第21話 「さらなる作戦」③
翌朝。
第10魔導中隊の隊員たちは、広場に整列していた。いつもの訓練とは違う。昨日の戦闘で負傷した仲間たちの姿が、まだ全員の記憶に残っている。それでも、隊員たちは整然と並んでいた。
「総員! 傾注!」
リリアの声が響く。一斉に背筋が伸びる。しかし、その表情には緊張が浮かんでいた。リリア自身も、いつも以上に表情を引き締めている。昨日、実戦を経験したばかり。そして今日は、まだ何が命じられるのか知らされていない。
「来たぞ」
誰かが小さく呟いた。広場の入口から、二人の人物が歩いてくる。
一人はアリア。そして、その隣には―――。
「……フラン中将」
隊員たちの姿勢が、さらに正しくなる。作戦参謀であるフランが直接ここへ来た。それだけで、今回の命令が普通ではないことが分かる。アリアが中隊の前に立つ。フランもその隣に並ぶ。リリアが敬礼する。
「王国魔導軍第10魔導中隊!」
全員が一斉に敬礼する。
「総員、傾注!」
フランが前へ出る。
「諸君」
隊員たちの視線が一斉に集まる。
「昨日、諸君らは初めての実戦を経験した」
誰も口を開かない。
「そして、王国軍は現在、東部戦線において攻勢を準備している」
フランは続ける。
「本日、諸君らに新たな任務が与えられた」
隊員たちの表情が強張る。
「作戦開始と同時に、王国軍は前線を押し上げる」
フランが地図を取り出す。
「その間に、第10魔導中隊から選抜した十名が敵陣深くへ侵入する」
隊員たちが息を呑む。
「目的は、ミレーヌ連邦軍の前線司令部」
ざわめきが起きそうになる。しかし、誰も声を上げなかった。
「司令部へ侵入し、これを破壊する」
沈黙。
「その後、王国軍の前線部隊と合流する」
フランは説明を終えると、作戦命令書を閉じた。
「以上が作戦概要よ」
隊員たちは誰も動かない。フランは一度、アリアを見る。そしてアリアが前に出た。
「この作戦には、中隊から十名を選抜する」
アリアは隊員たちを見渡す。
「そこで―――」
一呼吸置く。
「まず、志願する者を募る」
隊員たちは互いの顔を見る。
「志願者は?」
沈黙。
「……」
誰も手を上げない。当然であるとアリアは思った。昨日、本物の戦場を経験したばかりなのだ。負傷した仲間を見た。自分たちがどれほど訓練不足なのかも思い知らされた。そんな中で、敵司令部へ侵入しろと言われた。
怖い。
行きたくない。
それは軍人として恥ずかしいことではなかった。むしろ、ごく当たり前の感情だった。
数秒。
十秒。
それでも、誰も手を上げない。アリアは何も言わなかった。ただ、隊員たちを見つめていた。フランもまた、その様子を黙って見ている。そして、しばらくして口を開いた。
「……分かったわ」
フランの声は穏やかだった。
「昨日、初めて実戦を経験したばかりだもの」
誰も顔を上げない。
「この作戦が危険なのは私も理解している」
フランは作戦命令書を見る。
「私から総司令部へ、もう少し時間を置くように掛け合ってみる」
隊員たちが顔を上げた。
「あるいは、別の部隊を―――」
「待って」
その時だった。アリアが口を開いた。フランが振り返る。
「アリア?」
アリアは何も言わなかった。ただ、ゆっくりと右手を上げた。
「……!」
隊員たちが驚く。
「私は行く」
静かな声だった。
「アリア少佐……」
リリアが目を見開く。アリアは手を上げたまま、隊員たちを見る。
「誰も行きたくないなら、私一人でも行く」
「少佐!」
リリアが思わず声を上げる。しかし、アリアは続ける。
「命令だから行くんじゃない」
「……」
「王国軍が活路を見出すには司令部強襲は非常に重要だ」
アリアは淡々と言った。
「なら、誰かが敵司令部を叩かなければならない」
沈黙。
「私が行く」
その瞬間後方にいた一人の隊員が、恐る恐る手を上げた。
「……俺も」
アリアがそちらを見る。
「……!」
隊員は緊張した顔をしていた。
「昨日……正直、怖かったです」
声が少し震える。
「今日も……怖いです」
それでも、手を下ろさない。
「でも、中隊長一人で行かせるわけにはいきません」
アリアは何も言わない。すると―――。
「……私も行きます」
二人目が手を上げた。
「俺も」
三人目。
「私も……行きます」
四人目。
「……行きます」
五人目。
次々と手が上がっていく。最初は一人。それが二人になり。三人になり。やがて、十人を超えた。フランはその光景を見つめていた。そして、わずかに目を細める。リリアも隊員たちを見渡した。誰もが怖がっている。それでもアリアが一人で行こうとしたことで、誰かが立ち上がった。そして、その誰かを見て、また誰かが立ち上がった。アリアは静かに口を開いた。
「……ありがとう」
それだけだった。しかし、その一言を聞いた隊員たちは、少しだけ表情を緩めた。
「……分かったわ」
そして、アリアを見る。
「それでは、志願者の中から十名を私の判断で選抜する」
アリアが言った。リリアが一歩前に出る。
「アリア少佐」
「何?」
「私も志願します」
アリアはリリアを見る。
「……そう」
「はい」
「分かった」
短い返事。しかし、アリアの表情はほんの少しだけ柔らかくなっていた。こうして第10魔導中隊から敵司令部へ向かう十名の選抜が始まることになった。




