第13話 「アリアと中将」①
翌朝。
第10魔導中隊の訓練課程を終えたアリアは、朝早くから軍施設を出ようとしていた。
「アリア少佐」
廊下を歩いていると、後ろからリリアが追いついてくる。
「今日、総司令部へ行くんですよね?」
「うん」
「私も同行します」
「今日は一人で行く」
「え?」
リリアが足を止めた。
「どうしてですか?」
「ちょっと用事がある」
「用事?」
「そう」
アリアはそれ以上説明しない。
「だから、今日は中隊をお願い」
「……分かりました」
リリアは少し不思議そうな顔をしながら敬礼する。
「いってらっしゃいませ、アリア少佐」
「行ってくる」
アリアも軽く頷く。そして一人で総司令部へ向かった。王都の中心部。王国軍総司令部の巨大な建物。正門を通り、受付で身分証を提示する。
「アリア・スー・エルディア少佐ですね。作戦参謀室から入室許可が出ています」
「分かった」
アリアはそのまま建物の奥へ進んでいく。廊下を歩くたび、すれ違う将官たちが敬礼する。
「アリア少佐、ご苦労様」
「お疲れ様です」
アリアも最低限の応答を返す。やがて、一つの部屋の前で足を止めた。扉には、『王国魔導軍 作戦参謀室』と記されている。アリアはドアをノックする。
「どうぞ」
中から女性の声が返ってきた。
「失礼します」
扉を開ける。部屋の奥には、一人の女性士官が座っていた。王国魔導軍作戦参謀、フラン・スー・エルディア。王国軍の作戦立案を担う、優秀な将校の一人だった。
「来たわね、アリア」
「うん」
アリアは部屋へ入り、扉を閉める。そして、先ほどまでとは、明らかに雰囲気が変わった。
「フラン、何の用?」
ため口。それを聞いたフランは、少しだけ笑った。
「相変わらずね」
「何が?」
「他の上官にはあんなに丁寧なのに、私にはずいぶん偉そう」
「だってフランでしょ」
「まあ、そうだけど」
フランは机の上の書類を整理する。
「中隊の教育は終わったんですって?」
「昨日終わった」
「三か月。よくやったわね」
「別に普通」
「普通じゃないわよ。十二歳の中隊長なんだから」
「年齢は関係ない」
「そう言うと思った」
フランは苦笑した。そして椅子から立ち上がる。
「おいで」
「何?」
「こっち」
アリアは少し怪訝そうな顔をしながら、フランの前まで歩いていく。するとフランはアリアの頭に手を置き、優しく撫でる。
「よく頑張ったわね」
「……子供扱いしないで」
「子供でしょう?」
「少佐」
「でも十二歳」
「……」
アリアが少しだけ不満そうな顔をする。フランは笑った。
「それで? 中隊はどう?」
「ちゃんとできた」
「隊員たちは?」
「みんな強くなった」
「あなたが鍛えたんだものね」
「うん」
しばらく沈黙が流れる。やがてフランがポツリと呟いた。
「あなたが軍に入って、もう2年になるのね」
「……うん」
「出会った頃は、本当に大変だった」
「覚えてる」
「何を言っても『別に』しか言わなかったもの」
「……そんなことない」
「あったわよ」
フランが笑う。
「私が何度話しかけても、全然心を開いてくれなかった」
「……」
「でも、今はこうして私と普通に話してる」
「フランだから」
「そうね」
フランは優しくアリアを見る。作戦参謀として軍の中枢に立つ女性。その姿からは想像もつかないほど、アリアを見る目には温かさがあった。それには理由がある。フランとアリアは、ただの上官と部下ではない。フランはアリアの養母だった。幼い頃のアリアを引き取り、家族として育ててきた。だからこそ、アリアはフランにだけ敬語を使わない。軍の階級がどれだけ上がっても、アリアがどれほど多くの兵士を率いる立場になっても、フランの前では、ただの一人の少女だった。
「それにしても」
フランが書類を一枚取り出す。
「第10魔導中隊の編成、かなり評判がいいわよ」
「そう?」
「ええ。三か月でここまで仕上げるとは思わなかったって、みんな驚いてる」
「みんな大げさ」
「あなたは自分のことを過小評価しすぎ」
「……そうかな」
「そうよ」
フランは書類を机へ戻した。
「でも、これからはもっと大変になる」
「分かってる」
「中隊長として、部下の命を預かることになる」
「……うん」
アリアの表情が少し曇る。フランはその変化に気づいた。
「怖い?」
「……怖いよ」
アリアが小さく答える。軍人としては決して見せない表情。けれど、フランの前では隠さない。
「死ぬのが?」
「うん」
「部下が?」
「……うん」
フランは何も言わず、アリアの頭をもう一度撫でた。
「それでいいのよ」
「……」
「怖いと思えるからこそ、あなたは部下を生きて帰そうとする」
「でも……」
「無理に強くならなくていい」
フランは静かに言った。
「あなたはもう十分強いわ」
アリアは黙っていた。やがて、小さく息を吐く。
「……ありがとう、フラン」
「どういたしまして」
王国魔導軍作戦参謀と、第10魔導中隊中隊長。軍の中では、二人はれっきとした上官と部下。けれど、この部屋の中だけは違う。二人だけが知る、もう一つの関係だった。
*
しばらく他愛もない話をした後、アリアが部屋を出ていった。
「失礼しました」
「ええ。またね、アリア」
扉が閉まる。フランはしばらく、その扉を見つめていた。やがて窓際へ歩いていく。窓から外を見ると、総司令部の正門から一人の少女が出てくるのが見えた。小さな背中。しかし、その肩には少佐の階級章がある。
「……大きくなったわね」
フランは小さく呟いた。アリアが歩いていくその姿を見送りながら、フランはふと思い出した。初めて、あの子と出会った日のことを。




