第25話 「決定打」①
ミレーヌ連邦軍西部司令部。
王国軍の前線から東へ4キロ。そこには、連邦軍西部方面軍の指揮を担う巨大な司令部施設があった。周囲には警備部隊が配置され、車両や兵士が絶えず行き交っている。しかし、その建物から少し離れた森の中。
「‥‥‥止まれ」
アリアが小さく手を上げた。その瞬間、後ろに続いていた九人も動きを止める。全員が身を伏せた。アリアは木々の隙間から司令部を見つめる。
「敵兵は?」
「正面に六名。側面に四名」
隊員の一人、ノエル伍長が小声で答える。
「連中の巡回の間隔は?」
「約五分です」
「分かった」
アリアは地図を見る。ここまで来るまでに、何度も敵の警戒を避けてきた。幸い、連邦軍は魔導士を保有していない。空を飛んで侵入してくる魔導士という存在を想定した警戒網も、王国軍ほど高度ではない。そんな連邦のものとはいえ、敵の司令部は敵の司令部だ。警備が薄いはずがない。
「予定通りに行く」
アリアが小声で指示する。
「二人ずつ動け」
「了解」
選抜隊員たちは静かに散開する。今回の目的は、確実に司令部を破壊することだった。隊員たちは建物の周囲へ向かう。
そして―――。
「A班設置完了」
小さな声が通信機から届く。
「B班こちらも完了」
「C班、西側完了しました」
司令部の建物各所に、時限式の爆薬が仕掛けられていく。必要以上の戦闘は避けるためだ。いくらアリアがいて、優れた魔導士と言えど、たった10人でまともに戦って可能性は低い。そうアリアは考えたのだった。警備兵に発見される前に作業を終える。
「全員、戻れ」
アリアの指示で、9人が再び集まる。
「設置状況を報告」
「A班、完了」
「B班、完了」
「C班、完了」
「D班も完了」
「よし」
アリアは時計を見る。予定の作戦開始まで、まだ時間がある。その間に、王国軍が前線を予定のラインまで押し上げる必要がある。前線が所定の位置まで進めば連絡が入り、アリアたちは爆薬を起動。混乱に乗じて撤退する。それが総司令部が建てた今回の作戦の全容だった。
「ここからは待機する」
アリアが告げる。
「東部方面軍からの作戦開始の合図を待つ」
「了解!」
十人は再び身を潜めた。アリアは司令部を見つめる。昨日の戦場が頭をよぎる。負傷した隊員たち。そして、フランの言葉。『絶対に帰ってきなさい』アリアは一瞬だけ目を閉じる。
「‥‥‥帰る」
小さく呟いた。自分だけではない。この九人も連れて帰る。そう決めていた。
*
一方その頃。王国東部の前線では。
「前進!」
王国軍の兵士たちが一斉に動き出す。砲兵隊が火力支援を行い、陸軍部隊が前進する。空では王国軍航空隊が敵陣を攻撃している。さらに魔導士部隊も加わり、連邦軍の陣地へ攻撃を集中させる。
「第7陸軍大隊、前へ!」
「第一防衛線を突破!」
「さらに前進しろ!」
第10魔導中隊選抜小隊との約束の時間までに所定のラインまで前進しようと攻勢を強める。しかし―――
「大隊長! 敵の反撃が強すぎます!」
「何だと!?」
連邦軍の防衛線は、予想以上に強固だった。砲撃に機関銃による攻撃、歩兵部隊による反撃。王国軍が前進しようとするたびに、連邦軍が激しく抵抗する。
「前線が動きません!」
「予定地点まであとどれくらいだ!」
「まだ3キロあります!」
「くそっ‥‥‥!」
王国軍総司令部にも、次々と報告が入る。
「第4陸軍大隊、前進停止!」
「第3陸空師団も敵の反撃を受けています!」
「航空隊からも、敵陣の防空能力が予想以上に高いとの報告!」
作戦開始予定時刻が迫っている。だが前線は、所定のラインまでほとんど進んでいなかった。さらに連邦軍は、後方から予備部隊を投入する。
「敵の増援を確認!」
「何だと!?」
「連邦軍の主力部隊が前線へ投入されています!」
王国軍の進撃が完全に止まった。
そして、その情報は司令部に待機しているアリアたちにも届く。
「くそっ‥‥‥まだか」
隊員の一人が呟く。アリアは通信機を確認する。
「王国軍前線、作戦上の進出予定位置まであと3キロの地点で前進停止」
「‥‥‥」
「作戦開始予定時刻まで、あと十分です」
隊員たちの間に緊張が走る。アリアは冷静に司令部を見つめる。
「まだ待つ」
「ですが、予定時刻を過ぎれば‥‥‥」
「予定は予定だ」
アリアは答えた。
「前線が上がらなければ、撤退経路が確保できない」
隊員たちは黙る。このまま作戦を強行すれば、司令部を破壊することはできるかもしれない。しかし、帰還するのが難しくなる。
「‥‥‥全員、待機」
「了解」
アリアは再び空を見上げた。遠くから、砲撃の音が響いている。まだ王国軍は苦戦している。そして、その戦況次第ではこの作戦そのものが成立しなくなる可能性すらあった。
一方、前線では。
「押せ!」
「まだだ! ファントム小隊のためにもここを突破しろ!」
王国軍が必死に前進を続けていた。だが、連邦軍の主力は一歩も引かない。予定していた前線の押し上げは、遅々として進まなかった。そして敵司令部の森の中でアリアは時計を見た。作戦開始予定時刻まで、あと三分。しかし、王国軍はまだ所定のラインへ到達していない。
「‥‥‥」
アリアは魔導銃を握り直す。ここから先作戦を予定通り実行するのか。それとも予定を変更するのか。決断の時が迫っていた。




