第18話 「本物の戦場」③
第10魔導中隊とミレーヌ連邦空軍との戦闘は、長時間に及んでいた。
「敵機、残り三!」
隊員の一人が叫ぶ。リリアが周囲を見渡す。空には、これまで激しく飛び交っていた航空機の姿がほとんどない。第10魔導中隊は、少なくない負傷者を出しながらも、連邦軍航空部隊を追い詰めていた。
「一機、離脱します!」
「追撃は?」
リリアが尋ねる。
「必要ない」
アリアが答えた。
「領空から追い出せばいい」
「了解!」
隊員たちは離脱していく航空機を見送る。残った敵機も次々と撃墜されていく。
「敵機、最後の一機!」
「行け!」
「了解!」
複数の魔導士が一斉に攻撃する。魔力弾が敵機を捉えた。敵機が大きく傾き、そのまま墜落していく。
「敵航空部隊、撤退!」
「……終わった?」
隊員の一人が呟く。リリアも周囲を見回す。
「敵機の姿、ありません!」
通信を受けたアリアは、小さく息を吐いた。
「……よし」
中隊の隊員たちにも安堵が広がる。初めての実戦。負傷者は出た。それでも、敵航空部隊を退けることができた。
「アリア少佐」
リリアが近づいてくる。
「一度、駐屯地へ———」
「待って」
アリアが突然、空の後方を見る。
「……何?」
「音がする」
「え?」
リリアも耳を澄ませる。しかし、聞こえてくるのは風の音だけだった。
「私には何も———」
その時、遠くから、かすかな飛行音が聞こえてきた。
「……あれは?」
隊員の一人が振り返った。南東の空。雲の向こうから、複数の機影が現れる。
「航空機……?」
「数が多い!」
リリアの顔が青ざめる。
「まさか……増援!?」
その瞬間、敵航空機部隊が一斉に加速した。
「散開!」
アリアが叫ぶ。しかし、遅かった。先ほどまで戦っていた部隊との戦闘で、中隊の隊列は広がっていた。そして、誰もが戦闘終了を意識していた。そこへ後方から現れた増援部隊。
「後ろから来たぞ!」
「避けろ!」
連邦軍機が一斉に攻撃を開始する。空を無数の攻撃が駆け抜けた。
「うわああっ!」
「隊長!」
通信が一気に混乱する。次々と隊員が攻撃を受ける。
「被弾!」
「負傷者発生!」
アリアが叫ぶ。
「全員、散開! 高度を上げろ!」
しかし、混乱した中隊には指示が届かない。訓練ならできていた。何度も繰り返してきたはずの動き。それなのに本物の戦場では、わずかな油断が致命的な隙になる。
「アリア少佐!」
リリアが叫ぶ。
「後方からさらに敵が来ます!」
アリアは振り返る。そこには、連邦軍の航空機が並んでいた。その光景を見た瞬間。アリアの脳裏に、別の光景が蘇った。
四年前。
焼けた村。
瓦礫。
泣き声。
そして―――。
『お姉ちゃん……』
幼いエレナを抱きしめて泣いていた、自分。
両親を失った。家を失った。そして最後に残った大切な人まで、戦争によって奪われた。
「……連邦」
アリアの声が震える。握っていた魔導銃に力が入る。
「アリア少佐……?」
リリアが異変に気づく。
「……許さない」
「え?」
「また……」
アリアの目に、怒りが宿る。
「また私から奪うのか……!」
「アリア少佐!」
リリアが腕を伸ばす。
「待ってください!」
しかし、アリアは箒を加速させた。
「アリア少佐!」
「邪魔をするな!」
普段のアリアからは想像できないほど強い声だった。
「一人で行っては―――!」
「こいつらは……!」
アリアは敵部隊へ向かっていく。
「私の大切なものを、また奪おうとしている!」
「アリア少佐!」
リリアは追おうとするが、敵機が間に割り込む。
「くっ……!」
リリアは攻撃をかわす。
「待って……!」
アリアは止まらない。敵機がこちらへ向きを変える。複数の航空機がアリアに狙いを定める。普通なら、圧倒的に不利な状況だった。しかし、アリアは魔導銃を握り直した。
「……全部」
魔力が一気に集まる。
「消えろ!」
膨大な魔力が魔導銃へ流れ込む。普段の射撃とは明らかに違う。銃口から放たれる魔力が、空気そのものを震わせる。放たれた弾丸はいくつにも分裂し、次々と連邦の航空機に命中していく。
「アリア少佐! 分裂魔法の連発なんて魔力を使いすぎです!」
リリアが叫ぶ。
「やめてください!」
しかしその声はアリアの耳には届いていなかった。アリアは敵航空部隊を見据えた。
「これで———」
魔導銃を構える。
「終わりだ!」
次の瞬間。一発の魔力弾が放たれた。閃光が空を覆う。
「———っ!」
リリアは思わず目を閉じた。
轟音。
目を開けるとそこには敵航空機の姿がなかった。連邦軍の増援部隊は、全機が戦闘不能となっていた。
「……」
誰も言葉を発することができない。アリアは空中で停止していた。しかし、その身体は小刻みに震えていた。
「アリア少佐……!」
リリアが駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「……」
返事がない。
「アリア少佐!」
「……戻る」
それだけ言うと、アリアは駐屯地の方向へ箒を向けた。リリアは追いかける。
「待ってください!」
だが、アリアは振り返らない。やがて第10魔導中隊は、南部駐屯地へ帰還した。隊員たちは次々と着地する。衛生兵が駆け寄り、負傷者の治療を始める。
「負傷者を医務室へ!」
「担架を!」
「こちらにも負傷者がいます!」
駐屯地が一気に慌ただしくなる。しかしアリアはその場から動かなかった。 リリアが近づく。
「アリア少佐……」
「……」
「中隊の点呼を」
「……今日はいい」
「ですが―――」
「訓示も必要ない」
アリアは小さく呟いた。
「食事も……いらない」
「アリア少佐」
「部屋に戻る」
そう言って、アリアは一人で歩き出した。誰も引き止められなかった。中隊員たちは、ただその背中を見つめている。いつもなら戦闘が終われば必ず隊員を集め、負傷者を確認し、反省点を話し、最後には必ず「よくやった」と声をかける。そんなアリアが今日は何も言わない。リリアは心配そうにその背中を見つめる。
「……アリア少佐」
しかし、アリアは振り返らなかった。そのまま宿舎へ入り、自室へ消えていく。リリアの目の前で扉が閉まる。初めての戦場を終えた第10魔導中隊には、勝利の喜びよりも重い沈黙が残った。
アリアの部屋の中。扉を閉めた少女は、その場に立ち尽くしていた。手が震えている。頭の中から、四年前の光景が消えない。
エレナ。
あの日の村。
そして今日、傷ついた仲間たち。
「……また……」
アリアは小さく呟いた。
「また、守れなかった……」
静かな部屋に、その声だけが落ちた。




