第10話 「中隊諸君」①
翌朝。
王都の軍施設に、まだ朝霧が残っていた。訓練場には、第10魔導中隊の隊員候補たちが整列している。選抜から一夜明け、いよいよ、本格的な教育が始まる。隊員たちは緊張した面持ちで前方を見つめていた。やがて、軍靴の音が響く。アリアとリリアが訓練場へ現れた。アリアは隊員たちの前に立つ。その隣にはリリア。リリアが一歩前へ出た。
「総員! 傾注!」
声が訓練場いっぱいに響く。隊員たちが一斉に姿勢を正す。全員の視線がアリアへ集まる。リリアが一歩下がる。そして、アリアが口を開いた。
「中隊諸君」
静かな声。しかし、その場にいる全員が聞き取れるほどよく通る。
「今日から三か月間、君たちは第10魔導中隊の隊員として教育を受ける」
隊員たちは黙って聞いている。
「ここに集められた理由は、魔法が使えるからではない」
アリアが全員を見る。
「君たちは、戦場で生き残り、仲間を生かすために選ばれた」
その言葉に、空気が引き締まる。
「だから、訓練は厳しくする」
何人かの顔が強張った。
「覚悟しろ」
「はい!」
返事が響いた。
その日から、地獄のような訓練が始まった。最初は飛行訓練。ただ飛ぶだけではない。
高速飛行。
急旋回。
急降下。
低空飛行。
編隊飛行。
さらに、飛行しながらの魔導銃射撃。
「遅い!」
アリアの声が飛ぶ。
「敵は待ってくれない!」
隊員たちが必死に箒を操る。
「高度を維持!」
「右!」
「隊列を崩すな!」
「魔力を使いすぎ!」
次から次へと指示が飛ぶ。続いて地上訓練。
魔力制御。
状況判断。
そして模擬戦。
休憩時間すら短い。
隊員たちは初日から疲労困憊だった。それでもアリアは訓練を止めなかった。
「もう一回」
「ええっ!?」
思わず声を上げる隊員。
「聞こえなかったか?」
「……もう一回お願いします!」
「よし」
それを見ていたリリアは、少しだけ心配そうな顔をしていた。
そして二週間。
「もう無理……」
「足が動かない……」
「今日で何日目だ……?」
「まだ二週間だぞ」
訓練場の隅では、隊員たちが疲れ切った様子で座り込んでいた。その少し離れた場所。 アリアは次の訓練計画を確認している。リリアが隣へやって来た。
「アリア少佐」
「何?」
「ちょっと相談があります」
「どうぞ」
「訓練内容なんだけど……」
リリアは隊員たちを見る。
「もう少し優しい内容にしてもいいんじゃないかな」
「駄目」
即答だった。
「……やっぱり?」
「まだ足りない」
「足りないの!?」
「実戦では、これ以上に厳しい」
「でも、みんな二週間でかなり疲れてるよ」
「疲れている時に動けるようにする訓練だから」
「うーん……」
リリアは困ったように頭を抱える。
「アリアは厳しすぎるよ」
「そう?」
「そうだよ」
アリアは訓練場を見る。そこには、疲れ切っていても次の訓練に備えている隊員たちがいた。
「でも、みんな少しずつ上手くなってる」
「……それはそうだけど」
「最初は編隊飛行すらできなかった」
「うん」
「今はできる」
「うん」
「なら続ける」
「……なるほど」
リリアは納得したような、していないような顔をする。
「でも、休息はちゃんと取らせてね」
「それは当然」
「睡眠時間も」
「確保してる」
「食事も」
「当然」
「ならいいけど」
アリアは厳しい。しかし、無意味に隊員を追い込んでいるわけではない。すべては戦場で生き残るためだった。
翌朝。また訓練場に隊員たちが集まる。疲労の色は濃い。それでも、全員が整列する。リリアが前へ出る。
「総員! 傾注!」
一斉に姿勢が正される。全員がアリアを見る。アリアは隊員たちの顔を一人ずつ確認する。
「中隊諸君」
その言葉だけで、隊員たちの背筋が伸びる。
「昨日より今日。今日より明日」
「少しずつ強くなれ」
「はい!」
「そして――」
アリアの目が鋭くなる。
「絶対に死ぬな」
隊員たちが息を呑む。
「敵を倒せ。仲間を守れ。そして、生きて帰れ」
「はい!」
大きな返事が訓練場に響いた。
「よし」
アリアが踵を返す。
「訓練開始」
「はい!」
再び、訓練が始まった。隊員たちは悲鳴を上げながらも、必死についていく。そしてその様子を見ながら、リリアは小さく笑った。
厳しい。厳しすぎる。けれどアリアが彼らを本気で生かそうとしていることだけは、誰よりもよく分かっていた。




