第23話 「アリアの決意」②
午後。第10魔導中隊の中隊長執務室。机の上には、先ほどまで選考に使っていた名簿が置かれていた。アリアはその名簿を閉じる。
「‥‥‥これでいい」
選抜された九名。いずれも魔力、飛行技術、射撃能力、判断力のいずれにも優れた隊員たちだった。そして何より昨日の実戦で、恐怖を抱えながらも最後まで仲間と行動できた者たちだった。名簿を小脇に抱えるとアリアはリリアに「隊員を集めてくれ」と言った。
数分後。駐屯地の広場に第10魔導中隊の隊員が集結していた。
「今から選抜小隊に選んだ9名を読み上げる。呼ばれたものはこのあと執務室に来るように」
そういうとアリアは名簿を順に読み上げる。
「選抜小隊はカイル・ベルガー少尉、ケイ・アンダーソン准尉、レオン・グリーン伍長、ユリウス・ハルトマン伍長、ノエル・ヴァイス伍長、マルク・シュナイダー伍長、エドガー・ライナー伍長、フェリクス・クロイツ伍長、ヴィクトル・アルベルト伍長。以上だ。」
その後九名の隊員が執務室の前に集まった。
「入れ」
「失礼します!」
九人が一斉に入室する。アリアの前に整列した。
「楽にしろ」
隊員たちは姿勢を少し緩める。アリアは一人ずつ顔を見る。昨日まで同じ中隊で訓練していた仲間たち。そして、これから自分とともに敵陣へ入る者たち。
「諸君らを、敵司令部攻略のための選抜小隊、秘匿呼称・ファントム小隊に選抜した」
「はい!」
返事が響く。
「任務の詳細は今夜、正式な作戦説明で伝える」
アリアは一度、全員を見渡す。
「だが、先に一つだけ言っておく」
隊員たちの表情が引き締まる。
「この任務は危険だ。昨日の戦闘とは違う。敵の領域へ自分たちから入る。敵司令部を攻撃すれば、当然こちらの存在も知られる。撤退時には、さらに激しい抵抗を受ける可能性がある」
アリアは淡々と告げる。
「それでも行くか?」
九人は顔を見合わせた。やがて、一人が答えた。
「はい」
別の隊員も続く。
「俺も行きます」
「私も」
「俺もです」
次々に声が上がる。アリアは静かに頷いた。
「‥‥‥分かった」
その時扉が開いた。
「失礼します」
リリアだった。その後ろにはフランもいる。
「アリア少佐」
「リリア大尉。どうした?」
「選抜隊員が集まったと聞いたのでフラン中将をお連れいたしました」
アリアは頷く。
「ありがとう」
フランが前へ出る。
「もう決めたのね」
「ああ」
アリアは机の上の名簿を渡す。
「この九名を選抜した」
フランは名簿に目を通す。
「‥‥‥分かったわ」
「リリアは前線に残す」
「ええ。聞いている」
フランは名簿を閉じる。そして、アリアを見る。
「本当に行くの?」
「ああ」
「アリア」
フランの声が少し低くなる。
「これは危険な任務よ」
「分かってる」
「昨日の戦闘で、あなた自身もかなり消耗したでしょう」
「問題ない」
「問題あるわ」
フランは即座に言い返した。
「あなたは自分のことになると、いつもそう言う」
アリアは何も答えない。フランはしばらくアリアを見つめる。
「‥‥‥絶対に無理はしないで」
「それはリリアにも言われた」
「なら、私からも言うわ」
「‥‥‥努力する」
フランは小さく息を吐いた。するとアリアが、ふと口を開く。
「フラン」
「何?」
「一つ、頼みがある」
フランの表情が変わる。
「言ってみて」
アリアは少しだけ間を置いた。
「もし、私が戻ってこなかったら」
「‥‥‥」
リリアの表情が強張った。選抜された隊員たちも、静かにアリアを見る。
「リリアを大佐にしてほしい」
「アリア!」
フランの声が響く。
「そして、第10魔導中隊の中隊長にしてほしい」
「何を言ってるの!」
「リリアならできる」
「そういう問題じゃない!」
フランが一歩、アリアへ近づく。
「あなたは帰ってくるの」
「‥‥‥」
「最初から帰ってこないことを考えるんじゃない!」
アリアは静かにフランを見る。
「でも、可能性はある」
「だから何?」
「作戦だから」
「だからって‥‥‥!」
フランの声が震える。
「あなたは、そんな簡単に自分がいなくなった後の話をしないで!」
「フラン」
「私はあなたの上官でもあるけど―――」
フランは言葉を詰まらせる。
「あなたの母親でもあるのよ」
室内が静まり返る。アリアは何も言わない。フランの拳が震える。
「‥‥‥本当に」
フランは小さく呟いた。
「本当に、あなたは‥‥‥」
次の瞬間パシン、と乾いた音が響いた。フランがアリアの頬を叩いたのだ。
「‥‥‥!」
リリアも隊員たちも息を呑む。アリアは驚いたようにフランを見る。フラン自身も目に涙を浮かべていた。
「‥‥‥帰ってきなさいよ」
声が震えている。
「絶対に」
アリアは黙っている。
「これは命令よ」
フランはアリアの目を真っ直ぐ見る。
「王国魔導軍作戦参謀としての命令じゃない」
「‥‥‥」
「あなたを育ててきた母親として言ってるの」
フランの目から、一筋の涙が落ちる。
「絶対に帰ってきなさい」
アリアはしばらく黙っていた。やがて、頬に残った赤みを気にする様子もなく、フランを見つめる。
「‥‥‥分かった」
「本当に?」
「ああ」
アリアは静かに答えた。
「帰る」
フランは目を閉じる。
「‥‥‥その言葉、忘れないで」
「うん」
リリアは二人を見つめていた。普段の冷静なアリアとは違う。そして、普段はどこまでも軍人として振る舞うフランとも違う。そこにいるのは戦場へ向かおうとする一人の少女と。その少女の帰還を願う、一人の母親だった。アリアは選抜された九名へ向き直る。
「諸君」
再び、いつもの中隊長の顔に戻る。
「今回の任務で、私たちが目指すのは敵司令部の破壊だ」
隊員たちが姿勢を正す。
「だが、それだけじゃない」
アリアは全員を見る。
「全員で帰る」
その言葉に、リリアが小さく微笑んだ。アリアは続ける。
「私を含めて十人。一人も欠けずに戻る」
「それが今回の任務だ」
九人の隊員が、一斉に敬礼する。
「了解!」
その声は、執務室いっぱいに響いた。




