第26話 「決定打」②
敵司令部から少し離れた森の中。作戦開始予定時刻を過ぎても、王国軍からの合図は届かなかった。アリアは通信機を手にしたまま、じっと前方を見つめている。
「‥‥‥まだですか」
隊員の一人が小声で尋ねる。
「前線の状況を確認する」
アリアは通信機の周波数を切り替えた。
『こちら王国軍東部方面コントロール。前線部隊について報告』
雑音混じりの通信が聞こえる。
『現在、複数地点で連邦軍からの猛烈な抵抗を受けている。予定していたラインまでの前進は困難』
アリアの表情が険しくなる。
『作戦開始については、現時点では―――』
そこで通信が途切れた。
「‥‥‥」
隊員たちも黙り込む。このまま待っていても、前線が突破できる保証はない。むしろ、時間が経てば経つほど敵にこちらの存在を察知される可能性が高くなる。アリアは少し考えた。そして通信機を手に取る。
「こちらファントム小隊、アリア少佐」
『こちら東部方面コントロール』
「進言がある」
『聞こう』
「司令部爆破作戦を予定通りの時間で実施する」
隊員たちがアリアを見る。
『しかし‥‥‥前線はまだ所定位置に到達していない』
「承知している」
『ならば、撤退経路の確保が―――』
「だからこそ、同時に攻撃を行う」
アリアは淡々と続ける。
「司令部の破壊と同時に、ファントム小隊が可能な範囲で前線の後ろ側から敵部隊へ攻撃を加える」
『目的は?』
「敵司令部周辺の部隊を混乱させる」
アリアは地図を見る。
「前線が押し上がっていない以上、敵の注意を正面だけに向けさせることはできない」
『‥‥‥』
「なら、私たちが敵の後方を直接攻撃する」
通信の向こうで、しばらく沈黙が続いた。
『危険な作戦になるぞ』
「最初から危険な作戦だ」
アリアは即答した。
「司令部を破壊した後、可能な範囲で敵の指揮系統と後方部隊を攻撃する」
『それで撤退の機会を作る、と』
「そうだ」
アリアは静かに言った。
「そして、前線が押し上がるまでの時間を稼ぐ」
『‥‥‥分かった』
司令部から返答があった。
『作戦変更を許可する』
「了解」
『ただし、深追いはするな』
「承知した」
『司令部破壊後は、可能な範囲で敵を攪乱し、王国軍前線へ帰還せよ』
「了解」
通信が切れる。アリアは隊員たちを見る。
「聞いたな」
「はい!」
「これより作戦を開始する」
隊員たちの表情が引き締まる。
「目標は敵司令部の破壊」
アリアは魔導銃を手に取る。
「その後、敵後方部隊を攻撃する」
「了解!」
「ただし、深追いはするな」
「はい!」
「全員、生きて帰るぞ!」
十人が一斉に頷いた。アリアは時計を見る。
「‥‥‥五」
隊員たちが身構える。
「四」
魔導銃を構える。
「三」
誰も口を開かない。
「二」
アリアの目が司令部を捉える。
「一」
そして―――。
「点火!」
アリアが手元のスイッチを押す。それと同時にファントム小隊の隊員が一斉に動いた。各所に設置された爆薬が作動する。次の瞬間、敵司令部の建物から、次々と爆発が起こった。轟音が周囲に響き渡る。建物の一部が大きく崩れ、周囲にいた連邦軍兵士たちが混乱する。
「攻撃開始!」
アリアの声が響いた。十人の魔導士が一斉に飛び立つ。魔力を込めた銃撃が、混乱する敵部隊へ向けて放たれる。
「敵だ!」
「魔導士だ!」
「上空に注意!」
連邦軍の兵士たちが叫ぶ。しかし、突然の司令部爆破によって指揮系統は混乱していた。 その隙を、ファントム小隊は逃さない。
「右側、敵部隊!」
「撃て!」
魔導銃から放たれた攻撃が敵部隊を押し返す。
「前方に車両の隊列!」
「私が止める!」
隊員の一人が急降下し、車両の進路を塞ぐ。
「アリア少佐!」
「分かっている!」
アリアも急旋回する。敵の反撃をかわしながら、司令部周辺を飛び回る。
「敵が集まってきます!」
「なら、こちらも移動する!」
「了解!」
ファントム小隊は一か所に留まらない。敵に包囲されないよう、攻撃しては離れ、別の場所へ移動する。目的は敵の殲滅ではない。敵の指揮系統を混乱させ、前線から兵力を引き剥がすこと。そして、その隙に王国軍が前進すること。
*
その頃、王国軍東部戦線では、さらに激しい戦闘が続いていた。
「押せ!」
「前へ!」
王国軍の兵士たちが前進する。
「敵の反撃!」
「伏せろ!」
激しい攻撃が王国軍陣地を襲う。
「第八部隊、通信途絶!」
「第八部隊が!?」
「壊滅した可能性があります!」
指揮官の顔が険しくなる。
「別部隊を投入しろ!」
「しかし、予備戦力が―――」
「構わん!」
前線の一部では、王国軍部隊が大きな損害を受けていた。それでも戦線全体が崩れることだけは避けなければならない。その中で第10魔導中隊も戦っていた。
「敵、正面!」
「撃て!」
リリアの指示が飛ぶ。
「左翼、援護!」
「了解!」
魔導士たちが箒で空へ舞い上がる。魔導銃に魔力を込め、連邦軍の陣地へ攻撃を加える。
「敵の増援です!」
「第2小隊、対応します!」
「はい!」
昨日までなら、ここで混乱していたかもしれない。だが今日の彼らは違った。昨日の実戦で得た経験を、全員が必死に活かしている。
「隊列を崩すな!」
リリアが叫ぶ。
「一人で突出しない!」
「了解!」
「負傷者は後方へ!」
「はい!」
中隊は少しずつ前進していく。決して速くはない。しかし、確実に。
「リリア大尉!」
「何ですか!」
「敵陣、少し後退しています!」
リリアが前方を見る。
「‥‥‥本当?」
「はい!」
連邦軍の一部が、明らかに動揺している。その理由は敵後方にあった。司令部の爆発。そして、そこを襲撃する王国軍第10魔導中隊ファントム小隊。連邦軍の指揮系統に混乱が生じ始めていた。
「今です!」
リリアが叫ぶ。
「全員、前進!」
「了解!」
第10魔導中隊が一斉に前へ出る。砲兵隊も支援射撃を開始する。王国軍全体が、少しずつ前線を押し上げていく。リリアは空を見上げた。
「‥‥‥アリア少佐」
その視線の先には、何も見えない。
「私たちは進みます」
リリアは再び前を向く。
「だから、あなたも戻ってきてください」
戦場の各地で、王国軍が動き始めていた。そして敵の後方ではたった十人の魔導士が、連邦軍の戦線を大きく揺さぶっていた。




