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第17話 「本物の戦場」②

 王国東部の空。

 第10魔導中隊は、敵航空部隊を正面に捉えていた。遠くに見えていた黒い機影は、みるみるうちに大きくなっていく。数は多い。連邦空軍の航空機が、複数の編隊を組んで王国領空へ侵入している。その姿を確認した瞬間、アリアは魔導銃を構えた。

「全員、聞け」

 通信機を通して、三十名の隊員へ声が届く。

「第一編隊は私と第1小隊が相手をする。他の者たちはリリア大尉の指示に従って第二編隊を撃ち落とせ。貫通魔法を使えよ!」

『了解!』

 中隊員たちから即座に返事が返ってくる。

「撃墜したら深追いするな。次の目標へ移れ」

『了解!』

 アリアは空を見上げた。連邦軍の航空機がこちらへ接近してくる。機銃による攻撃が始まった。

「散開!」

 アリアの号令と同時に、第10魔導中隊が一斉に左右へ散る。直後、無数の弾丸が、先ほどまで彼らがいた空間を通過した。

「うわっ!」

「危ない!」

「隊列を崩すな!」

 リリアが叫ぶ。

「第2小隊、私について! 第3・第4小隊は後方の航空機を制圧せよ」

「はい!」

 リリアは箒を大きく旋回させる。連邦軍機の一機がこちらへ向きを変えた。

「来ます!」

「分かってる!」

 リリアは魔導銃を構えた。魔力を込める。銃口から魔力弾が放たれ、敵機の翼付近へ命中する。敵機が大きく揺れた。

「命中!」

「そのまま追って!」

 後続の隊員が射撃を続ける。さらに別の一機へ魔力弾が命中した。敵航空機が編隊から離れていく。

「一機撃墜!」

 通信に歓声が混じった。

「やった!」

「続け!」

「敵の隊列が崩れてる!」

 最初の交戦は、第10魔導中隊が優勢だった。それは当然ともいえた。連邦には魔導士が存在しない。王国魔導軍の魔導士たちは、箒によって自在に空を飛び、魔力を込めたライフルを使って攻撃できる。対する連邦空軍は航空機による戦力だ。速度と火力では連邦側にも大きな優位がある。しかし、空中での小回りや、少人数による複雑な機動では魔導士に分があった。

「右から二機!」

「任せて!」

「第3小隊、上を取れ!」

「了解!」

 隊員たちは訓練通りに動く。三か月間、アリアに叩き込まれた戦術。空軍を相手にした防御訓練に模擬戦。それらが次々と生きていく。

「敵機、離脱!」

「追うな!」

 アリアが即座に命じる。

「次!」

「了解!」

 アリア自身も五機の航空機を追っていた。敵機が急旋回する。アリアはそれを上回る角度で旋回し、敵機の後方へ回り込む。

「遅い」

 魔導銃を構える。魔導銃から放たれた魔力によって強化された弾丸が一機の主翼に命中。さらにもう一発、もう一発と撃っていく。残りの敵機は煙を引きながら戦場から離脱していく。

「次の目標」

 淡々とした声。まるで訓練の続きのようだった。しかし、その頃、中隊の別の場所では、少しずつ異変が起き始めていた。

「敵機、正面!」

「見えてる!」

 一人の隊員が魔導銃を構える。敵機がこちらへ向かってくる。隊員は射撃した。しかし、狙いがわずかにずれた。

「外した!」

 敵機が接近する。

「回避!」

 隣の隊員が叫ぶ。だが、反応が一瞬遅れた。敵機の攻撃が近くを通過する。

「っ!」

 隊員の身体が大きく揺れる。

「大丈夫!?」

「……大丈夫!」

 そう答えたものの、飛行姿勢が安定しない。

「無理するな!」

「まだ戦える!」

「下がれ!」

 通信が飛び交う。これまでの訓練とは違う。模擬弾なら、攻撃を受けても「戦闘不能」と判定されるだけだった。だが、今は違う。一度の判断ミスが、本当に負傷につながる。

「アリア少佐!」

 リリアから通信が入った。

「何?」

「右側の二名が敵機の攻撃を受けました!」

「状態は?」

「一人は軽傷。もう一人は飛行に支障があるようです!」

「後退させて」

「了解!」

 リリアが二人に接近する。

「二人とも基地方向へ!」

「でも、まだ戦えます!」

「命令です!」

「……了解!」

 隊員たちは戦線から離脱していく。アリアはその姿を一瞬だけ見た。胸の奥が冷たくなる。

 ———怖い。

 訓練では感じなかった恐怖だった。自分が撃たれることだけではない。部下が撃たれる。 部下が傷つく。その事実が、何よりも恐ろしかった。だが、アリアは感情を押し込める。

「隊形を立て直す。単独で敵を追うな」

『了解!』

「敵機はまだ多い。油断するな!」

 アリアは空を見回す。敵航空部隊は、最初の攻撃から立て直し始めていた。連邦軍機が編隊を組み直している。先ほどまでの優勢は、少しずつ崩れ始めていた。

「来るぞ」

 アリアが呟く。敵機が一斉に進路を変える。

「散開!」

 再び激しい空中戦が始まった。魔導士たちは箒を操りながら射撃する。航空機は速度を生かして突入してくる。空が交差する。魔力弾が飛び交い、航空機の機影が次々と通過する。

「左!」

「右から来る!」

「上!」

「避けろ!」

 通信が飛び交う。第10魔導中隊は、なんとか敵の攻撃をかわしながら反撃していた。

「敵機、撃墜!」

「よし!」

「もう一機!」

「俺が行く!」

 一人の隊員が敵機を追う。その動きにリリアが気づいた。

「待って! 単独で追わないで!」

 しかし、隊員は止まらなかった。

「大丈夫です!」

 敵機の後方へ回り込む。

「もらった!」

 魔導銃を構える。だが、敵機が急旋回した。

「えっ?」

 隊員の反応が遅れる。そのまま敵機の射線へ入ってしまう。

「危ない!」

 リリアが急降下する。敵機が攻撃する直前、リリアの魔力弾が敵機へ命中した。敵機は爆発し、煙に包まれながら地上へ落下していく。

「大丈夫!?」

「は、はい」

「単独で追わないでって言ったでしょう!」

「すみません」

「今は訓練じゃない!」

「……はい!」

 リリアは大きく息を吐いた。自分自身も恐怖を感じていた。しかし、隊員たちの前では冷静でいなければならない。

「全員、もう一度確認!」

 リリアが叫ぶ。

「仲間から離れるな! 無理な追撃は禁止!」

『了解!』

 その直後、遠くから一機の航空機が接近してきた。指示を出すのに意識が向いているリリアは気づかなかった。敵機は、リリアへ向かっている。

「危ない!」

 アリアの声が響いた。アリアが一気に加速する。魔導銃を構え、敵機へ射撃。敵機が回避する。その間にリリアを救出する。

「下がれ!」

「アリア少佐!」

「命令だ!」

 リリアが離れる。アリアは敵機と向かい合う。敵機が旋回するのに合わせてアリアも旋回する。そして、一瞬の隙を見つけた。

「そこ」

 魔力弾が命中する。敵機が大きく傾いた。そして制御を失ったであろうそれは地上へと落下していった。

「怪我は?」

「ありません!」

「ならいい」

 アリアは再び周囲を見る。敵機は減っている。しかし、こちらも無傷ではない。数名が負傷して後退している。残った隊員たちにも疲労が見える。そして何より実戦経験の不足が明らかだった。訓練ではできていたことが、戦場ではできない。敵が本気で攻撃してくる。自分も本気で撃たなければならない。その緊張が、判断を狂わせる。アリアはそれを理解していた。

「……リリア」

「はい!」

「中隊を一度まとめる」

「分かりました!」

「敵の数を確認」

「了解!」

 リリアが周囲を見渡す。

「敵航空機、残り11機!」

「こちらは?」

「戦闘継続可能なのが20名です」

「分かった」

 アリアは空を見上げた。まだ戦いは終わっていない。

「みんな」

 通信機を通して、全員へ呼びかける。

「よくやってる」

 返事はない。誰もが必死だった。

「でも、ここからはもっと慎重に動くぞ。敵はまだいるが、負傷した仲間の分まで戦おうとするな! 自分の命を守れ!」

 アリアは強く言った。

「生き残ることも任務だ」

 その言葉に、隊員たちの動きが少し落ち着いた。リリアが隊員たちへ指示を出す。乱れていた中隊が、再びまとまり始める。敵航空部隊も、再びこちらへ向かってきた。アリアは魔導銃を握り直す。手が少し震えている。それに気づいたリリアが、アリアを見る。

「アリア少佐」

「何?」

「……大丈夫です」

「うん」

「私たちがいます」

 アリアは一瞬だけリリアを見る。そして、小さく頷いた。

「分かってる」

 再び敵機が迫ってくる。

「第10魔導中隊!」

 アリアが叫ぶ。

「迎撃!」

『了解!』

 30名で始まった最初の実戦。その数はすでに減っていた。それでも第10魔導中隊は空を飛び続ける。訓練で得た技術を武器に仲間を守るために。そして、誰一人として、戦場に置き去りにしないために。十二歳の中隊長と、若い魔導士たちは、初めての本物の戦場で、必死に戦い続けていた。

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