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第20話 「さらなる作戦」②

 しばらくしてアリアの部屋の前に、静かな沈黙が戻っていた。フランは腕時計を確認する。

「……そろそろ時間ね」

「時間?」

 リリアが尋ねる。

「ええ」

 フランは小さく息を吐いた。

「実は、今回ここへ来たのは視察だけじゃないの」

「……?」

「第10魔導中隊に、新しい作戦を命じるためよ」

 リリアの表情が変わった。

「新しい作戦……ですか?」

「そう」

 フランは持っていた書類鞄を開いた。中から一枚の作戦命令書を取り出す。

「本来なら、明日の朝に中隊全員へ伝える予定だった」

 リリアが書類を見る。

「どんな作戦なんですか?」

「敵司令部への奇襲」

「……!」

 リリアが息を呑んだ。

「ミレーヌ連邦軍は、東部戦線の後方に司令部を置いている」

「はい」

「そこを直接叩く」

 フランは地図を広げた。王国軍と連邦軍が対峙する東部戦線。その奥に、連邦軍の司令部が記されている。

「明日以降、王国軍は東部戦線で大規模な攻勢を開始する予定になっている」

「前線を押し上げる……」

「そう」

 フランは地図上の王国軍陣地から、連邦軍陣地へ指を動かした。

「王国軍が正面から攻撃している間に、第10魔導中隊から選抜した十名が敵陣の側面を抜ける」

「そして司令部へ?」

「ええ、内部へ侵入して、司令部を破壊する」

 リリアは作戦命令書へ視線を落とした。

「……かなり危険な作戦ですね」

「その通りよ」

 フランの返事は早かった。リリアは顔を上げる。フランの表情には、普段の作戦参謀としての冷静さとは違うものがあった。明らかに、この作戦を歓迎していない。

「フラン中将」

「何?」

「この作戦……中将は反対なんですか?」

 フランはしばらく黙っていた。そして、静かに答える。

「……ええ」

「やっぱり」

「作戦そのものに成功の可能性がないとは思っていないわ」

 フランは地図を見る。

「王国軍が正面から圧力をかければ、連邦軍の注意はそちらへ向く。魔導士なら航空戦力を利用して敵陣の奥まで侵入することもできる」

「では、なぜ……?」

「問題は、その後よ」

 フランは十名という数字を指でなぞる。

「司令部を破壊した後、敵陣の中から帰ってこなければならない」

「……」

「行きより帰りのほうが難しい」

 リリアは黙り込んだ。確かにそうだった。敵司令部を攻撃すれば、連邦軍は侵入者の存在に気づく。そうなれば、十名は敵軍のただ中に取り残される。

「しかも……」

 フランは続けた。

「今日の戦闘で、第10魔導中隊は実戦経験の不足を露呈したばかり」

「……はい」

「負傷者も出ている」

「はい」

「それなのに、明日から新しい危険な任務を与える」

 フランは目を伏せた。

「私は、あまり気が進まないわ」

「でも……命令なんですよね」

「そう」

「総司令部から?」

 フランは頷いた。

「この作戦を決めたのは、王国軍総司令部」

「……」

「私が立案した作戦ではないわ」

 その言葉に、リリアはさらに表情を曇らせた。

「では、フラン中将は……」

「私は命令を伝えるだけ」

 フランは作戦命令書を閉じる。

「それが私の立場よ」

「……」

「だから、アリアに選抜をさせる」

 リリアはアリアの部屋を見る。

「アリア少佐に……?」

「ええ」

 フランは頷いた。

「誰を連れていくかは、アリア自身に決めさせる」

「十名……」

「そう」

「残りの隊員は?」

「前線で王国軍の攻勢を支援する」

 リリアは複雑な表情を浮かべた。中隊を二つに分ける。しかも十名は敵司令部への潜入。残りのニ十名も、正面攻撃に参加する。

「……アリア少佐は、どうするでしょう」

「分からない」

 フランはそう答えた。

「ただ……」

 少しだけ間を置く。

「今のアリアに、この作戦を伝えるのは酷かもしれない」

「……」

「今日、あの子は部下が負傷したことであれだけ取り乱した」

「はい」

「その直後に、今度は十人を敵陣の奥へ送り込む任務」

 フランは苦しそうに笑った。

「きっと、誰よりも自分が行くと言うでしょうね」

「……そうですね」

 リリアもそれは容易に想像できた。アリアはいつもそうだった。危険な場所には自分が行く。部下が危険なら、自分が先に出る。だからこそ、今回も―――。

「フラン中将」

「何?」

「この作戦……私も参加します」

 フランはリリアを見る。

「それは、アリアが決めることよ」

「分かっています」

 リリアは頷く。

「でも、もしアリア少佐が選んでくれるなら」

 一度、アリアの部屋を見る。

「私は行きます」

 フランは何も言わなかった。ただ、静かに頷いた。

「……そう」

 その時、扉の向こうから、かすかな声がした。

「……フラン」

 二人が振り返る。

「アリア?」

「話は……聞こえてる」

 フランは少し驚いた。

「起きていたの?」

「うん」

 しばらく沈黙。 やがてアリアが言った。

「明日の朝、みんなを集める」

「……分かった」

「そこで作戦の説明をする」

「ええ」

「それから……十人を選ぶ」

 フランは目を閉じる。やはり、アリアは逃げなかった。どれほど自分が怖くても。どれほど今日の戦場が心に残っていても。軍人として、命令を受け入れる。

「アリア」

「何?」

「無理はしないで」

 少し間があった。

「……分かってる」

 そう答えたアリアの声は、いつもより小さかった。フランはリリアを見る。

「明日の朝、作戦命令を正式に伝えるわ」

「はい」

 そしてフランは、もう一度アリアの部屋を見た。総司令部が決めた作戦。十人だけで敵司令部へ侵入し、破壊する。成功すれば、王国軍の戦線は大きく前進するだろう。

 しかし―――。

 失敗すれば、十人は敵陣の 奥で孤立する。フランは作戦命令書を強く握った。


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