた髪を揺らしながら、少女は校舎を見上げる。彼女の名前は、リリア・ヴェルフェリア。魔法適性検査によって高い適性を認められた彼女は、魔導士となる道を選んだ。この日、王国軍士官学校魔導将校課程に入学した。

「ここが……士官学校」

 リリアは緊張した面持ちで呟いた。周囲には、自分と同じように入学した者たちがいる。年齢は様々だった。十代前半の者もいれば、二十代前半の者もいる。魔導士はそもそもの人数が少ない。そのため、他の課程と違って魔導将校課程には年齢による区別はそれほど厳しくなかった。才能があれば、幼くても軍に入る。そして能力が認められれば、年齢に関係なく上の課程へ進む。それが王国軍だった。リリアは受付を済ませ、指定された教室へ向かった。

「失礼します」

 扉を開けると、すでに部屋の中には 多くの候補生が集まっていた。リリアが空いている席を探しているとふと、一人の少女が目に入った。教室の隅の窓際の席に一人だけ、周囲から離れて座っている。

 軍服を着ていて、胸元には将校候補生としての徽章こそあるが、その姿はどう見ても軍人には見えなかった。まだ十歳ほどの幼い子供にしか見えない。少女は誰とも話さず、机の上に置いた本を読んでいた。周囲の候補生たちは、そんな少女を時々ちらちらと見ている。そして、その視線には決して好意的とは言えないものが混じっていた。

「なんであんな子がここにいるんだ?」

「十歳らしいぞ」

「十歳で将校課程って……」

「どうせ魔力が多いだけだろ」

 小さな声でも少女には聞こえているはずだった。それでも、顔を上げない。何も聞こえていないかのように本を読み続けている。リリアは気になった。なぜ、あんなに幼い子がここにいるのだろう。なぜ、誰とも話さないのだろうと。

*

 入学式が終わると、さっそく実技試験が行われた。

 魔力測定。

 魔法制御。

 攻撃魔法。

 防御魔法。

 一人ずつ名前が呼ばれていく。

「次。アリア」

 教官が名前を呼んだ。窓際に座っていた少女が立ち上がる。

「はい」

 小さな声。少女は実技場へ向かった。リリアも他の候補生たちと一緒に見学する。教官が説明を始めた。

「これより魔法制御試験を行う。指定された術式を維持しながら、標的を破壊しろ」

 アリアは無言で魔導銃を構えた。魔力が集まる。次の瞬間、標的が一瞬で吹き飛んだ。

「……え?」

 リリアが目を丸くする。周囲も静まり返っていた。教官が別の標的を用意する。

「もう一度」

「はい」

 魔力を込めた弾丸が、次々と展開されていく。しかも、どの弾丸も極めて精密だった。教官たちは互いに顔を見合わせる。

「……やはり規格外だな」

「魔力量だけではない。制御能力が異常だ」

「十歳とは思えない」

 その言葉を聞いた周囲の候補生たちの表情が変わった。

 驚き。困惑。そして嫉妬。

「……なんだよ、あれ」

「俺たちだって何年も魔法を勉強してきたのに」

「たった十歳の子供が……」

 アリアはそんな声にも反応しなかった。試験を終えると、何も言わずに自分の席へ戻っていく。

 その日の昼休み。リリアは食堂で昼食を取っていた。少し離れた場所にアリアが座っている。アリアは一人だった。料理を受け取ると、黙々と食べている。誰かと話すこともなければ、誰かが話しかけることもない。リリアは何度もアリアの方を見た。同じ学校に入ったのだから、話しかけてみてもいいだろう。そう思って立ち上がる。しかし、その時。

「おい、天才様」

 別の候補生がアリアの前に立った。アリアは顔を上げる。

「……何?」

「十歳で魔導将校課程なんだってな」

「そう」

「すごいな」

 言葉とは裏腹に、その声には嫌味が混じっている。

「俺たちよりずっと優秀なんだろ?」

 アリアは答えない。

「だったら、俺たちなんか必要ないよな」

 アリアは黙って食事を続ける。相手はそれが気に入らなかったらしい。

「無視かよ」

 周囲から小さな笑い声が聞こえる。アリアはようやく顔を上げた。

「……食事中だから」

「は?」

「邪魔しないで」

 それだけ言って、再び食事へ戻る。候補生は舌打ちして去っていった。リリアはその一部始終を見ていた。アリアは泣かなかった。怒りもしなかった。ただ、何事もなかったように食事を続けている。

 午後の訓練でも同じだった。アリアは誰とも話さない。休憩時間になっても、一人。訓練が終われば、すぐに教室へ戻る。寮でも一人。まるで、自分から他人との間に壁を作っているようだった。

 ある日の夕方。リリアは廊下を歩いていた。すると、前方にアリアがいた。アリアは一人で本を抱えて歩いている。リリアは少し迷った。それでも声をかける。

「ねえ」

 アリアが振り返る。

「……何?」

「私、リリア・ヴェルフェリア。あなたと同じ魔導将校課程」

「……アリア・スー・エルディア」

「知ってる」

「そう」

「……」

「……」

 会話が終わった。リリアは困った。こんなに会話が続かないとは思わなかった。

「えっと……」

「何?」

「……友達にならない?」

 アリアの表情が、ほんの少しだけ変わった。

「友達?」

「うん」

 アリアはしばらくリリアを見つめた。

「……どうして?」

「え?」

「どうして私と?」

 リリアは少し考えた。

「だって、同じ学校の仲間だから」

「……それだけ?」

「それだけじゃ駄目?」

 アリアは答えなかった。しばらく沈黙が続く。やがてアリアは小さく目を伏せた。

「……分からない」

「何が?」

「友達って、どういうものなのか」

 リリアは言葉を失った。その時、初めて分かった。この少女は単に人付き合いが苦手なのではない。人との接し方そのものを知らないのだ。

「じゃあ……」

 リリアは笑った。

「これから覚えればいいよ」

 アリアが顔を上げる。

「私が教えるから」

「……リリアが?」

「うん」

 アリアはしばらく黙っていた。そして、小さく頷いた。

「……分かった」

 その返事は、とても小さかった。これが二人の最初の一歩だった。

 まだこの時のリリアは知らない。目の前にいる少女が、二年後には自分の上官となることを。そしてアリアも知らなかった。自分が心を閉ざしていた世界に、やがて、一人だけ特別な存在ができることを。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。