第16話 「本物の戦場」①
王国軍第10魔導中隊。
三か月に及ぶ教育課程を終えた彼らは、ついに実戦部隊としての任務を与えられることになった。配属先は、ミレーヌ連邦との国境。王国東部に位置する前線駐屯地だった。
リリアの声が響く。
「総員! 傾注!」
隊員たちが一斉に姿勢を正す。その前には、アリアが立っていた。
「これより第10魔導中隊は、南部国境駐屯地へ移動する」
「はい!」
「到着後、ただちに任務へ移行する可能性がある」
隊員たちの表情が引き締まる。これまでの訓練は、すべてこの日のためだった。様々な状況を想定して訓練してきた。しかし今日からは違う。敵は訓練用の航空機でもなければ、訓練弾でもない。
ミレーヌ連邦軍。王国と長年対峙してきた、本物の敵だ。
「行くぞ」
アリアの一言で、中隊は移動を開始した。王国軍の輸送車両に分乗し、南へ向かう。車内はいつもより静かだった。誰もが緊張している。そんな中、リリアは隣に座るアリアを見た。 アリアは窓の外を眺めている。
「アリア少佐」
「何?」
「緊張してる?」
「少し」
意外な答えだった。
「‥‥‥そうなんだ」
「うん」
アリアは窓の外を見ながら続ける。
「これから本物の戦場だから」
「そうですね」
リリアも窓の外を見る。
国境へ近づくにつれ、軍事施設が増えていく。道路を行き交う軍用車両。上空を飛ぶ王国空軍機。遠くに見える砲兵陣地。明らかに平時とは違う空気だった。その時、車内に設置された通信機から、突然音声が流れた。
『緊急通信』
全員が顔を上げる。
『東部方面軍コントロールより各部隊へ通達』
通信士の声が響く。
『ミレーヌ連邦軍が、王国南部国境において大規模な軍事行動を開始』
車内が静まり返る。
『現在、連邦軍による攻撃を確認。出撃準備中の全隊は直ちに出撃せよ。繰り返す。ミレーヌ連邦軍が王国東部へ侵攻を開始した。出撃準備中の全隊は直ちに出撃せよ』
「‥‥‥!」
隊員たちの顔から、訓練中の余裕が消えた。リリアも息を呑む。アリアは通信機を見つめていた。その表情は変わらない。だが、握った拳に力が入っている。
『王国魔導軍第10魔導中隊へ。王国軍総司令部コントロールより直接命令を伝達する』
車内の全員が姿勢を正す。
『第10魔導中隊は、現在地より東部戦線国境南部方面へ急行せよ。領空を侵犯したミレーヌ連邦空軍航空部隊を捕捉し、これを撃滅せよ』
「第10魔導中隊、了解」
アリアが答える。誰も口を開かなかった。先ほどまでとは、何もかもが違う。初めて受けた実戦命令。しかも任務は、敵航空部隊の撃滅。アリアは総司令部からの通信を真剣な面持ちで聞いていた。リリアが、他の中隊員たちがゆっくりとアリアを見る。アリアは立ち上がった。
「中隊諸君」
車内の隊員たちが一斉にアリアを見る。
「今から私たちは戦場へ行く。抗戦する相手は連邦軍の航空大隊。敵の規模は増強大隊程度で3個編隊だそうだ」
誰もが黙って聞いている。
「まあ貴官らなら大丈夫だろうが、くれぐれも貫通魔法を使うのを忘れるなよ? それと戦闘中に他の航空機部隊や地上の砲兵隊からの攻撃を受けることもあるだろう。十分に注意して行動するように。これは訓練ではない。相手は実弾を撃ってくる。そして、こちらも撃つ。戦場ではいつ何が起きてもいいように、冷静でいろ」
アリアの声は落ち着いていた。
「怖いなら、怖がっていい」
隊員たちが少し驚く。
「緊張してもいい。だが———」
アリアは一人一人の顔を見る。
「勝手な行動はするな。私の、仲間の指示を聞け。自分の命を無駄にするな」
そして最後に。
「絶対に、全員で生きて帰るぞ!」
「はい!」
力強い返事が車内に響いた。リリアも立ち上がる。
「総員、戦闘準備!」
「了解!」
隊員たちが一斉に装備を確認する。
魔導銃。
魔力弾。
通信機。
そして、それぞれの箒。
誰もが黙々と準備を進める。やがて輸送車両が停止した。車外から、遠くで響く爆発音が聞こえる。
―――ドン。
さらにもう一度。
―――ドンッ。
隊員たちが顔を見合わせる。アリアは車両の扉を開けた。外から、冷たい風が吹き込んでくる。
「第10魔導中隊」
アリアが振り返る。
「出撃する」
「はい!」
隊員たちは次々と車両から降りる。箒を手に取り、魔力を流し込む。その姿を見ながら、リリアは大きく息を吸った。
「総員! 飛行準備!」
「了解!」
次々と箒が浮かび上がる。アリアも自分の箒へ跨る。遠くの空には、黒い機影がいくつも見えていた。
ミレーヌ連邦空軍。王国領空へ侵入した敵航空部隊だった。アリアは魔導銃を手に取る。
「第10魔導中隊―――」
その目から、いつもの穏やかさが消える。
「出撃! 私に続け!」
十二歳の少女が、先頭へ飛び出した。その後ろを、三十名の魔導士たちが追う。訓練場で何度も繰り返した飛行。何度も繰り返した射撃。何度も繰り返した模擬戦。そのすべてが、今本物の戦場で試されようとしていた。




