第37話 「統合大隊」①
翌日。
王国南部。
第10魔導中隊が駐屯する基地には、朝からいつもとは違う緊張感が漂っていた。理由は明白だった。今日から、この基地に新たな部隊が加わる。王国陸軍第3陸軍大隊。その中から選抜された二個小隊。彼らは第51統合大隊の編成に伴い、編入されることになっていた。
「総員!」
リリアの声が響く。
「傾注!」
第10魔導中隊の隊員たちが一斉に姿勢を正した。その隣には、今日から同じ大隊の仲間となる二個小隊を迎えるためのスペースが確保されている。
「今日は新しい仲間が来るんですね」
隊員の一人が小声で言う。
「陸軍の人たちか」
「どんな人たちなんだろうな」
「一緒に空挺降下するんだろ? 早く仲良くなれたらいいな」
中隊には歓迎ムードが広がっていた。第10魔導中隊は、これまで少人数で戦ってきた。そんな彼らにとって、新たに加わる仲間は心強い存在だった。
やがて遠くから軍用車両の姿が見えてきた。
「来たぞ」
隊員たちの視線がそちらへ向く。複数の軍用車両が基地へ入ってくる。車両が止まり、扉が開く。そこから、陸軍の軍服を着た兵士たちが降りてきた。一人。また一人。その数は、第10魔導中隊よりも多い。全員が整然と並んでいく。最後に、一人の男性士官が車両から降りた。年齢は三十代前半ほど。階級章は少佐。鋭い目つきをしており、いかにも軍人らしい雰囲気を持っている。男はリリアの前に立つと敬礼した。
「第3陸軍大隊副大隊長、ルード少佐だ」
その声が響く。
「本日付で第51統合大隊へ編入される二個小隊を率いてきた。俺自身も、第51統合大隊の副大隊長を務めることになる」
リリアが一歩前へ出る。
「第10魔導中隊副大隊長、リリア少佐です」
そう言って、敬礼する。
「本日より第51統合大隊で共に戦うことになります。よろしくお願いします」
「‥‥‥よろしく」
ルードも敬礼を返した。そこまでは問題なかった。しかしその後ろに並んでいた陸軍の兵士たちは、どこか落ち着かない様子だった。互いに顔を見合わせる者。何かを小声で話している者。そして、第10魔導中隊の隊員を見ては、複雑そうな表情をする者。
「‥‥‥?」
リリアはその様子に気づいた。
「どうかしましたか?」
「いや」
ルードが答える。
「何でもない」
しかし、その声もどこか硬かった。そこへアリアがやって来た。
「お待たせ」
全員の視線が集まる。
アリア・スー・エルディア。今日から第51統合大隊大隊長。階級も大佐へと変わっている。
「‥‥‥」
第3陸軍大隊の兵士たちがアリアを見る。誰もが、その小さな姿に驚いた。自分たちの所属する大隊を率いる大佐は、どう見ても自分たちよりはるかに幼い少女。
「この子が‥‥‥?」
「本当に大佐なのか?」
小声が漏れる。アリアは特に気にする様子もなかった。
「第3陸軍大隊から編入された二個小隊か」
「はい」
ルードが答える。
「副大隊長のルード少佐です。本日より第51統合大隊に着任します」
「分かった」
アリアは敬礼する。
「第51統合大隊大隊長、アリア大佐だ」
「よろしくお願いします」
ルードも敬礼する。そしてアリアは後ろの兵士たちを見る。
「今日から、私たちは同じ部隊だ」
隊員たちは黙って聞いている。
「これまで所属していた軍種は違う」
魔導軍と陸軍。使う装備も戦い方も違う。
「だが、第51統合大隊では関係ない」
「互いに支え合って任務を遂行する」
「よろしく」
アリアが頭を下げる。すると、第10魔導中隊の隊員たちが拍手を始めた。
「よろしく!」
「一緒に頑張りましょう!」
「首都攻略、絶対に成功させましょう!」
歓迎ムードは明るかった。リリアも微笑む。
「これから大変になりますが、一緒に頑張りましょう」
しかし第3陸軍大隊から来た兵士たちは、ほとんど拍手しなかった。むしろ何人かは不満そうな表情を浮かべている。ある兵士が小さく呟いた。
「‥‥‥魔導軍の中隊に編入かよ」
「しかも、あんな子供が大佐だぞ」
「俺たちは今まで陸軍で戦ってきたのに‥‥‥」
「第51統合大隊とか言われてもな」
それを聞いたルードが振り返った。
「お前たち」
兵士たちが黙る。
「ここは第3陸軍大隊じゃない」
「‥‥‥はい」
「これからは第51統合大隊だ」
ルードは厳しく言う。
「不満があるのは分かる」
兵士たちは少し驚く。
「だが、命令は命令だ」
「‥‥‥」
「それに」
ルードはアリアを見る。
「少なくとも、我々がこれから従うのは、あの大佐だ」
その言葉には、ルード自身にも複雑な感情があった。自分より遥かに年下。それなのに大佐。そして、自分はその副大隊長。軍人として簡単に納得できることではない。しかし、命令には従う。それがルードという男だった。アリアはそんな彼を見ながら言った。
「ルード少佐」
「はい」
「一つ確認したい」
「何でしょう」
「貴官は、この編成に不満があるのか?」
突然の問い。ルードの後ろにいた兵士たちがざわつく。
「‥‥‥」
ルードはしばらく黙っていた。そして正直に答えた。
「あります」
「ルード少佐!」
部下の一人が慌てる。しかしルードは続けた。
「第3陸軍大隊は、長年陸軍の部隊として戦ってきました」
「分かってる」
「魔導軍との混成部隊も初めてです」
「そうだね」
「そして‥‥‥」
ルードはアリアを見る。
「大隊長が十二歳というのも、正直に言えば驚いています」
基地の空気が少し張り詰める。リリアがアリアを見る。しかしアリアは怒らなかった。
「分かった」
ただそれだけだった。
「なら、これから実力で判断して」
「‥‥‥」
「私も、あなたたちを実力で判断する」
ルードは目を見開いた。アリアは淡々と続ける。
「一か月後、私たちは首都へ行く」
「そこで必要なのは、軍種の違いでも年齢でもない」
「戦場で互いの命を預けられるかどうかだ」
ルードはしばらくアリアを見つめた。そして、ゆっくり敬礼する。
「‥‥‥承知しました。大佐」
アリアも敬礼を返した。しかし、第3陸軍大隊の隊員たちの表情から不満が消えたわけではない。これから始まる一か月の錬成。それは単なる訓練ではない。別々の軍種として戦ってきた者たちが、一つの部隊になるための時間だった。そして第51統合大隊は最初から、決して一枚岩ではなかった。




