第27話 「決定打」③
連邦軍西部方面軍司令部。
その建物は、すでに原形をとどめていなかった。爆発によって指揮所や通信設備が破壊され、周囲には連邦軍の兵士たちが右往左往している。
「敵の通信、ほとんど止まっています!」
ファントム小隊の隊員が報告する。
「司令部からの指示も確認できません!」
「成功だ‥‥‥!」
別の隊員が思わず声を漏らした。アリアは崩れた司令部を見下ろす。
「まだ終わっていない」
冷静な声だった。
「敵の指揮系統が混乱している今が、一番重要だ」
「はい!」
「周囲を確認する」
十人が散開する。これまで組織的に反撃してきた連邦軍だったが、司令部を失ったことで明らかに動きが変わっていた。部隊ごとに勝手に動いている。攻撃も散発的だ。王国軍が狙っていた状況が生まれつつあった。
「アリア少佐!」
隊員の一人が声を上げた。
「6時方向、大規模な部隊が移動しています!」
アリアが振り返る。
「規模は?」
「大隊規模です!」
「進行方向は?」
「南西。前線へ向かっています!」
アリアは地図を見る。その方向には、現在王国軍が攻勢をかけている地域がある。この大隊が前線へ到着すれば、王国軍の進撃を止める可能性が高い。
「‥‥‥逃がすな」
アリアが魔導銃を構える。
「全員、あの大隊を攻撃する」
「了解!」
ファントム小隊が一斉に動き出した。十人の魔導士が空へ舞い上がる。箒を加速させ、大隊の側面へ回り込む。
「敵襲!」
「上空だ!」
「魔導士だ!」
連邦軍の兵士たちが一斉に空を見上げる。だが、統制が取れていない。指揮官からの命令が届かない。部隊の動きもばらばらだった。
「撃て!」
アリアの命令とともに、魔導銃が一斉に火を噴く。魔力によって強化された攻撃が、連邦軍の進行を妨げる。
「A班とB班、左!」
「了解!」
「C班、D班は右から回り込め!」
「はい!」
「私とカイル少尉で中央から突撃する!」
ファントム小隊は敵の進行方向を制限するように攻撃を加えていく。敵が前進すれば攻撃。散開すれば別の方向から攻撃。大隊を混乱させ、足を止める。
「敵が止まりました!」
「よし。そのまま押さえろ!」
アリアは敵部隊を見渡す。その時だった。
「‥‥‥」
一人の男が目に入った。連邦軍の指揮官だろうか。周囲の兵士たちへ指示を飛ばしながら、必死に部隊を立て直そうとしている。アリアの視線が、その男に吸い寄せられる。
「‥‥‥あ」
胸の奥がざわついた。見覚えがある。忘れられるはずがない。
四年前。
家族を失い、幼馴染のエレナだけが自分に残されたものだった。そして、そのエレナも―――。アリアの脳裏に、あの日の光景が蘇る。逃げることもできずに震えていた自分。そんな自分をかばおうとしたエレナ。そして、その前に立っていた連邦兵。アリアを守ろうとするエレナに、執拗に弾丸を打ち込み続けた男。
「‥‥‥」
今。その男が目の前にいる。かつて村で見た姿よりも少し老けている。しかし、間違いない。アリアの手が震えた。
「‥‥‥あの男」
小さな声が漏れる。リリアに代わってファントム小隊でアリアの副官を務めているケイが振り返った。
「アリア少佐?」
「‥‥‥」
アリアは魔導銃を握る手に力を込める。強く。強く。魔導銃が握りつぶされるのではないかと思うほどに。そして、反対の手も握り締める。その握りしめた拳が震える。呼吸が乱れそうになる。怒りが込み上げてくる。今すぐ追いかけたい。今すぐ自分の手で―――。
「‥‥‥落ち着け」
アリアは自分自身に言い聞かせた。
「私は中隊長だ」
今は一人ではない。後ろには九人の隊員がいる。彼らの命を預かっている。ここで感情に任せて動けば、全員を危険に晒す。
「‥‥‥落ち着け」
もう一度呟く。深く息を吸う。ゆっくり吐く。視線を敵指揮官から外す。
「アリア少佐‥‥‥?」
「問題ない」
アリアは答えた。声はいつものように冷静だった。
「作戦を続ける」
「了解!」
再び魔導銃を構える。
「敵大隊の進行を止めろ」
ファントム小隊が動く。
「敵を前線へ到達させるな!」
「了解!」
魔導士たちが一斉に攻撃を開始する。指揮官が兵士たちに何か叫んでいる。だが、その声は戦場の喧騒にかき消されていく。アリアはその男を一瞬だけ見た。握り締めた拳をゆっくり開く。
「‥‥‥今は、戦う」
憎しみに任せるのではない。自分の役目を果たす。
「全員、攻撃を続けろ!」
「はい!」
ファントム小隊は攻撃を続ける。そして、その攻撃によって敵大隊は完全に足を止めた。
*
一方、前線では。
「敵の増援が来ない!」
「どうなっている!?」
「分かりません!」
連邦軍の防衛線に生まれた隙を、王国軍は見逃さなかった。
「今だ!」
王国軍が一斉に前進する。その先頭には、第10魔導中隊の姿もあった。
「全員、進め!」
リリアの号令が響く。
「敵が混乱している今のうちに前へ!」
「了解!」
中隊員たちが進んでいく。その姿を見ながら、リリアは空を見上げた。アリアたちがどこで戦っているのかは分からない。それでも、確かに感じていた。今、自分たちの前にある道を作っているのは、あの十人なのだと。
*
そして敵後方ではアリアもまた、前線を見つめていた。
「‥‥‥もう少しだ」
王国軍が前進している。作戦は、確実に成果を上げていた。しかしアリアの視線の先には、先ほどの連邦軍指揮官の姿があった。四年前の記憶とともにアリアはもう一度、拳を握る。 それでも今度は、すぐに力を抜いた。
「‥‥‥私は、もうあの時の子供じゃない」
そして魔導銃を構える。
「行くぞ」
ファントム小隊の十人は、再び敵部隊へ向かって飛び立った。




