第22話 「アリアの決意」①
同日の昼過ぎ。
第10魔導中隊・中隊長執務室。机の上には、志願した者たちの十数枚の履歴書が並べられていた。
飛行技術。
射撃能力。
魔力の総量。
そして、実戦での判断力。
アリアは一枚ずつ書類に目を通していた。その向かい側にはリリアが座っている。
「……この人は?」
アリアが一枚の書類を指で叩く。
「魔力は十分。飛行技術も高い。ただ、昨日の戦闘では少し判断が遅れてる。外す」
「はい」
リリアがその名前に印をつける。
「では、この人は?」
「射撃能力は中隊でも上位。ただ、長時間の飛行にはあまり向いていない。今回の任務では致命傷になる」
「そうですね」
また一人、候補から外れる。机の上には、志願した隊員たちの名簿が並んでいた。志願者は十名を大きく超えていた。しかし、全員を連れていくことはできない。
十名。
それだけが許された人数だった。
「……難しいですね」
リリアが呟く。
「そうだね」
アリアは淡々と答える。だが、その目は真剣だった。今回の作戦が危険なのは分かっている。だからこそ、少しでも生存率の高い人間を選ばなければならない。しばらく二人で選考を続ける。そしてリリアが一枚の書類を取った。
「アリア少佐」
「何?」
「この人はどうでしょう」
アリアが見る。
「射撃能力は高い。飛行も問題ない。昨日も冷静に動いていたな」
「選抜に入れていいと思います」
「……分かった」
アリアは候補者の欄へ印をつけた。残り三名。そして、その時。リリアが自分の名前が書かれた書類に目を向けた。
「……アリア少佐」
「何?」
「私も志願者ですよね」
「そうだね」
「なら、私も候補に入っているはずです」
アリアは何も言わなかった。リリアは自分の書類を机の上へ置く。
「私の評価はどうですか?」
「高い」
「なら―――」
「でも、外す」
リリアの言葉が止まった。
「……え?」
「リリアは今回の作戦には連れていかない」
「どうしてですか?」
「理由は二つ」
アリアは指を一本立てる。
「一つ。今回の作戦は敵司令部への潜入だ。リリアには別の任務がある」
「別の任務?」
「前線に残る中隊の指揮」
リリアは黙った。
「十人が敵陣へ入っている間、残った隊員たちは王国軍の攻勢を支援する」
「……はい」
「その指揮をリリアに任せたい」
アリアは二本目の指を立てる。
「二つ目」
そこで、少しだけ声が低くなった。
「私がリリアを連れていきたくない」
「……」
リリアは目を見開く。
「アリア少佐」
「これは命令だ」
「嫌です」
即答だった。アリアの手が止まる。リリア自身も驚いていた。これまで、アリアに対して命令を拒否したことなどなかった。士官学校時代からずっと。アリアが何を言っても、リリアはその判断を尊重してきた。しかし今回は違った。
「私は行きます」
「駄目」
「私も志願しました」
「それでも駄目」
「どうしてですか!」
リリアの声が少し大きくなる。アリアは静かにリリアを見る。
「……リリア」
「私はアリア少佐の副官です」
「知ってる」
「なら、どうして私を外すんですか」
「だからだよ」
「え?」
アリアは少し視線を落とした。
「リリアには、生きていてほしい」
リリアは言葉を失った。
「……」
「今回の作戦は危険だ」
アリアは淡々と話す。
「敵司令部へ侵入する。敵の警備を突破する。司令部を破壊する。そして帰ってくる」
「……はい」
「簡単じゃない」
「分かっています」
「だから、リリアには残ってほしい」
「それは……」
リリアは拳を握る。
「私が足手まといだからですか?」
「違う」
「では―――」
「私が心配だから」
その言葉に、リリアは黙った。アリアは普段、ほとんど自分の感情を口にしない。だからこそ、その言葉は重かった。
「私は……」
アリアは少しだけ目を伏せる。
「リリアまで失いたくない」
「……アリア少佐」
「私にとって、リリアは……」
そこで言葉が止まる。アリアはしばらく黙った後、いつもの調子に戻る。
「だから、前線を頼む」
「……」
「中隊を任せられるのは、リリアしかいない」
リリアはアリアを見つめる。やがて、深く息を吐いた。
「……分かりました」
アリアが顔を上げる。
「ただし」
リリアが続ける。
「絶対に無理をしないでください」
「……」
「無茶な突撃もしない」
「……」
「一人で敵陣に突っ込まない」
「……」
「そして、必ず戻ってきてください」
アリアは少しだけ困ったような顔をする。
「リリア」
「何ですか?」
「それは約束できない」
「……!」
リリアの表情が固まった。
「どうしてですか」
「作戦だから」
「……」
「何が起こるか分からない」
アリアは静かに答える。
「私は中隊長だ。作戦を成功させるためなら、無理をしなければならない時もある」
「でも……!」
「約束できないことを、約束することはできない」
リリアは俯いた。しばらく沈黙が続く。
「……分かりました」
小さな声。
「でも」
リリアは顔を上げる。
「私は待っています」
「……」
「アリア少佐が戻ってくるまで、絶対に前線を守ります」
アリアはリリアを見つめる。
「だから―――」
リリアは微笑んだ。
「ちゃんと帰ってきてください」
アリアはしばらく何も言わなかった。やがて。
「……努力する」
「はい」
その返事に、リリアは少しだけ安心した。机には10人の選抜小隊の名簿が置かれていた。
その十人を本当に生きて帰らせることができるのか。アリア自身にも、まだ答えは分からなかった。




