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第34話 「終わりの見えない戦い」①

 それから三か月がたった。

戦争は、まだ終わっていなかった。東部戦線で王国軍が大勝利を収めてからも、王国軍は幾度となく連邦軍を撃破し、少しずつ国境線を押し上げていた。

 しかし、ミレーヌ連邦は降伏しなかった。連邦軍は後退しては新たな防衛線を築き、そこへ兵力を集める。王国軍がそれを突破すれば、また次の防衛線が現れる。そして、そのたびに双方に損害が出る。戦争は、いつしか泥沼と化していた。

「‥‥‥また敵が後退しました」

 前線の野戦司令部。地図を見ながら、リリアが報告する。

「そう」

 アリアは地図から目を離さなかった。

「第10魔導中隊の損害は?」

「軽傷者が三名。戦闘継続に支障はありません」

「そうか」

 アリアは頷く。第10魔導中隊は、ここ三か月の戦闘で何度も勝利していた。敵の航空部隊を撃破し、敵の砲兵陣地との戦闘でも幾度となく勝利を収めた。しかしそれでも戦争は終わらない。勝っている。そのはずなのに、戦況そのものはほとんど変わらない。

「‥‥‥妙だな」

 アリアが呟く。

「何がですか?」

「敵の動きだ」

「敵の?」

「三か月前の戦闘以降、連邦軍は明らかに戦力を温存している」

 アリアは地図上の複数の地点を指でなぞった。

「前線ではこちらが攻勢をかけると、必ず一定の距離で後退する」

「はい」

「だが、その後に必ず反撃してくる」

「つまり、こちらの消耗を狙っている?」

「その可能性が高い」

 リリアは黙って地図を見る。アリアは続けた。

「連邦は国土を守るために戦っているんじゃない」

「‥‥‥?」

「時間を稼いでいる」

 アリアの目が細くなる。

「何かを待っている」

 リリアはしばらく考える。

「‥‥‥新しい兵器?」

「分からない」

 アリアは地図を見る。

「だが、別の可能性もある」

「別の可能性?」

「首都だ」

 リリアが顔を上げる。

「連邦首都?」

「ああ」

 アリアは王国軍が作成した偵察資料を取り出した。

「これを見ろ」

 そこには、連邦領内の地図が記されている。

 敵の防衛拠点。

 航空基地。

 補給線。

 司令部。

 そして――連邦首都。

「三か月前の戦闘以降、連邦軍は前線に大量の兵力を投入している」

「はい」

「それなのに、首都周辺の防衛戦力が増えていない」

「‥‥‥」

「むしろ減っている」

 リリアは資料を確認する。

「本当ですね‥‥‥」

「連邦は首都を守るより、前線を維持することを優先している」

「ですが、首都を攻撃するとなれば‥‥‥」

「戦争そのものを終わらせられる可能性がある」

 アリアは静かに言った。その目には、これまでの戦場で見せていたものとは違う光が宿っていた。

「首都を直接攻撃する」

「‥‥‥!」

 リリアが息を呑む。

「アリア少佐、それは‥‥‥」

「あぁ、無謀だろうな」

 アリアは資料を閉じる。

「ではなぜ、そのような作戦を」

「これはあくまでも私の推測だが、連邦とて軍事力は有限だ。そろそろその限界が来ているのではないかと思うのだ。そこで首都を叩き、一定の戦果を上げれば、連邦も交渉のテーブルに着くだろう」

「でも危険では?」

「百も承知の上だ。でも我が中隊諸君ならやってやれないことではないとも思う」

 アリアは立ち上がった。

「総司令部へ?」

「ああ」

*

 王都。王国軍総司令部。フランの執務室に、一通の暗号通信が届いた。

「アリアから?」

 フランは通信文を確認する。そこには、短い文章だけが記されていた。

『フランへ。至急、内密の相談あり』

 フランは少し眉をひそめる。

「‥‥‥また何か考えたわね」

 ほどなくして、アリア本人から通信が入った。

『フラン』

「どうしたの?」

『少し相談したいことがある』

「何?」

『連邦首都についてだ』

 フランの表情が変わった。

「‥‥‥続けて」

『現在、連邦首都の防衛網は手薄だ』

「根拠は?」

『これまでの偵察情報と、敵部隊の配置を照合した』

 アリアは淡々と説明する。

『連邦軍は前線に兵力を集中させている。首都周辺の航空戦力も少ない』

「だから?」

『首都を直接攻撃する』

 フランは息を飲んだ。

『敵の首都を攻撃して、政治中枢と軍事指揮系統を破壊する』

「アリア」

『何?』

「それがどれほど危険な作戦か分かっている?」

『分かっている』

「なら、どうしてそんなことを――」

『戦争が終わらないからだ』

 アリアは静かに答えた。

『前線で勝ち続けても、連邦は降伏しない』

「‥‥‥」

『なら、戦争そのものを終わらせる方法を考える必要がある』

 フランは椅子に深く座り直した。アリアの言っていることは、無謀な思いつきではない。

 これまでの戦闘や敵軍の配置、補給線、航空戦力、首都周辺の防衛状況から敵の予備選力まで。それらをすべて分析したうえでの提案だった。

「‥‥‥あなたは、本気なのね」

『当然だ』

「少し時間をちょうだい」

『分かった』

 通信が切れる。フランは一人、机の上に広げた地図を見る。そこには、ミレーヌ連邦の首都が記されている。

「‥‥‥敵の首都を直接攻撃、か」

 フランは小さく呟いた。もし成功すればこの長い戦争を終わらせる決定打になるかもしれない。

 しかし失敗すれば、アリアたちは、敵国の最深部で孤立することになる。フランはしばらく地図を見つめ続けていた。

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