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第14話 「アリアと中将」②

 それは、今の戦争に発展するきっかけとなった連邦の軍事侵攻があった四年前。当時、フランはまだ大佐として魔導軍の中隊を率いていた。国境付近で連邦軍との戦闘を終えたフランは、部隊を率いて近隣の村へ入っていた。戦闘の影響で、村にはほとんど人がいなかった。家々の一部は壊れ、道には瓦礫が散らばっている。兵士たちは周囲を警戒しながら進んでいた。

「大佐。村の中を確認していますが、住民の姿がほとんどありません」

「生存者を優先して捜して」

「了解」

 フランは頷き、村の中を歩いていた。戦闘の後のあちこちに死体が転がる凄惨な様子。それは何度見ても慣れるものではなかった。しかし、軍人である以上、目を背けることもできない。その時だった。

「……?」

 かすかな声が聞こえた。泣き声だ。フランが足を止める。

「誰かいる?」

 部下たちも振り返る。

「向こうです」

 部下の一人が指差した。フランは声のする方へ向かう。村の外れ。崩れかけた建物の陰。そこに、一人の少女がいた。八歳ほどだろうか。少女は地面に座り込んでいた。そして、その腕の中には、その少女より少しばかり年上の女の子の血だらけの亡骸があった。

「……っ」

 フランは息を呑んだ。少女は声を上げながら泣いていた。何度も名前を呼びながら。

「……お姉ちゃん……」

 少女の声が震えている。

「起きてよ……」

 返事はない。

「ねえ……」

 小さな手で、何度も揺さぶる。

「……お願いだから……」

 それでも、返事はなかった。フランは動けなかった。戦場で多くのものを見てきた。それでも、目の前の光景は胸に刺さった。

「……お姉ちゃん……」

 少女は泣き続ける。フランはゆっくりと近づいた。

「……大丈夫?」

 少女が顔を上げる。涙で濡れた顔。怯えた瞳。そしてその瞳には、深い絶望があった。この子を、一人にしてはいけない。なぜだか強くそう思えてならなかった。

「……あなたお名前は?」

 フランが静かに尋ねる。少女は答えなかった。ただ、亡骸を抱きしめたまま、泣き続けていた。

「……お名前は?」

 もう一度尋ねる。少女は答えない。ただ、腕の中の少女を抱きしめている。

「……アリア」

 しばらくして、ようやく小さな声が返ってきた。

「この子は……エレナ」

「そう……」

「私の……幼馴染……」

 少女の声は震えていた。

「家族も……みんな、死んじゃった……」

 フランは黙って聞いていた。

「お父さんも……お母さんも……」

 少女は涙を拭おうともせず、ただエレナを見つめる。

「エレナだけだったの……」

「……」

「私が……話してもいいって思えたの……」

 少女は小さな手でエレナの手を握る。

「だから……」

 声が震える。

「エレナまでいなくなったら……私……」

 その先は言葉にならなかった。フラはしゃがみ込み、少女と目線を合わせる。

「……アリア」

「……」

「私と一緒に来ない?」

「……」

「食事を用意するわ」

 アリアは答えない。

「ここにいるより、少し暖かいところへ行きましょう」

「……エレナも一緒じゃなきゃ嫌」

アリアが今にも消え入りそうな声で呟いた。

「もちろんエレナも一緒に行きましょう。マーガレット大尉」

 フランがそばにいた部下に目配せすると、マーガレットと呼ばれたその魔導士は、「ごめんね」と言ってアリアからエレナの亡骸を受け取ると、その亡骸をおんぶした。フランはアリアの手を握った。そして、フランに手を引かれるまま歩き始めた。その手はとても小さかった。野営地のフランの部隊が設営したテントの一つに、アリアは案内された。

「ここで待っていて」

 フランは部下に食事を用意させた。簡素な食事だった。温かいスープとパン。それをアリアの前に置く。

「食べて」

 アリアは食事を見る。しかし、手を伸ばさない。

「お腹、空いてない?」

 首を横に振る。

「……そう」

 フランは無理に食べさせようとはしなかった。ただ、アリアの隣に座った。しばらく沈黙が続く。やがて、アリアの手がゆっくりとパンへ伸びた。

 一口。さらに一口。それから、スープにも口をつける。フランは何も言わずに見守った。食事を終えたアリアは、再び黙り込んだ。

 その夜、フランは部下に命じてアリアの身元を調べさせた。

「フラン大佐」

 マーガレットが報告にやってきた。

「どうだった、マーガレット大尉」

「あの少女、アリア・グランツと言う名でした。アリアには現在確認できる親族がいません」

「……そう」

「両親は今回の戦闘で死亡。近隣に親族も確認できませんでした」

「エレナという少女との関係は?」

「幼い頃からの幼馴染だったようです。村の住民からも、二人がいつも一緒にいたという証言があります。そのエレナですが、体内から20発以上の弾丸が見つかりました。至近距離から執拗に撃たれたようです」

 フランはテントを見る。そこには、静かに眠っているアリアの姿があった。

「……分かった」

 翌朝。フランはアリアの前に座った。

「アリア」

「……」

「あなたには、帰る場所がない。だから……もし嫌でなければ」

 フランは一度言葉を止める。

「私の家に来ない?」

「……」

「私と一緒に暮らさない?」

 アリアはフランを見る。しかし、何も言わない。

「無理に答えなくてもいい」

 フランはそう言った。

「ただ、あなたを一人にはしたくない」

 しばらく沈黙が続いた。やがて、フランがその場を去ろうとすると、アリアの小さな手がフランの軍服を掴んだ。それが返事だった。それからしばらくして、正式な手続きを経てフランはアリアを養子として迎え入れた。軍に転属願を出し、前線から軍の士官学校に異動したフランは、家ではアリアの養母として暮らすことになった。しかし、アリアは、ほとんどフランに言葉を発しなかった。

「おはよう、アリア」

「……」

「学校はどうだった?」

「……」

「今日は何が食べたい?」

「……なんでも」

 必要最低限の言葉だけ。

 笑うこともない。

 自分から話しかけることもない。

 フランも無理に話させようとはしなかった。ただ、毎日食事を作った。毎日「おかえり」と声をかけた。毎日、アリアが眠るまで同じ家にいた。アリアの心は、エレナを失ったあの日から閉ざされたままだった。フランには分かっていた。今すぐその扉を開けることなどできない。だから、いつかアリア自身が扉を開けるまで、そばにいる。それだけを決めていた。

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