第24話 「アリアの決意」③
翌朝。
まだ空が薄暗い時間。駐屯地の飛行場には、一機の大型輸送機が待機していた。王国軍の軍用輸送機の機体の前には、十人の魔導士が整列している。アリアを先頭に、選抜された九名。全員が箒と魔導銃を携行し、必要最低限の装備だけを身につけていた。今回の任務は長期戦を想定していない。敵陣へ侵入し、司令部を破壊して帰還。それだけだ。だが、その「それだけ」がどれほど難しい任務なのか十人全員が理解していた。
「装備確認!」
隊員の一人が声を上げる。
「魔導銃、異常なし!」
「飛行具、異常なし!」
「通信機、問題ありません!」
「弾薬、規定量!」
次々と報告が上がる。アリアはそれを聞きながら、自分の装備を確認していた。普段と変わらない。
魔導銃。
予備弾薬。
通信機。
そして箒。
しかし今日だけは、いつもより重く感じる。
「アリア少佐」
隊員の一人が声をかける。
「準備完了しました」
「分かった」
アリアは頷く。
「全員、輸送機へ」
「了解!」
十人が一斉に動き出す。その様子を、少し離れた場所からリリアと残留する隊員たちが見ていた。
「‥‥‥アリア少佐」
リリアは小さく呟いた。本当なら最後に声をかけたかった。
「必ず帰ってきてください」と。
しかし―――。
「リリア大尉!」
通信担当の隊員が駆けてくる。
「前線部隊から通信です!」
リリアはすぐに振り返る。
「内容は?」
「敵軍が南側で動きを見せています。王国軍総司令部から、警戒態勢へ移行するようにとのことです」
「分かった。各小隊へ伝達して」
「了解!」
別の隊員が駆けてくる。
「リリア大尉! 砲兵隊から連絡です!」
「こちらへ!」
さらに別の隊員がやってくる。
「前線の飛行隊からも通信が!」
「分かった!」
リリアは次々と指示を出していく。
「魔導中隊の残留部隊はいつでも出られるように!」
「はい!」
その間にも、輸送機のエンジン音が大きくなっていく。リリアが振り返る。アリアたちは、すでに輸送機へ乗り込んでいた。
「‥‥‥待って!」
リリアが一歩踏み出す。しかし、輸送機の搭乗口は閉じ始めていた。アリアが一瞬だけこちらを見る。目が合った。リリアは手を上げる。
「アリア少佐―――!」
アリアも小さく手を上げた。そして搭乗口が閉まった。
「‥‥‥」
リリアはその場に立ち尽くす。もっと話したかった。もっと伝えたかった。だが、そんな時間すら与えられない。輸送機がゆっくりと動き出す。やがて滑走路を進み、空へ舞い上がっていく。リリアはその姿を見つめていた。
「‥‥‥行ってしまいましたね」
隣にいた隊員が呟く。
「ええ」
リリアは答える。しかし、すぐに表情を引き締めた。
「私たちも仕事を始めます」
「はい!」
リリアは残った中隊員たちを見渡す。これまで訓示はいつもアリアが行っていた。リリアはその隣に立ち、「総員! 傾注!」と声をかけるだけだった。
だが―――。
今日は違う。アリアはいない。ここに残った中隊を率いるのは、自分だ。リリアは前へ出る。
「総員!」
隊員たちが一斉に姿勢を正す。
「傾注!」
声が駐屯地に響く。全員の視線がリリアへ集まる。リリアは一度、深呼吸した。
「今日から、第10魔導中隊の前線部隊は私が指揮します」
隊員たちは静かに聞いている。
「アリア少佐たち選抜部隊は、現在、敵司令部へ向かっています」
リリアは空を見上げる。
もう輸送機の姿は見えない。
「私たちの任務は明確です」
リリアは隊員たちを見る。
「前線を守ること」
「そして―――」
一度、言葉を切る。
「アリア少佐たちが帰ってこられる場所を、守り続けることです」
隊員たちの表情が変わる。
「どれだけ厳しい状況になっても、ここを離れません」
リリアは拳を握る。
「アリア少佐は、私たちに『全員で帰る』と言いました」
隊員たちが頷く。
「ならば私たちも、同じです」
リリアの声が大きくなる。
「アリア少佐たちが帰ってくるまで、誰一人としてこの場所を失わせない!」
「はい!」
中隊員たちの声が響く。
「そして、アリア少佐が帰ってきた時―――」
リリアは微笑む。
「笑って迎えられるようにしましょう」
「了解!」
全員が敬礼する。リリアも敬礼を返す。やがて、ゆっくりと腕を下ろした。
「‥‥‥よし」
リリアは小さく呟く。
「第10魔導中隊、戦闘準備」
「了解!」
隊員たちが一斉に動き始める。その姿を見ながら、リリアはもう一度だけ空を見上げた。
「‥‥‥アリア少佐」
遠く離れた空の向こう。そこにはもう、輸送機の姿はない。
「絶対に、帰ってきてくださいね」
そしてリリアは振り返る。今日から彼女自身もまた、中隊を率いる者として戦場に立つのだった。




