第15話 「アリアと中将」③
それから一年後。アリアが九歳になった、ある日の午後。
「‥‥‥忘れ物」
フランの自宅で、アリアは机の上に置かれた書類に気づいた。フランが士官学校へ持っていくはずだったものだ。アリアは書類をまとめると、士官学校へ向かった。校門でフランの名を出すとすんなり入れてもらえた。軍人たちが行き交う中、アリアはフランのいる場所を探した。すると校庭の奥から大きな声が聞こえてきた。
「そこ! 動きが遅い!」
フランの声だった。アリアは足を止める。そこでは士官候補生たちが模擬戦の訓練をしていた。フランは教官として、候補生たちを厳しく指導している。
「敵が正面にいるとは限らない! 周囲をよく見ろ! 仲間の位置を確認しろ!」
候補生たちは必死に動いていた。アリアは、その様子を黙って見つめる。フランは強かった。ただ強いだけではない。大勢の人間を動かし、仲間を守りながら戦う。その姿が、アリアの目に焼き付いた。やがて模擬戦が終わる。
「今日はここまで!」
候補生たちが敬礼する。フランも敬礼を返す。その時、フランがアリアに気づいた。
「‥‥‥アリア?」
アリアはフランの方へ歩いて行った。
「フラン」
「どうしたの?」
「忘れ物」
そう言って、持ってきた書類を渡す。
「これ、机に置いてあった」
「ああ‥‥‥!」
フランは受け取った。
「ありがとう。助かったわ」
「うん」
しかし、アリアは帰ろうとしなかった。
「‥‥‥どうしたの?」
フランが尋ねる。アリアは、先ほどまで模擬戦が行われていた訓練場を見る。
「フラン」
「何?」
「私も‥‥‥強くなりたい」
「‥‥‥え?」
フランが目を見開く。アリアは続ける。
「私も、ここに入りたい」
「士官学校に?」
「うん」
「‥‥‥」
フランは言葉を失った。アリアが自分から、そんなことを言った。家に引き取ってから一年。アリアは必要なこと以外、ほとんど自分の気持ちを口にしなかった。そんなアリアが 初めて、自分から「こうしたい」と言ったのだ。
「‥‥‥どうして?」
フランが尋ねる。
「強くなりたいから」
「何のために?」
「‥‥‥」
アリアは少し考える。
「もう、目の前で大切な人を失いたくない」
その言葉を聞いたフランの表情が変わった。そして頭の中にずっとあった可能性が確信に変わっていた。フランとアリアが出会ったあの日。アリアは目の前で自分をかばうエレナが殺されるのを見たのだ。
「‥‥‥アリア」
「私、弱かったから」
「そんなことないわ」
「でも、何もできなかった」
アリアは拳を握る。
「だから‥‥‥強くなりたい」
フランはしばらくアリアを見つめていた。そして、静かに頷く。
「分かった」
フランは少し考えた後、何かを思い出したように言った。
「でも、その前に一つ確認してみましょう」
「何を?」
「あなたに魔法の適性があるかどうか」
「魔法‥‥‥」
「士官学校には、魔導士を育成する課程もあるから。魔導士の方が色々と待遇もいいしね」
フランは学校の設備を借り、アリアの魔法適性を調べることにした。アリアに検査のための装置が取り付けられていく。
「‥‥‥」
しばらくして検査を担当した教官が、結果を見たまま固まっていた。
「どうしたの?」
フランが尋ねる。教官は何度も測定器を確認する。
「‥‥‥ありえない」
「何が?」
「測定器の故障ではと思うほどの数値です」
「確認して」
もう一度測定しても結果は変わらない。教官の顔から、驚きが消えなかった。
「フラン大佐‥‥‥」
「何?」
「この子の魔法適性、それに魔力量は‥‥‥」
教官が言葉を選ぶ。
「数百年に一人、現れるかどうかという‥‥‥極めて異常な数値です」
「‥‥‥!」
フランがアリアを見る。アリア本人は、よく分かっていない様子だった。
「私、すごいの?」
「‥‥‥ええ」
フランは答える。しかし、その顔には驚きと同時に、強い戸惑いが浮かんでいた。この小さな少女が数百年に一度と言われるほどの魔法の才を持っている。それが意味することを、軍人であるフランには理解できた。この子の人生は大きく変わる。
「‥‥‥アリア。本当に軍に入るのね?」
「うん」
「じゃあ、手続きを進めておくわ。あなたが入学するのは王国軍士官学校魔導将校課程のほうが良いわね」
「しかし大佐。娘さんはまだ9歳です。その年で士官学校への、まして魔導将校課程への入学なんて前例がありません。それに訓練にだって耐えられるかどうか‥‥‥」
教官が口をはさむ。
「貴方が言いたい事はよくわかるし、私自身、この子を軍に入れることが正解かなんて分からない。でもこの子は初めて自分でやりたいことを言ってくれたの。その意思を尊重したい。それに前例はなくとも制度上は9歳から入学できるわ。訓練だってこの魔力量と魔法適正なら十二分に耐えうるでしょうね」
それを聞いた教官は押し黙ってしまう。フランはしゃがみ込み、椅子に座るアリアと目線を合わせる。
「アリア。もう一度聞くわね。魔導士課程は特に訓練は厳しい。2年間全寮制だし、あなたはまだ9歳。周囲の目だって好意的なものばかりではないわ。それでも王国軍に志願したいと思うのね?」
アリアはフランの目を真っすぐ見て言った。
「うん」
*
「アリア‥‥‥」
フランは窓の外を見ながら昔を懐かしんでいた。




