3
「はぁー、信じらんないっ」
「電車止まってんじゃん」
「だるー!」
「次、移動教室だろ?」
「担任ガチャ外れすぎだろマジで」
「また同じミスだけど」
「だからさぁ……」
「ここにはありません」
「オメーが避けろよボケ」
「うざいうざいうざいうざいうざい」
「すごい、よく描けてるじゃないか」
——————————また、夢?
●
はじめてギガントパピオンに乗ってから、半月ほどが経った。
不定期に現れる界獣が現れるたびにパピオンから通達を受けた誰かしらがグループのメッセで報告して、授業中であろうとバイト中であろうとできる限り迅速に集合。そんで即座にギガパピに乗って目標を叩きに向かう。そんな忙しない生活を送っている。
基本的にはパピオンを連れて歩いているフォーチュンさんが界獣の場所を知らせてくれるけど、ちーちゃんもよくパピオンと一緒に散歩とかしてるみたいで、ちーちゃんから発信されることもたまに。
界獣との戦い自体もけっこう慣れてきた。
よほどおかしな能力持ちの敵じゃなければ、ワンコ形態で翻弄して獣人形態のギガパピでトドメをさす、でなんとかなる。
慣れとはこわいもので、ついこの間まで異常に感じていたことも、いまでは当たり前に受け入れている。まるで最初からそうしていたのだと錯覚しちゃうくらい。
あたしにとっての非日常は、すこしずつ日常へと移り変わろうとしていた。
「そういえば、チュンさんのバイト先って何系なんですか?」
お昼過ぎに函館に出現した界獣を一体倒したあとの帰り道、というか帰り空。
ギガパピに乗って札幌方面を目指して飛行している間の沈黙に耐えかねたあたしは、ふと以前から気になっていたことを雑談の切り出しに使った。
バイト……と言ったのはただの推測である。
パピオンの知らせを聞いて臨機応変に立ち回る様子を近くで見てると、チュンさんが正社員とか、普通に社会人やってる姿は考えにくかったから。
「まずチュンさんって誰だよ」
真っ白な空間のなかで胡坐をかいて猫みたいなあくびをしてたチュンさんが眠そうな目で返してくる。
「いやあなたのことですよあなたの。フォーチュンさんだからチュンさん。返事したってことはわかってるでしょ?」
「略すのはべつにいいけどさ、お前の場合やけになれなれしく聞こえるんだよな」
「こっちは仲良くなろうと歩み寄ってるんですけどー⁉︎ ねえ、ちーちゃんもいいと思うよね?『チュンさん』」
「うん……かわいいと思う」
「ほらぁ」
顔を近づけて追及するとうざったそうに押しのけられた。
「アタシもまだまだ若いほうだって思ってたけど……なんかやっぱり昔ほど女子高生のノリには合わせらんないな」
「いや女子高生かどうかは関係ないでしょ。知り合いならこれくらいの距離感は普通じゃないですか? ていうかチュンさんっていくつなんですか?」
「二十二」
「あー、でもそんなとこかなって思ってました」
「意外性がなくて悪かったね」
会話に身が入ってない様子のチュンさんがまた大きなあくびをする。
二十二歳……大学生だったら四年生かな。真面目に授業を受けてたらもう単位はほとんど取り終わってる頃だろうし、ギガパピの活動をやっていられるのも納得……。
「大学は行ってないぞ」
「え? まだなにも言ってないですけど」
「これまでの流れを読めば次に聞かれそうなことくらい予想つくだろ。女子高生、わかりやすいし」
「あー、また女子高生って言った。でもなんか、昔っていうほど離れてなくないですか? JKの心を忘れるには早いですよ」
「自分からはとても言えねえ〜そのセリフ」
唇を尖らせながら膝で頬杖をつくチュンさん。
話題を逸らした気になってるんだろうけど、あたしはこんなことで騙されない。
「それで、どこでバイトしてるんですか? 場所は札幌ですよね?」
「いいじゃんべつにアタシんことは…………」
「え~? ダメですよ、あたしたち仲間じゃないですか。仲間のことはちゃんと把握しておかないと!」
「親しき仲にも礼儀ありって言うだろ」
「だから親しくなるために聞いてるんじゃないですかぁー!」
「耳元で喚くな。ったくここまで騒がしいヤツだったなんて、とんだ誤算だよ。一応言っとくけど、アタシたちはパピオンを操るためだけに集まってる関係なの。そのうち誰かが欠けるかもしれないし、あまり入れ込みすぎると後悔するよ?お互いに」
そう言ってチュンさんは白い光の床に横になると、あたしに背中を向けて会話を強制的に遮断しようとする。
「……させませんよ、そんなこと……」
誰にも聞こえない声量でつぶやきながら、あたしはチュンさんから視線を外した。
あたしが戦うことを決めた日にも同じようなことを言われたけど、あたしはまだそのへんには納得してない。生き死ににドライになるのが正しいことだとは思わないから。
でもどうやら、チュンさんは本気で自分のことを詮索してほしくはないみたい。
そういう感じなら無理にとは言わないけど……もうちょっとくらい、あたしとちーちゃんに対して心を開いてもらってもいいんじゃない?
最初はチュンさんのほうから“使い手”に勧誘してきたくせに、世間話はともかくプライベートな話題になるとずっとこんな感じで一歩引いた雰囲気を出してくるもんだから、やりにくいことこの上ない。
「そろそろ札幌近くに着くけど、下ろすのは月山のほうだよな?」
「あ、はい」
「中学生もそれでいい?」
「あ……はい。ありがとうございます」
「お礼ならパピオンにだな」
『パオン』
「ありがとー、ギガパピ」
「そっちも略すのかよ……」
気だるげに起き上がったチュンさんが全身を曲げ伸ばしする。いちいち猫みたいな人。鳥の鳴き声みたいな名前なのに。
でも————————すこし壁はあるけど、ちゃんと大人をやってくれてる感じはあるんだよなぁ。
いまみたいに戦いのあとは家の最寄り駅まで送るようにしてくれるし、解散が夜になるときは夕飯をご馳走してくれたりするし。
施しを受ける側のあたしが言うのもなんだけど、なんだかんだ可愛がられているのは自覚しているのだ。名前を呼んでくれないのも、意地悪とかじゃなくて、チュンさんなりの線引きだってことはわかってる。
でもその理由はわからない。どうしてチュンさんはふとした瞬間に距離を置こうとするんだろう。
「……ねえ、ちーちゃん」
「ん……?」
「ちょっと付き合ってくれる?」
チュンさんに聞き取られないようにひっそりとちーちゃんに耳打ちする。
「う、うん、いいけど……」
「よっしゃ」
やがて伝えたいことを言い終えて、あたしは「あっ」とチュンさんに向けて発した。
「あーチュンさんごめん、やっぱりあたしたち下ろすの札幌でいいや」
「え? なんで」
「なんか学校戻る気分じゃないんですよね〜。ちょうど昼休みに抜け出してきたし、午後のためだけに急ぐのもめんどくさくて」
「なんだサボりか? まあとやかくは言わないけどさ……。程々にしとけよ? ただでさえ界獣のせいで私生活に穴空きがちなんだから」
「はーい」
「親御さんが退院したときに心配かけないようにな。——————駅前でいいのか?」
「大丈夫でーす!」
「そんじゃ……お願いな、パピオン」
『パオン』
返事をしたパピオンが緩やかに飛行速度を落としていくのが伝わってくる。
チュンさんがどれくらい界獣と戦ってきたのかは知らないけど、話を聞く限りだと何年も前からパピオンと一緒にいるってことだよね。
パピオンに指示を出すときだけは……なんだかチュンさんはあたしとちーちゃんには見せない、どこか子どもっぽい顔になるのだ。
「じゃ、アタシこのあとすぐバイトあるからこれで」
「お疲れさまでしたー」
「お……お疲れさま、です」
札幌駅で降ろしてもらったあと、あたしたち三人はすぐに解散した。
小さくなったパピオンもいつも通りチュンさんに付いていく。
チュンさんはパピオンの中にいたときに空間の隅へ追いやっていた黒いリュックをいつの間にか背負っていた。戦いへ向かう最中に中身がなんなのか聞こうとしたら案の定はぐらかされたっけ。
「それじゃあ……行こっか」
チュンさんがその場を離れてから十秒ほど。一定の距離が空いてから、あたしとちーちゃんはチュンさんの背中をバレないように追いかけ始める。
「あの……萌音ちゃん」
「ん〜?」
「いいのかな、勝手に……」
「いいのいいの。ちーちゃんだっておかしいと思うでしょ? あたしたち一緒に命をかけて戦ってる仲間同士なんだよ? それなのにチュンさん自分のことばっかり秘密にしすぎ!」
バス停や木陰に身を隠しながらチュンさんを尾行。その目的はあの人のバイト先の特定!
この半月の間、チュンさんとも仲良くなりたくて積極的に話しかけに行ってたけど、自分のことになるとチュンさんはすぐ「アタシのことはいいだろ」「どうでもいいだろ」ではぐらかしてくる。そんなのフェアじゃないじゃん!
「あたしはMBTIとかインスタのアカウントまで教えてるのに、チュンさんが話してくれるのは好きなお酒とタバコの銘柄くらいだよ⁉︎ ありえないでしょ友達として! いや後輩? まあどっちもか! とにかくバイト先くらいは暴いてもバチは当たらないって!」
「あ、あばく……」
「あっ、そういえばちーちゃんインスタとかやってる? フォローさせてよ!」
「そういうの……あんまり、やってなくて」
「あ、そう? ————おっと見失っちゃう!」
駆け足でビルの壁に隠れながら遠くにあるチュンさんの背中を確認する。
札幌は道が開けてるから下手に近づこうとすると気づかれそう。
「それにしてもチュンさんが働いてる姿って想像しにくいよねぇ。飲食店とか愛想が求められる場には向いてないだろうし。やっぱり百均の品出しとかかな。あ、でもバイトリーダーっぽい雰囲気はあるかも。……ちーちゃんはなにか聞いてないの?」
「…………あ」
「えっ、なになに? なんか知ってるの?」
空を見上げて固まってたちーちゃんがあたしに視線を戻しながら教えてくれた。
「フォーチュンさんのおうちで萌音ちゃんが起きるの待ってたとき……クローゼットの扉がすこし空いてたんだけど……制服みたいなの、見えた」
「ほんと⁉︎ 大発見じゃん! どんなのどんなの⁉︎」
ちーちゃんの発言でふわふわと漂っていた疑問が解消された。たぶんチュンさんが背負っていたリュックのなかにバイト先の制服が入っていたんだと思う。
どうりでパピオンに乗ってるときに目立たない位置に置いてたわけだ。あたしに探られないようにしてたんだろう。
さすがに勝手に中身を漁るなんて非常識なマネはするつもりないんだけどな。なんとなくそういうことをしでかしそうって思われてそうなのがちょっとショック。
「制服というか……軍服、みたいな」
「……軍服?」
たどり着けそうだった正解が一気に遠ざかった。
「軍服といっても、現実にはなさそうな……ファンタジーっぽいやつだったけど」
「えっと、つまりコスプレ衣装ってこと?」
「そんな感じ……だったと思う」
話が変な方向に曲がり始めた。
チュンさんの趣味がコスプレ————つまりチュンさんはコスプレイヤーだったってこと?
意外……でもけっこう似合うかも。軍服ってことはカッコいい系? チュンさんもあれでいて美人さんだし絵になるかも。ていうか頼んだら衣装とか貸してくれるかな? ちーちゃんにいろいろ着せてスケッチしたい。
「萌音ちゃん?」
「ハッ」
いや、いまはチュンさんのバイト先の話だった。
「チュンさんのレイヤー垢はあとで探してみるとして……バイト先の制服じゃないならやっぱりこのまま尾行して特定するしかないかぁ」
「あ」
「ん、なになに? なにか思い出した?」
また小さく口を開けたまま固まったちーちゃんへ振り返る。
愛らしい困り顔で前の方を指さしたちーちゃんはおろおろと目を泳がせながら言った。
「フォーチュンさん……いなくなっちゃった」
「え? あえ⁉︎ あぁ⁉︎」
正面に続いている街道の奥にはたしかにさっきまであったチュンさんの背中が消えている。話してるうちに曲がり角へ進んでしまったんだ。
慌ててちーちゃんの手を引きながらいちばん手前にある交差点まで走ってみるも、周囲にはそれらしき革ジャン姿は確認できない。
「うぁ~! 見失ったぁ!」
「……あの」
「今日こそチュンさんの私生活の一端を解明できるかと思ったのにぃ! こうなったら次に家にお邪魔したときクローゼットのなか漁ってでも……!」
「萌音ちゃん」
「ん?」
「パピオンの気配……たどっていけば、いいと思う」
またあたしには拾えない周波数の発言が飛び出したのかと思った。
「それチュンさんもたまに言うけど……実際どうやってやるの?」
「…………みんなの前でスピーチするときとか、ほかの人をかぼちゃだと思う感じ」
「かぼちゃ……?」
「目を閉じて集中すると、パピオンの存在だけがハッキリ感じられるの。それを追っていけばいいと思う」
あたしにはその感覚がよくわからないけど、つまり苦労して尾行する必要はなかったと。
「……お願いしてもいい?」
「うん」
「あっ、目閉じながら歩くの危ないから……あーどうしよ」
いろいろ考えた結果、集中のために目を閉じたちーちゃんをあたしがおんぶしながら移動することになった。
びっくりするくらい軽かったので、今度かぼちゃ団子でも手作りしておなかいっぱい食べさせてあげようと思う。
「…………このビルにいるの?」
「そうみたい」
パピオンの気配とやらも慣れなければそこまで便利なものではないらしく(GPSの調子が悪いときのスマホマップみたい)、何度か道に迷いながらもあたしたちはすすきの中心部にある雑居ビルにたどり着いた。
エントランスに入るとエレベーター前の壁一面に看板があって、そこにはお店の宣伝と……各階に入っているお店が記されたフロアガイドが並んでいる。
「いや……これ、どう考えても」
「?」
首を傾げてるちーちゃんの横であたしは訝しんだ。
居酒屋と一緒に看板のなかには明らかにオトナのお店らしきものが混ざっていたから。
いわゆるガールズバーとかコンセプトカフェとか言うものなんだろうけど……。このお店たちのどこかにチュンさんのバイト先があるってこと?
「行かないの?」
「あ〜う、えっと…………行こう!」
「うん。フォーチュンさん、四階あたりにいるみたい」
迷いを振り切ってエレベーターのボタンを押す。
ガルバとかコンカフェといえばかわいい女の子とおしゃべりしながらお酒とか飲むアレだけど、高校生や中学生が入っていいお店なんだろうか。入ったことなんてないから緊張が。
というかちーちゃんはやけに落ち着いてるけど、たぶんどういうお店なのか知らない感じだよね? 知っててこの感じだったら逆にこわいけど。
「ちーちゃんってコンカフェとか入ったことある?」
「……ひとりで入ったことは、ない。メニューとかサイズとか、よくわかんないし……」
「あっ、スタバみたいなやつだと思ってる?」
「……? でもいまは、萌音ちゃんと一緒だから、平気」
「そっか……」
大丈夫かなこれ。
「ここだよね……たぶん」
「うん」
目的地である四階に足を踏み入れると、陸上トラックみたいに繋がった廊下にお店が円形に並んでいる変わったつくりをしていた。
階の中心にどかんとある大きな柱には電光の案内看板があって、四階の見取り図と各部屋にあるお店の名前が書いてある。
そのなかにある「シャンデリアアーミー」というコンカフェに目星をつけて、あたしたちは扉の前に立った。
ちょっとスマホで調べてみるとファンタジー系の軍隊をイメージしたコンカフェらしいので、チュンさんが持ってたという制服の感じとも合致する。
なによりパピオンの気配がこの「シャンデリアアーミー」から感じるとちーちゃんが教えてくれたのだ。
「……ええい入っちゃえばこっちのもんっ」
ちーちゃんの手を握りながら二度目の決意とともにお店の扉を開ける。
『お帰りなさいませ教官殿!』
入った先は異世界だった。
全体的にアンティーク調の装飾が施された部屋には小さめのバーカウンターとテーブル席が配置されていて、見たところ三人のスタッフさんが待機してる。
「おふたりでごぜーますか?」
「おお……」
「…………」
駆け寄ってきた人の黒い服装を見てみるとたしかに軍服————だけど軍人というにはフリフリスカートだし、嘘みたいなマント羽織ってるし、最初のセリフからしてお客さんは「教官殿」という設定みたいだけど、華美な衣装はなんだか教官より偉そうだぞ。
想定していた「カフェ」とはやっぱりちがったみたいで、ちーちゃんはこれでもかというほど大きく目を見開いてあんぐりと口を開けたままあたしの後ろに隠れてしまった。
「わっ、よく見たらお若い教官殿ですねぇ。お席へご案内するであります」
「あっ、は〜い……」
口調とか聞くにあまり厳格な設定があるわけではないらしい。そりゃこんなものか。
いや、でも……いろいろデタラメだけど制服はかわいいし内装は綺麗だし、なんかいいかもしれない。絵にしてみたくなる。
それはさておき通されたテーブル席で縮こまっているちーちゃんと並んで腰を下ろしながら、あたしはチュンさんらしき人物を探すけど見当たらない。
「当店のご利用は初めてでありますか?」
「あ……はいっ……ていうか、その!」
「はい?」
念のため本当にチュンさんがここにいるのか対応してくれたお姉さんに尋ねようとしたそのとき、
「————なにやってんだお前ら……?」
お目当てのお姉さんがカウンターの奥から現れた。
軍帽をかぶってマントを身につけている赤メッシュセミロングの軍人さん。下はスカートではなくパンツスタイルだ。
「あっチュンさん! フォーチュンさんこっちです!」
「あれ? なんだ〜フォーちゃんの知り合い?」
「お前らなんっ……」
あたしたちの席へ近づこうとしてふと自分の姿を確認したフォーチュンさんの顔が赤くなるのがわかった。
なんとなく予想はできたはずだけど、この格好が見られたくなかったからバイト先を内緒にしてたらしい。
なんかいまになって申し訳なくなってきた。
でもけっこう様になってる。ビジュが良い。
「………………なんでここにいる」
気を利かせてくれたさっきのお姉さんの計らいでチュンさんがあたしたちの席担当になってくれた。本当は指名料がかかるらしいけど、いまはほかのお客さんもいないしサービスとのこと。
「いや〜どうしてもチュンさんのバ先が知りたくてつい……。にしても軍服似合いますね⁉︎ 超メロいです!」
「わたしがパピオンの気配を追って……来ました。あの、ごめんなさい……」
「まだ半月なのによくできたな。どうせ女子高生が言い出したんだろ? ほんと油断ならないな」
「あれ、教官殿って呼んでくれないんですか?」
「ひっぱたくぞ」
「あっ! メニュー表にある美味しくなるおまじないやって欲しいです! この『教官殿のハートにバッキュン!』ってやつ!」
「……はぁ、まあいつかはバレてたことか」
頭をかきながら深く息をつくチュンさん。心底めんどくさそう。
「でもコンカフェなんて意外です。チュンさんのことだから、そんじゃそこらの普通のバイト先ではないだろうなとは思ってましたけど」
「アタシをなんだと思ってんだよ」
「ライブハウスとか、そういう闇とか影とか、ダークな場所が好みかと……」
「ここなら急にシフト空けたり飛んだりしてもうるさく言われないから、パピオンの活動と並行しやすいんだよ。……ほら、テキトーになんか飲んだらさっさと出てけよ。ノンアルもあるから」
「む。それですよ、それ!」
そっけない態度で傍らにあるメニューを開いて見せてきたチュンさんに異議を唱えながら指をさす。
「どうしてそんなに冷たくするんですか! 意図的に距離とろうとしてるのって結構わかるんですよ⁉︎」
「べつに冷たくないだろ。たまに飯とか奢ってあげてるじゃん」
「それはそれ! これはこれ! ていうかそういう物で釣るような言動も、『これさえしとけば希薄な関係でもいいだろ』っていう舐めを感じるんです!」
「…………」
黙々と三人分のグラスにピッチャーのお水を注ぐチュンさん。
への字に結んだ口はきっと図星の証だ。
「べつにコンカフェで働いてるくらい教えてくれてもよかったじゃないですか。かっこいいですよ今のチュンさん」
「制服が恥ずかしかったわけじゃ……いや、それもすこしはあるけど」
「誤解のないように言っておきますけど、あたしも個人的な興味だけでしつこくこんなこと聞いてるわけじゃないんです。お互いに背中を預けてる間柄なんだし、もっと信頼を深めていきたいって思ってるだけなんです」
「本当は?」
「…………………………興味本位もちょっとあります!」
「ばか」
ふとチュンさんがメニュー表に目を落とす。
「……ふたりともオレンジジュースでいいか? 金はアタシ持ちでいい」
「えっ、ごちそうさまです……」
「あ……ありがとうございます……」
「その代わり飲んだら帰れよ」
「それは嫌ですけど」
「帰るんだ」
今度は強めの、叱りつけるような本気の口調だった。
————それはちょっと卑怯だと思う。
あたしは驚きつつも、急にオトナを使ってきたチュンさんに対してついカッとなってしまう。
「……イヤですっ!」
「…………」
負けじと目つきを鋭くさせて訴えたあたしと数秒睨み合ったあと、諦めるようにチュンさんはまた小さくため息をついた。
かぶっていた軍帽を脱いで首から上だけいつものチュンさんになったチュンさんが真剣なトーンで口にする。
「——————アタシがお前たちを“使い手”に誘ったのは、アタシが死んだときの後継者が必要だと思ったからだ。何度も言うがパピオンに選ばれる人間はそうポンポン出てくるわけじゃない。世界を守る役割を継げる人間がいないと安心して死ぬこともできないからな。お前たちに最低限構ってやるのも、逃げられないようにするためのご機嫌とりに過ぎない」
「じゃあご機嫌とりでいいからもっと仲良くしてくださいよ。そうしたら逃げたりしませんよ?絶対」
「そうくるかよ」
「まああたしはチュンさんがいま話したことをそのまま信じるつもりはありませんけど、じゃあチュンさんが戦う理由ってなんなんですか? 自分が死んだあとのことまで心配するなんてよっぽどですよね。でもそこまで無関心を主張するなら、世界を守るためだなんて、気遣いにあふれた理由ってわけとも思えない。どうしてチュンさんは戦うんですか?」
ぴくり、と隣に座っていたちーちゃんが反応したようにも見えたのは気のせいだろうか。
「しつこい奴だな……」
腕を組んだチュンさんが依然壁を張った態度のままで口にした。
「改めて言うが、女子高生と中学生、そしてアタシはパピオンを操って界獣と戦うためだけに集った関係だ。それ以上にもそれ以下にもならない。死ぬ奴もいるしなにも言わずに消える奴も出てくる。深入りしていいことなんてないんだよ」
「質問の答えになってません」
「答える気がないからな」
「っ……!」
ムッとなって言い返そうとしたけど、席を立ったところで周りにいたスタッフさんの目がこっちに集まっていることに気づいて口を閉じた。
「出ていけ。……お前たちは出禁だ」
目も合わせてくれないまま、チュンさんは冷たく言い放った。
「……とか」
「あ?」
たぶん今日はもう、なにかを聞き出すことはできない。
でもこれだけは言っておきたかった。
「鍋パとか…………したじゃないですか」
目を丸くさせるチュンさんを放って、あたしはちーちゃんの手を引いてお店を出た。
なんて無愛想な接客。指名して損した。指名料払ってないけど。
「なんでああなんだろうね、チュンさん」
そうぼやきながら、あたしはちーちゃんの一歩前を歩く。
ケンカする気はぜんぜんなかったんだけど、結果的に気まずい雰囲気で帰ることになってしまった。ちーちゃんも巻き込んでしまって、なんか申し訳ない。
「界獣と戦うためだけの関係だから仲良くしないって、微妙に噛み合ってなくない? 距離置くなら置くでもっと冷たくできたはずなのに、普通にごはんとか一緒に食べるし。やることが中途半端だっつーの」
「フォーチュンさんも……迷ってるんだと思う。わたしたちとの…………向き合い方」
「え?」
不意にちーちゃんがこぼした声を拾って、あたしは立ち止まりながら振り返る。
「どうしてそんなことわかるの?」
「わたしたち……パピオンを通して繋がってるから。ふとした時に、相手の感情とか、流れてくることがあるの。フォーチュンさんからは、なんというか……強い迷いを感じるなって」
「え、あたしぜんぜんだ、すごいねちーちゃん。……もしかしてチュンさんが考えてることとかもわかったり?」
「そういう詳しいことまでは、さすがに読み取れないけど」
「あ、そっか」
聞く限りだとパピオンの居場所がわかるのと同じ理屈っぽいけど、やっぱりちーちゃんはなんだか“使い手”としての才能がすごいらしい。
あ……でも二回目にパピオンに乗ったとき、なんとなくフォーチュンさんのヤバい!って心があたしの中にも流れてきた感じはあったかも。あれのことを言ってるのかな? よくわかんないけど。
「わたしたちはパピオンと精神的に繋がってるから、パピオンを介して使い手同士の心が通じ合ったりする……のかも」
「なるほど? まあ今のところ『通じ合ってる』とは言えない状況だけどね〜」
「………………」
「あっ! ちーちゃんのことじゃないよ⁉︎ あたしとちーちゃんはとっくに、十分、大いに通じ合ってる! うん!」
あたしの言葉にちーちゃんが哀しそうに背中を丸めたので慌てて訂正する。
ここにはいないチュンさんに対して唇を尖らせたつもりだったのだが、自分のことだと勘違いしちゃったみたい。
「ありがとう。……でも、フォーチュンさんとも、繋がっていたいよね」
慌てて弁明したあたしに笑いかけたあと、またちーちゃんは寂しげにそう言った。
「それはほんとに、そう」
だんだん冷えてきた頭で、また歩き出しながらあたしは答えた。
だって仕方ないよね。どれだけ距離とられても、二度目の戦いの終わりに「やるじゃん」って褒めてくれた優しい声はずっと残ってるし、一緒に食べたごはんの温かさも覚えてる。
そもそもパピオンと一緒に界獣と戦うことを前提に考えてバイト先を選ぶような人なんて、いい人に決まってるんだから。
あーあ、ケンカとかせずに落ち着いて話し合いたかったな。だってせっかく出会えたんだもん。
住んでるところも、学校も、歳だってちがうけど、あたしたちは世界を守るっていうひとつの目的のために集まった仲間……うん、やっぱり仲間でいいんだよね。それはきっと一生に一度の体験で、この先の人生で同じ思いを抱いて関わる人が出てくるとも考えられない。
だから……大切にしたいんだけどな。
「チュンさんって……ずっと前から界獣と戦って、世界を守ってるんだよね」
「……うん」
「使い手の先輩が死んじゃった……とも言ってたよね」
「うん」
並んで歩いてるあたしとちーちゃんの足取りが無意識にゆっくりになっていく。
チュンさんはもちろん、ちーちゃんにだって死んでほしくない。
いや——————もし仮に誰かがいなくなっちゃうようなことがあっても、その人がどんな人だったのかちゃんと覚えていたい。でもたぶん、チュンさんはそうは思っていない。
それか、そう思うのをやめたのかもしれない。
自分が知って、自分を知ってもらった相手がいなくなるのが嫌だったから、怖いから。
ならずっとひとりで戦えばいいじゃん、なんてチュンさんなら思いそうだけど……そうしないってことはきっと、不本意な繋がりを作ってでも自分が死んだ後のための「保険」をかける理由があるんだ。
自分の考えを曲げてでも、自分が死んだあとでも、守りたいものがチュンさんにはあるんだ。
「本当、どうして戦うんだろう」
あたしが吐き出したその疑問も、今はただ札幌の春風に溶けるだけだった。
●
『もしもし萌音〜? 今日暇だったらさぁ〜』
「みこっちごめん! 忙しい!」
『うえっ⁉︎』
チュンさんのバ先を暴いてから一週間ほど経った日のこと。
あたしはスマホ越しに聞こえた友達からの遊びの誘いを蹴って、全速力でマンションを飛び出した。
「東京だーーーーーっ! 東京だ東京だ東京だ東京だ、東京だぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっ‼︎」
「うるさい」
例によってパピオンの内部にある真っ白空間。
厳選して着た私服で跳び回ってはしゃぐあたしの横で、いつもの革ジャン姿のまま胡座をかいたチュンさんが妙に不服そうな顔を浮かべていた。
「だって東京! 東京ですよ⁉︎ テンション上がらないほうがおかしいですよ!」
「遊びに行くんじゃないぞ」
「わかってますって!」
なにを隠そう、あたしたちはパピオンに乗って猛スピードで東京に向かっていた。理由はもちろん、界獣の気配をパピオンが感知したからである。
「今回は……元いた場所とけっこう離れてますね」
反対側でコンビニのツナマヨおにぎりを黙々と食べていたちーちゃんがモニター越しに見える景色に目を向けて言った。
「んああ」と生返事しつつ、スマホでSNSを流し見しながらチュンさんが答える。
「前にも言っただろ、界獣は基本的にパピオンや使い手を優先して攻撃する傾向があるけど……すべての界獣に当てはまることじゃない。より多くの人間の破壊衝動を吸って成長した個体のなかには、アタシらには目もくれず自由気ままに暴れまわるヤツもいる。特性上そういうのはだいたい、もっと人が多い地域に出現するな」
「なるほど、だから東京。……ん、パピオンって以前まではこんなロボットみたいな感じじゃなかったんですよね? その前まではこういう時どうしてたんですか?」
「遠隔でパピオンを操るか……今回みたいに余裕があるときはアタシも直接出向いてたな、飛行機で」
「そ、それは……大変そうですね」
基本的に気だるげな振る舞いをするチュンさんだけど、やっぱり界獣が絡んだときは行動に妥協がない。
それにしても栄えてる地域に界獣が現れるってことは、それだけ一回の戦いで出る被害も大きくなっちゃうはずだよね。
「いつも以上に気合い入れないと、ですね!」
「お前は気合いの入れる方向を間違ってないか? なによそのおめかし具合は。デズニーでも行くつもりかっての」
「えっ、行かないんですか?」
「行くか! 界獣倒したらちゃっちゃと帰るぞ!」
「え〜〜〜〜〜〜! ちょっとぐらい観光しましょうよぉ。あたし中学の修学旅行京都だったから東京は初めてなんですよ〜! ね、ちーちゃんも色んなとこ行ってみたいよね?」
「あ……わたしは、前まで東京住んでたから……」
「あっ、そうだった」
「じゃあ置いてくから一人で遊んでこいよ」
「ね〜〜ほんとに——————わぁ……」
不意に床がうっすらと透け、飛行中のパピオンの下に広がる景色が見えた。
レゴをばら撒いたみたいに一面角張ったコンクリートが敷き詰められてる。こうして高いところから見ると本当に別世界に来ちゃったみたい。
あ、あれがスカイツリーかな。
あたしにとってはちょっとした感動ものだったけど、そこにターゲットの巨大生物の存在は確認できなかった。
「…………まだ界獣、現れてないみたいですね」
「パピオンの探知にもムラっけがあるからな。ネットの目撃情報もなし……ま、そのうち出てくるだろ」
「じゃあじゃあ、一旦降りて観光——————じゃなくて調査しましょうよ! 怪しいところがないか!」
「……………………まあずっと空をうろついてても仕方ないか」
「やったぁ〜! ちーちゃんスタバ行こ! 東京の店舗行ってみたかったんだ〜」
「うん、いいよ」
「チュンさんも!」
「行かない行かない」
『パオン』
あたしたちの意思を汲み取ってくれたパピオンがすこしずつ降下していって、東京湾のほうに着陸……というか着水した。
水面から頭だけ出したパピオンから東京の大地へと、チュンさん、あたし、ちーちゃんの順番で跳び移っていく。
スマホのマップを見るに、よく聞く港区ってとこなのかな? もうテンション上がってきた!
「異変があったらすぐにパピオンを通して知らせろよ。女子高生はまだ深いとこの接続に不慣れみたいだから、そのへん頼むぞ中学生」
「はい」
「その通りなんだけどなんか複雑〜。ていうか別行動なんですね」
あたしが保護者のつもりだったんだけど、チュンさんから見たらパピオンとの繋がりが強いちーちゃんのほうが頼りに見えるみたい。
ともあれ、いまは東京に集中。
戦いが起きて呼び出されるまでにどれくらい猶予があるかわからないんだから、猛スピードで観光————じゃなくて調査に向かわないと!
「——————えっと〜この桜花爛漫白桃フラペチーノをグランデで、ソースとホイップ増量……あと果肉も増やします! ちーちゃんは何にする?」
「えっ、あっ……えと…………」
チュンさんと別れたあたしたちはひとまず定番の渋谷を目指した。
ウロウロしてるうちに目がついて、かの有名な交差点から原宿方面の道へ進んだ途中、おっきな建物のなかにあるスタバに入店。
正真正銘都会の風景に馴染んでるその空間に立てた感動に震えるあたしとは裏腹に、ちーちゃんはレジ前に立ったときからずっと困り顔で視線を泳がせてる。
「わたしも……萌音ちゃんと同じので」
「オッケー! すみません、この子も同じ白桃フラペチーノで! サイズどうする?」
「普通ので……」
「この子のはトールでお願いします! カスタムは? ソースとホイップ増やす?」
「あ……同じの、で」
「ソースとホイップ多めで! 果肉かミルクプリンの量はどうする?」
「……プリン、多いと嬉しい」
「ふたつ目はプリン多めで! 以上です!」
ふんだんにカスタマイズしたものをそれぞれ注文した後、あたしたちは空いてるテーブル席に腰を下ろした。
「ふわぁ〜……店内広くておしゃれ〜……な感じがする気がする!」
ぶっちゃけ月山のツタヤ書店のほうが大きくて煌びやかだけど、この規模のお店がいたるところに点在してるって考えると末恐ろしや東京。
山盛りのホイップが乗ったフラペチーノをウキウキで写真に収めてから、あたしは豪快にストローを通してそれを飲み始めた。
「————ん〜! 心なしか地元のより美味しい!気がする! それにしてもこんな気軽に東京来れるなんてラッキーだよね。パピオンに感謝し……」
不意に、いつかの戦いで壊れた街と、入院したお母さんの姿を思い出す。
言いかけたところであたしは自然と口をつぐんだ。
さすがにちょっと不謹慎な物言いだった。
あたしたちはこれから現れるかもしれない界獣を追ってここに居るんだ。
こんなに背の高い建物も人も多いところで、あたしたちはパピオンを使って巨大な界獣と戦わなくちゃならない。
何もかもを守れる保証なんてどこにもないんだから、いまみたいな軽率な発言はしないよう常に心がけてないと。
「実際いつまで続くんだろうね、この戦い」
「フォーチュンさんは……“核”を倒すまでって言ってた」
「かく?」
カップにあるドーム状の蓋を外して上のホイップをストローですくい取ったちーちゃんは、一口それを舐めたあとで言った。
「界獣が出てくる周期には……必ずその現象の中心になる“核”も現れるの。ほかの界獣はその“核”が作り出した道を通じてわたしたちの世界にやってくる……って、最初の戦いのあと萌音ちゃんが眠ってる間に聞いたよ」
「聞き逃しすぎでしょあたし……。つまるところ、界獣たちの親玉がいるってこと?」
「うん。……普段はほかのものに擬態して過ごしてるけど、呼び出せる界獣が尽きたら今度は“核”自身が界獣になって、パピオンを襲ってくるみたい」
「まさにラスボスって感じだ。擬態って……もしかして、もうこの世界のどこかにいたりするのかな?」
「そういうこと……なんだと思う」
フラペチーノが想像よりおいしかったのか、ちーちゃんが若干瞳をキラキラさせながら続ける。
「“核”を倒すと界獣の出現は一時的に止まる。でもある程度の間隔を空けて、また新しい“核”がやってくるみたい。そしてまたパピオンが現れて界獣と戦う……。そうやって長い間、パピオンと使い手は時代ごとに役割を継承して、戦ってきた」
「間隔って……どれくらい? 数年ごと? それとも何十年、何百年とか?」
「そこまではわからないみたい。いつ生まれたのか、いつから戦ってるのか……界獣やパピオンは、これまで使い手になってきた人たちにとっても知らないことのほうが多いんだって」
「そっかぁ……」
チュンさんがパピオンや界獣のことをいろいろ知ってるのは、使い手の先輩から教えてもらったからってことだよね。ちょうど今のあたしたちみたいに。
そう考えると改めて不思議。
もしかするとあたしたちが小さかった頃とか、生まれるより前から誰かがパピオンと一緒に界獣と戦って、この世界を守ってきたってことだよね。
たぶん、あたしたちが役目を終えるようなことがあれば、その先も知らない誰かが……。
「……これ飲んだら、チュンさんと合流しようか」
「ん……うん」
なんとなく理解していたつもりだったけど、なんだか考えてるうちに自分たちが背負ってるものの重大さがずっしりと背中にのしかかってくる感じがあった。チュンさんは何年もこの重圧のなかで戦ってるんだろうか。
とりあえずスタバは楽しんだし、ここからはしっかり世界を守ってあげてもいいかな、なんて。
「なんか東京からどんどん離れてる気がするけど、ほんとにこっちにいるの?チュンさん」
「うん」
渋谷を離れたあたしたちは、また電車に乗って神奈川方面に移動した。
てっきり都心部をメインに散策する想定だったんだけど、ちーちゃんテレパシーによるとチュンさんとパピオンは東京は東京でも県境に近いところ、世田谷区の二子玉川って街にいるみたい。
「おっきい川だね〜。月山にもこういう河川敷あればいいのに」
「うん、綺麗」
多摩川っていう街の名前そっくりな大きい川の横に通ってる歩道で開けた景色を楽しみながら、あたしたちはチュンさんの姿を探した。
対岸のほうには野球コートがいくつもある。
月山にも川はあるけど、ここまで大きな河川敷にはちょっと馴染みがない。アニメとかでよく見る画角が目の前にあって、ここでもちょっとテンション上がった。
「ん、あれチュンさんじゃない?」
「あ……」
まっすぐ続いていた道を進んでいたそのとき、見覚えのある革ジャンと赤メッシュが視界に入って思わず手を振る。
「おーいチュンさ〜ん! フォーチュンさ〜ん!」
体ごとぶんぶん腕を振るあたしの呼びかけに気づいて振り返ったチュンさんが「げっ」と言ったのが口の動きでわかった。「げっ」はないでしょ「げっ」は。
しかしあたしもふと気づく。なにやらチュンさんを隔てて女性がひとり佇んでいた。
長い髪をひとつに束ねた、ほんわかした雰囲気の女の人。
チュンさんとお話し中だったっぽいその人はネギを覗かせたエコバックを片手に下げていて、その持ち手には桃色のキーホルダー…………いや、マタニティマークがついてる。
「あら、フォーチュンちゃんのお友達?」
「友達っていうか……後輩っていうか……」
そんなやりとりが聞こえてくる距離まで近づいたところで、急にチュンさんが踵を返した。
「チュンさん? その人どちらさまで——————」
「帰るぞ」
「うえっ⁉︎」
「おあっ……」
まるでさっきまで会話してた妊婦さんとあたしたちの接触を防ごうとしてるみたいに、チュンさんは慌てた様子であたしとちーちゃんの手をとって逆方向に歩き出した。
「な、なんか話してたみたいですけど、大丈夫なんですか……⁉」
「————フォーチュンちゃん!」
なにがなにやらわからないあたしがチュンさんの横顔に困惑した目を向けていると、妊婦さんが両手を口元に添えながら声を張った。
「体に気をつけてね! ……私たち、いつでも待ってるから!」
立ち止まったあとで、チュンさんも静かに応えた。
「…………母さんもね」
え、とあたしの目がまんまるになるのが自分でもわかった。
結局その日は界獣に関係ありそうなものは見つからず、あたしたちはパピオンのなかで寝泊まりすることになった。
普通の人には見えないけど念のため目立たない場所に居ようってことで、二子玉川でパピオンに乗ってまたお台場近くの東京湾まで移動。
頭の部分だけ海から出してもらって、チュンさんはその上に腰を下ろしてタバコを吸いながらほのかに光る東京の街のほうをぼんやり眺めていた。
「お隣いいですか?」
パピオンのなかに置かせてもらってたリュックからスケブとペンを持ち出しつつ、あたしもパピオンの頭の上に出てチュンさんの隣に座る。
「副流煙のほうが健康被害がデカいって話だぞ」
「いいですよそれくらい、チュンさんとお話しできるなら」
「ダメだ」とか言われるかと思ったけど、チュンさんはあたしが東京の夜景をスケッチし始めても黙り込んだままだった。
目こそ合わせてくれなかったけど、しばらくしてチュンさんのほうから切り出してくる。
「中学生は?」
「人混みに疲れてたみたいで、すぐ眠っちゃいました」
「そうか。お前もいまのうちに寝とけよ。いつ界獣が現れるかわからないんだから」
「は〜い。これ描き終わったら寝ますよ」
大雑把に線を引きながら、あたしはおそるおそる口を開く。
「チュンさん、東京の人だったんですね」
「……まあね」
「なんで今は北海道にいるのか、聞いてもいいですか?」
「もう聞いてるだろそれは」
「昼間の……チュンさんのお母さんは、パピオンのこと知ってるんですか?」
「知るわけないだろ」
タバコの煙と一緒にため息を吐きながらチュンさんは視線を下げる。
「まさかあんなところを見られるとは……変な気まぐれなんか起こすもんじゃないな」
「ご実家がこの辺りなんですね。ついでに帰省できてちょうどよかったじゃないですか」
「実家はもうない。立ち退いたからな」
一瞬の沈黙。
「……それって、パピオンと関係してたりします?」
あたしがそう言うとチュンさんは観念するように、もう一度煙と一緒に重たいため息を吐き出した。
「ま……粘着されるのも、変な予想を立てられるのも鬱陶しいし。……かっこ悪い話だけどな」
「そんなことないですよ」
「まだなに言ってないだろ」
「世界を守るために命張ってる人が、かっこ悪いわけないです」
反射的にスケッチブックから目を離してチュンさんの横顔を見る。
「……なんだよ、それ」
咥えかけてたタバコを下げながら、チュンさんは独り言のように話し始めた。
「アタシの父親はいわゆるDV野郎でさ、アタシが一歳くらいのときに母親と離婚してるんだ。もうぜんぜん記憶にないけど、最初はほとんど逃げるみたいな感じで家を飛び出したらしい。だからアタシは物心ついたときから、母親と暮らした記憶しかない」
思っていたよりも重たい言葉を口にするチュンさんに、ペンを握るあたしの手が汗ばむのがわかった。
「小さい頃からずっと、アタシとあの人は二人三脚で暮らしてきた。世間的に見れば貧乏な暮らしだったかもしれないけど、そんなのはどうでもよかったし、べつに問題にもならない。あの人は仕事を頑張ってくれるから、アタシは家事をすれば誰にも負担は偏らない。心配かけたくなかったから、勉強も素行も優等生で通るように学校生活もそれなりに充実させたつもりだ。父親のことだって……そもそも記憶にないんだから最初からいなかったのと同じ。父親がいないことが嫌だと感じたこともなかったし、アタシはその生活に満足してた。アタシの世界はアタシと、あの人だけで出来てた。……アタシはそれで満足だったんだ」
ぎゅ、とチュンさんが自分を抱え込むようにタバコを持ってない左手で右腕を握る。
海の上だからだろうか、一度だけ寒そうに震えていた。
「でも高校に上がる頃、『新しいお父さんになるのよ』って知らないおっさん連れてこられてさ、アタシもうなんかよくわからなくなっちゃって、初めて親とケンカしたよ。新しいって……アタシには父親がいたことないんだから新しいもクソもない、アタシはこれまでと同じでよかったのに、急に知らないおっさんと暮らすことになるなんて絶対に嫌だって、娘に“フォーチュン”なんて名付けるちゃらんぽらんな母親が選ぶ男なんてロクでもない奴に決まってるって、それはもうみっともなく喚き散らしたよ。びっくりしてたなぁ、あの人」
「……もしかして、その男の人も、その……ひどい人だったんですか?」
「いや、むしろその逆」
自嘲するみたいにチュンさんが肩をすくめる。
「再婚相手はこれ以上ないくらいの優良物件だったよ。職業は投資家とか言ってたかな? いくつか会社も経営してるらしい。世田谷区に家建てられるなんて相当な富豪だぜ。加えて世間知らずなあの人を真っ当に愛してくれる、人間としても出来た男だったよ。連れ子のアタシにも適切な距離感を保ってくれる気の利いた人。マジ、よくあんなの見つけてきたよねー。……いや、向こうに見つけてもらったのか」
「え? じゃあ問題ないんじゃ……」
「そうだね、問題ない」
気持ちを押し込めるように、チュンさんはまた一口タバコを吸っては煙を吐き出した。
「問題ないから…………アタシだけが置いてかれてるんだ」
その瞬間、あたしはチュンさんが抱えているものがなんとなくわかった気がした。
チュンさんはおもむろに足元のパピオンに触れて、優しく撫でながら続ける。
「そんなときにコイツと……“使い手”の先輩に出会ったんだ。界獣と戦う日々は、グレる一歩手前だったアタシに勇気をくれた」
「勇気……ですか?」
「そ、勇気。再婚相手の男は……まーそれはいけ好かないくらいに出来た男だったけどさ、社会的にも経済的にも優位なポジションとられてることには変わんないわけじゃん? 当時のアタシはそれがとにかく気に食わなくてね。よく知らないおっさんに人生預けてるようなもんだし、不安だろ? だから界獣と戦うことに優越感を感じて自分の気持ちを処理してたんだ。『お前が不労所得で生きていられるのはアタシが世界を守ってるおかげなんだぞ』って、どうにかしてそいつにマウントとりたかったんだよ」
「あ、たしかにかっこ悪い」
「だろ? ……それから少しして、戦いの途中で界獣の攻撃に巻き込まれた先輩が跡形もなく消し飛ぶのを見て……アタシはこの戦いの怖さを知った。界獣に苦戦することがあれば——————いや、戦いに負けるようなことがあれば、あの人たちもただじゃ済まないって。だからできるだけ遠くに行こうって思った。界獣がパピオンに引き寄せられる性質のことは、先輩から教えられてたしな」
「……それで北海道に?」
「ああ、高校卒業してから今に至るまで、ずるずるとな」
たぶんその恐怖はまだ、あたしには想像できない。あたしはまだなにも失っていないから。
一息ついてから、ようやくあたしの方に目を向けたチュンさんが言う。
「前に戦う理由はなにかって聞いたな、これが答えだ。アタシは自分のしょうもない生き甲斐のために界獣と戦ってるし、その目的を維持するための戦場としてあの人たちが巻き込まれる可能性が低くて、かつ土地の広い北海道を選んだ。……お前の地元にだって人はいるのにな。アタシはどこまでも自分勝手で、自己中心的な理由で戦ってる」
どこか苦しそうに語るチュンさんに、あたしがまず抱いた感情は安心だった。
チュンさんが話してくれた内容は、ほとんどが予想もしていなかったものだったけど、ひとつだけあたしが思っていた通りのことが読み取れたから。
「やっぱり、チュンさんって優しいんですね」
訝しむように眉をひそめたチュンさんが口をへの字に曲げる。
「話聞いてたか?」
「聞いてたから言ってるんですよ。……いろいろ言ってましたけど、結局はお母さんたちを守りたいから界獣と戦ってるんでしょ? 優しいし、でもやっぱりかっこいいです!」
「いや、だから……」
口ごもるチュンさんに対して、あたしは間髪入れずに言葉を繋げた。
チュンさんは優しい。これだけは絶対に覆したくないと思ったから。
「あたしたちはテレビのヒーローでもなんでもない、普通の人間なんですから……何もかも完璧に守るのは難しいと思います。それでもチュンさんは、できる限りのことをやろうとしてくれますよね? バイトも住むところもそう。チュンさんは人生の全部をかけて世界を守ろうとしてるんだって、あたしわかります」
誇張表現でもなんでもなかった。
同じ立場にいるからわかる。……あたしならきっと、独りになった時点で戦うことをやめちゃってたと思う。
ちーちゃんとチュンさん——————ふたりが考える時間をくれたから、こうしてあたし自身の世界を守る機会に恵まれている。
「いままであたしたちの世界を守ってくれて、ありがとうございます!」
だから自然とそんなことを口走っていた。
豆鉄砲食らったような顔のあと、チュンさんはまた夜の東京が見える前方に向き直る。
「……ほんとにさ、ガキみたいな理由なんだよ。いま思い出してもムカつくし、その場の感情を優先して飛び出した手前、これから先もあの人たちと一緒に暮らせてる未来が浮かばない。——————でも…………でもさ」
寂しそうに瞼を細めて、涙なんかぜんぜん出てないけど、チュンさんは泣きそうな声でつぶやいた。
「あいつといるとき、お母さん………………楽しそうに笑うんだよなぁ」
それはいろいろ語り尽くしたあと、最後に残った本当に純粋で飾り気のない想い。
あたしには、そんなふうに思えた。
「チュンさんの気持ち、すこしだけわかる気がします。あたしもお父さんいないので」
「そうなのか?」
「はい。といっても、チュンさんとちがってなんとなく一緒に暮らしてたな〜って、うっすらと覚えてはいるんですけど……。お仕事の関係で出張したっきり、帰ってこなかったんですよね」
ひとりで電車に乗るお父さんをお母さんと一緒に見送った記憶はあるんだけど、どこに行ったのかまでは覚えてない。
お父さんがどういう経緯でいなくなったのかも、お母さんなら知ってるかもしれないけど、あたしもあの頃は本当に小さかったし、あまり実感がないまま成長しちゃった。今さら掘り返してお母さんを悲しませちゃったら嫌だから、詳しく聞くつもりもない。
「それであたしも小さい頃からお母さんと二人で暮らしてきたので、今さら新しいお父さんができるって考えると、ちょっと気持ちの整理つける時間は必要になるかなって思います」
「…………そうか。いい人だといいな、親父さん」
「そうですねぇ」
慣れた手つきでポケットタイプの携帯灰皿を取り出したチュンさんが咥えていたタバコをそのなかへ押し込む。
それからチュンさんは立ち上がると、出入り口の役割を果たしてるパピオンの耳に向かって静かに歩き出した。
「これだけは言っておくよ」
「え?」
「アタシは世界を守ってたわけじゃない。いつも自分のために界獣と戦ってる。それに誰かを付き合わせるのが後ろめたかったから、お前たちと距離を置こうとした。本音を建前で塗り固めて女子高生と中学生を危険な目に遭わせたダメな大人さ。……優しくもかっこよくもない」
パピオンの耳で覆われた空間が歪んで、チュンさんはそのなかへ溶けていく。
「じゃあいいですよ! 優しくなくたっていい! かっこよくなくったって! 呼び方なんかどうでもいい!」
あくまで閉じこもろうとするチュンさんの背中に、あたしは負けじと言い放った。
「エゴいことが悪いだなんてあたしは思わない! だって……それが人じゃないですか! あたしはただ、大切な人を守るために……その人のいる世界ごと、全部丸ごと一緒にひっくるめて守ろうとしてるチュンさんの生き方は、間違ってないって言いたいだけなんです! 優しくなくても、かっこよくなくても、正しくなくても、そんな悲しい顔で語られるだけじゃダメですよ! 絶対に!」
立ち止まったチュンさんは振り返らない。
あたしもあたしでどうしてこんなに熱くなっちゃってるのか正直わからなかったけど、ここで言いたいことを吐き出さなきゃ絶対にダメだって確信だけはあった。
だって、チュンさんはもうあたしにとって赤の他人じゃないから。
それだけで、たったそれだけの理由でも、チュンさんには後ろ暗い顔をしてて欲しくないって、そう思ったから。
「……お前はいい奴だよ、女子高生」
それだけ言い残して、チュンさんはパピオンのなかに戻って行っちゃった。
「————あたしの言ってること、間違ってないよね?パピオン」
『パオン。パオパオパオ、パオン』
「ごめん、なに言ってるか全然わかんないや……」
頭の上に寝そべりながら聞くあたしにパピオンが相槌を打ってくれる。
ちーちゃんみたいに感情が読み取れるとまではいかないけど、自分を卑下するチュンさんのことをパピオンも心配してるっていうのは何となくわかった。
根拠はないけど、チュンさんをずっと支えてきたパピオンならそうしてくれるかなって思った。
「あんまり距離が縮まったって気はしないけど、すこしはチュンさんのことが知れてよかったな。……今度はパピオンのことも教えてね!」
『パオン』
やっぱりなに喋ってるかわかんない。翻訳機能とかないのかな?
「あたしも早くちーちゃんくらい色々わかるようにならないとな〜……」
自分の腕を枕にしながら、ふと東京の夜景に目を移す。
普通に生きてるだけじゃ体験できないような海面からの景色だからかな。
あたしたちだけが世界から切り離されているような、そんな疎外感がちょっぴりあった。
●
『————どうして行っちゃうの?』
女の子が泣いてる。
こっちに向かって、小さな女の子が……「行かないで」って叫んでる。
『あたしもついていく』
それはできない、と答える。
『一緒にいたらダメなの?』
静かに頷くと、女の子は一層悲しそうな顔を浮かべて泣きじゃくってしまう。
パピオンに乗るようになってから、時折おかしな夢を見るようになった。起きるとすぐに忘れちゃうんだけど、眠ってる間は不思議と鮮明に覚えていられる。
ちーちゃんやチュンさんの話を総合すると、これはたぶん界獣を通して見る幻なんだと思う。
界獣は人間の破壊衝動を餌にして成長するらしいし、戦うたびに界獣が宿す悲しい気持ちとか、苦しい気持ちがあたしたちのほうに流れてくるんだ。
でもなんか、今回のこれはちょっとちがう。
目の前にいる女の子はとても悲しそうで、それを見るあたしも胸が痛くて仕方ないのに、心の奥底にはなぜかあたたかい気持ちが光を放っていた。
それに……東京に来てからはまだ、界獣と戦ってはいないはず。
それなのにこんな夢を見るのはなんか、おかしいような……。
あ——————でもパピオンって、
「————起きろ女子高生」
「あぇ?」
ほっぺたをペチペチと叩かれて、あたしは微妙に弾力のある床で目を覚ます。
瞼をこすりながら体を起こすと、隣でちーちゃんが「おはよう萌音ちゃん」とつぶやく姿が見えた。
そうだ。昨日の夜チュンさんと話して、パピオンのなかに戻ってからすぐに眠ったんだっけ。
「おはよございます……」
「もう昼だけどな」
「えっマジですか?」
咄嗟に枕元に置いてたスマホを確認すると、もう正午を回っているところである。
せっかく東京にいるんだから、今日も朝早くから街に繰り出そうと考えてたのに……。
「あっ、そういえば朝ごはんどうしましょう?」
「呑気なこと言ってないで海水で顔でも洗って目ぇ覚ましとけ。……きたぞ」
「え?」
立ち上がっていたチュンさんがモニター越しに東京の街を睨むと、すぐに異変は現れた。
大きな揺れとともにビルが倒壊する騒音。もう聞き慣れたものだ。
「……界獣っ!」
トゲトゲした都会のなかを移動する巨大物体をパピオンのモニターが捉えて、寝ぼけてたあたしの意識も自然とはっきりした。
「いつも通り速攻でカタをつける!」
「はい!」
「よ〜し、いきなり変形! ギガントパピオーーーーーーーーン‼︎」
かぶっていた毛布を取っ払って、あたしは高々に叫んだ。寝起きだからちょっと声が枯れ気味だ。
海上からブースターを吹かせて舞い上がったパピオンがみるみる二足歩行に形を変えて、剣と一体になった右腕を構えながら街のほうへ突撃していく。
「いた! ……なんかこの形……」
「……ペンギン?」
あたしとちーちゃんが揃って目をこらす。
港区の車道を闊歩していたのは平べったい体の……ヒトデとペンギンを合わせたような見た目の界獣だった。
なんかちょっとかわいいかも。
「先手必勝!」
チュンさんが意気込むのと同時にパピオンが右腕の剣を引いた体勢で地上に降下。
界獣の頭部めがけて一気にそれを振り下ろした。容赦なし!
——————だけど向こうはそう簡単に勝負を決めさせてはくれなかった。
「……バリアか⁉︎」
剣が界獣に接触する寸前、なにもない空間に刃が阻まれちゃう。
よく見ると円形で半透明の障壁があたしたちの攻撃から界獣を守っていた。
「また厄介な能力を……!」
「わたしがやってみます……!」
ちーちゃんが前に出て、宙を跳びながら犬型に戻ったパピオンが着地してすぐに界獣の周囲を駆け回り始める。
速度が上がったパピオンの動きに反応しきれず、今度は界獣がバリアを出すタイミングよりも早く、あたしたちはスレスレのところまで近づくことができた。
そのまま尻尾を使った打撃を浴びせていく。
「思った通り……! バリアが出る前に近づけば、大丈夫です……っ」
「ちーちゃんさすが!」
「……! いや待て、なにか様子が……」
チュンさんが前のめりになって注意を向けた先を、あたしとちーちゃんも遅れて見やる。
なんか……界獣が体を折り畳んでるっていうか…………変形してる?
パピオンと同じように?
「————回避ッ!」
最初にチュンさんが呼びかけて、あたしとちーちゃんも意識を重ねる。
平べったい星マークの形に変わった界獣が電ノコみたいに高速回転しながら迫ってきて、パピオンの胸元をかすめていきながら後方のビルを真っ二つに切り裂いた。
「おっかないフリスビーだ!」
「フリスビーなら咥えられるだろ、パピオン!」
青空を旋回して戻ってくる界獣に対し、パピオンが大きく口を開けて迎え撃つ。
飛ぶ電ノコを思いっきり噛んでキャッチ。
ぎゃりぎゃりぎゃり!ってヘタクソな歯医者さんの治療を受けてるみたいな不快な感触が伝わってきて、最後には押し負けて派手に転んじゃった。
「うぅっ……!」
「ちぃ……っ!」
「もう一回……! 三度目の正直変形! ギガントパピオーーーーン!」
高層ビルを切り刻みながら再度飛来してきた界獣の体当たりを、今度は獣人騎士の姿で防御する。
盾で受け止めることには成功したけど、界獣の勢いはぜんぜん止まる気配がない。
あたしたちはまた体勢を立て直そうと、力の方向を後ろへ受け流すようにいなした。
「こっちでもダメかぁ!」
「馬鹿正直に待ち構える必要ない! アタシたちからも仕掛ける……!」
背中のブースターが火柱を伸ばして、パピオンの巨体が飛翔。
不規則に飛び回る星型の界獣を叩き落とそうと、あたしたちもそれを追って東京の空を駆けた。
界獣が背の高い建物を巻き込むたびにその瓦礫が地上に降り注いでいるのが見える。これ以上戦いを長引かせるわけにはいかない。
空中で何度も交わりながら剣で斬撃を浴びせていくけど、最初のときみたいにバリアで防がれちゃって依然ダメージが通ってる感じはしなかった。
こっちの手札はぜんぶ使い切っちゃってるし、こんなこと考えたくないけど……もう打つ手なしって雰囲気が漂い始めてる。
それでも弱音は吐けなかった。あたしたちが負けたら終わりだって、ここにいる三人だけが知ってるから。
負けられない。
諦められない。
自分だけで、自分たちだけでなんとかしなくちゃいけない。
必死で、死ぬ気で、
「……守る……ッ!」
不意にチュンさんがこぼした言葉を、あたしも思い浮かべていた。
その直後、一瞬だけ界獣の位置を見失う。
すぐに真横から近づいてきてるのに気づけたけど、防御が間に合わなくてもろに体当たりを食らってしまった。
ビル群を巻き込んで背中から盛大にパピオンが倒れる。
砂のお城みたいにあっけなく崩れる建物や道路。
……戦いが始まってからどれくらい経ったんだろう? まだ三分、大丈夫かな?
「……ッ」
不安に駆られながらもう一度パピオンを立たせようとしたそのとき、眼下でなにかを見つけたチュンさんの横顔が、声にならない叫びを上げて歪むのを見た。
「……あれって」
パピオンを通してチュンさんの焦る感情と一緒に、チュンさんがなにを凝視しているのかも理解できた。
————お母さん、だ。
すぐ近くで足を挫いたチュンさんのお母さんが、立ち上がれずにうずくまっている。
界獣を追っているうちに世田谷区まで来ちゃってたんだ。
巻き込まれちゃう。小さい頃からふたりで一緒に頑張って、暮らしてきた、生きてきたお母さんが。
「————チュンさん、行って!」
考えるよりも先に、あたしはそう声に出していた。
「は……⁉︎」
「しばらくあたしとちーちゃんで食い止めます! チュンさんはお母さんを助けてあげて!」
「っ……いまのパピオンはこの三人の共鳴で成り立ってるんだ。アタシが欠けたら、うまく動かせなくなるかも……」
「んなこと言ってる場合じゃないでしょ! あたしには才能マシマシのちーちゃんがついてるんですから大丈夫です! ねっ、ちーちゃん!」
「えうっ、あっ、うん……! がんばってみる……」
「そうは言っても……!」
わかってる。パピオンと繋がってるあたしたちは三人とも、同じ不安を共有している。
こういう状況になって初めて意識した。
前例のない(たぶん?)巨大ロボみたいな姿に変化したパピオンは、これまであたしたち三人で発想と想像と経験を補いながらなんとか成立させてきたんだと思う。
チュンさんがいなくなったら「経験」がなくなる。パピオンと意識を重ねて、思い通りに動かすっていう「経験」に基づいたシームレスな動きができなくなるかもしれない。
でもそれがなんだ。
目の前にいちばん守りたいものがあるなら、どっちを優先するかなんてわかりきったこと!
「あたしたちは『予備』なんでしょう⁉︎ チュンさんが戦えなくなったとき、代わりに界獣と戦わせるために誘ったんでしょう⁉︎ やってやるっての!」
「お前……」
「チュンさんはチュンさんのために戦ってください! あたしも勝手に……!やらせてもらいますから!」
会話の最中にまた迫ってきた界獣へ、ヤケクソ気味に正面から剣を振って衝突する。
直前に大きな声を出してたおかげか、火事場の馬鹿力でなんとか攻撃を弾くことができた。でもすぐにまた戻ってくる、あの凶悪な流れ星は。
「————————ッ!」
チュンさんの意識がパピオンを動かして、その場で素早く巨体をしゃがませる。
複数あるパピオンの出入り口のうち、チュンさんは口内から飛び出すと喉元まで持ってきてた左手の肉球の上に着地。
そのまま地面に降ろしてもらうと、脇目も振らずにお母さんのいた場所を目指して駆け出して行った。
「……ごめんちーちゃん。変にプレッシャーかけちゃって……」
「ううん。頼りにしてくれて、嬉しかった」
些細なやりとりを続ける間もなく、すぐに界獣がこちらに戻ってくる。
確証はないけど、あたしたちの予想は当たってる気がした。重たい鎧を着させられながら馴染みのないスポーツ、いやアクションゲームかな? とにかく慣れないことをやらされてるみたいな……。
基礎的な経験値がごっそり抜け落ちて、これまで無意識下でやれてたパピオンの基本的な動きが集中しないと成り立たなくなってる。
心が読めたりといろいろ凄かったちーちゃんも、いままでは戦い慣れたチュンさんと繋がってたからこそ、ワンコ形態で縦横無尽にパピオンを操れてたんだ。
ああもう、弱音吐いてる場合じゃない。なんかほんと、あたしってば仲間思いすぎ!
アタシはダメな人間だ。
優柔不断で、素直じゃなくて、いつも誰かに気を遣わせてばかりいる。
向き合う努力をこわがって、いつも楽なほうへ楽なほうへ、傷つく覚悟ができないまま流されるだけ。
お母さんがあのおっさんを連れてきたときもそう。変わることが怖かったアタシは、自分の気持ちを変えなくて済む楽な道を選ぼうとして、家を出て行った。
お母さんの気持ちを無視しながら。
いや……本当は最初からわかってたのに、
「……母さんっ!」
「……! フォーチュンちゃん?」
未だ立ち上がれないでいたお母さんを見つけて、アタシは急いで肩を貸しながらその体を背負う。
手には昨日と同じマタニティマークが付いたエコバッグを下げていて、それにしては背中に乗っかる体重が軽やかに感じて奥歯を噛んだ。
「買い物、昨日済ませたんじゃなかったのかよ」
戦闘区域とは逆方向を目指しつつ、絞る出すようにアタシは言う。
「洗剤とか買い忘れちゃって……。ふふ」
「なんで笑ってんの?」
「ちょっと思い出しちゃった。昔はよくフォーチュンちゃんのことおんぶしたな〜って。いまは私がされる側なんだな〜って思ったら、なんかおかしくて」
「はあっ? 状況わかってる?」
呆れそうになるけど、一般人は界獣やパピオンの姿を正しく認識できないから、こんな調子でも仕方ないか。
でもそれにしたってビルが壊れて瓦礫が降ってくる光景は普通に見えるんだし、お母さんは能天気すぎると思うけど。ほんと、昔から変わってない。
そんなだから変な男に引っかかりがちなんだ。
「ごめんね、フォーチュンちゃん」
「……なにが」
「フォーチュンちゃんにはもう苦労をかけさせたくなかったから、あの人と出会えたときも……きっとフォーチュンちゃんも喜んでくれるって、勝手に思っちゃってた」
「もういいよ」
背中越しに聞こえるお母さんの声を遮って答える。
「おなか…………大丈夫?」
「うん。もう安定期に入ってるから」
「……そっか」
自分以外のぜんぶは、アタシが家を出て行ってからもずっと前に進んでる。
止まっているのはアタシだけ。道を選んでもいない、ずっとうずくまっているだけ。
そんなアタシに今さら家族ヅラする勇気もないけど、
「アタシもさ、ひとりじゃないから。……心配しなくていいからね」
それだけは、伝えておきたい気がした。
「……それでも」
眠たくなるような穏やかな声でお母さんが言う。
懐かしい声。
そうだ小さい頃のアタシは、友達と遊んで迎えに来てもらった帰り道、背負われながら聞く……時代遅れの子守唄が好きだった。
「私はいつでも、待ってるからね」
こんなことで救われたなんて思っちゃいけない。そう強気に考えられたらかっこいいのかもしれないけど。
「うん」
やっぱりアタシはどこまでも中途半端だった。
距離を置こうとしても、知らず知らずのうちに自分から近づいちゃうんだ。
……アタシが自分の都合で戦っていることを、女子高生は肯定してくれた。間違いじゃないと言った。
かっこ悪い。かっこ悪いけど……それでもいいって言ってくれる奴がいるなら、もう少しだけ素直になってみてもいいのかもしれない。
「うわうわうわうわうわムリムリムリ! 難しすぎるってコレ!」
界獣は流れ星形態とペンギン形態を交互に切り替えながらあたしたちを翻弄する。
こっちの攻撃はバリアで防がれちゃうし、向こうの攻撃は速すぎて盾じゃ対処しきれない。頼みの綱のちーちゃんもチュンさんがいなくなってからワンコ形態も上手く扱えなくなってるみたいだった。
完全に手玉にとられっぱなしの状況。
相手にビームとか火力高そうな攻撃手段がないのが救いだ。それがあればとっくにあたしたちがやられてたと思う。
ふたつの足と尻尾を大地に突き立てて全身を支えながら、パピオンは身を縮めて全方位からくる界獣の体当たりに耐えることしかできない。
「ちーちゃんなんか、こっから巻き返せる方法あるかな⁉︎」
「……無双守護鉄神ギガデラス第四話に……あの界獣と同じような、バリアを使う敵が出てきた。作中ではさっきわたしがしたみたいに、バリアを張られるよりも早く攻撃することで攻略してたけど……」
「でもそれだけじゃ流れ星になられたら追いつけないよ!」
「改めて視聴して、別の攻略法を探ってみる」
「いまぁ⁉︎」
「わたし円山イマジネーション入ってるから……」
おもむろにパーカーのポケットからスマホを取り出したちーちゃんがサブスクアプリを開き始める。
本当に好きなんだなぁ、ヒーロー番組…………なんて微笑ましく思ってる場合じゃないけど。
『パオン』
「パピオン⁉︎ なに——————⁉︎」
白い壁に足元を映すサイドモニターが投影される。
そこに拡大されていたのはさっき送り出した先輩……!
「ちーちゃんおねがい!」
「あ……うんっ」
ちーちゃんがスマホを握りしめながらむんっ、と全身に力を込めるとまたパピオンが一息で四足歩行に変形。
車道の上でパピオンが器用にバク転しつつ、回転の途中で背後から近づいてきてるチュンさんを丸呑みにした。曲芸だ。
「づッ……!」
「チュンさん、お母さんは⁉︎」
「近くにいたタクシーに乗せてきた!」
「よかったです!」
天井から落ちてきたチュンさんが妙にかっこよく受け身をとりながらあたしたちの隣に並び立つ。
さあこっからどうしよう! ……と考えた矢先、次にチュンさんの口から聞こえたのは意外な言葉だった。
「ごめん、ふたりとも」
「はい?」
「……?」
「アタシが足を引っ張ってたよ」
いきなりなにを言い出すのかと思った。
チュンさんがいなかったらあたしたちなんてボロボロだし、実際いまも自分たちの身を守ることで精一杯だし……。
首を傾げるあたしとちーちゃんに挟まれながら、チュンさんはこれまでとは一転して熱のこもった瞳で言った。
「パピオンは地球が作り出した界獣に対するカウンター。奴らと同じ、人間の精神を糧にして力をつける。——————本当はわかってたさ。アタシも歩み寄らなくちゃいけなかった。重ねなくちゃいけなかった。……お前たちと一緒に、戦わなくちゃいけなかった」
「戦うって……これまでもそうしてたよね?」
「うん……」
意図が汲めずにいるあたしたちに構わず、チュンさんは強気な表情で言い放つ。
「繋がりの問題だ。……アタシはもう、自分のやることを後ろめたくは思わない。いつか帰る場所を守るために妥協はしない。——————アタシは、つまみなら焼き鳥が好きだ!」
「はいぃ⁉︎」
「洋食より和食が好きだ! ワインはあまり好きじゃないが、気分転換にチーズと一緒にちびちびヤるのはたまにする!」
「なに⁉︎ いきなりなんの話ですか⁉︎」
「根負けしたんだよ」
眉間を押さえながらチュンさんが続ける。
「アタシのことが知りたかったんだろ? これで満足か?」
「いや〜、それはそうですけども……ちょっといきなりすぎて。ていうかやっぱりお酒のことばかりだし」
チュンさんが好きなタバコとお酒の話しかしないって前にちーちゃんに愚痴ったけど、もしかして単純に話のレパートリーがそれしかなかっただけなのかな?
「まあ積もる話はまた今度だ。アタシが言いたいのはつまり、もうお前たちに壁を張るのはやめるってこと!」
どこか開き直った様子で高らかにチュンさんは宣言する。
パピオンを通して伝わってくる感情は、たしかに正直で誤魔化しのない私利私欲ばかりだ。
お母さんのために、そして自分のために、世界まるごと守ってみせる。結論はなにも変わっていないのに、そこに以前のような後ろめたさはなかった。
「パピオンの力をより引き出すために相互理解が必要だって言うなら、アタシはもう自分を曝け出すことを厭わない。これから先ずっと丸裸でいてやる!」
「えっと……露出癖があるとか……?」
「比喩に決まってんだろ! いちいち調子くるうヤツだな!」
「い、いや急にすごい話してくれるから、実は隠してたそういう趣味も打ち明けてくれたのかと……!」
「あ……くる」
ちーちゃんの一声を聞いて、あたしたちはまた警戒心を結び直す。
ペンギン形態から星形へ、例によって高速回転を始めた界獣が空の彼方に飛んでいく。限界まで加速して、次の一撃で勝負を決めるつもりみたい。
「よくわかんないですけど、つまりはもっと仲良くなれるってことですよね? 願ったり叶ったりです! ————じゃあいきましょうか! 乙女だらけの女子会変形!」
「いや、ちがう」
「ええっ?」
「アタシも向き合い方を変えるって決めたんだ。この戦いに臨むうえでの在り方を。……だから!」
あたしよりも大きく前に踏み込んだチュンさんは大きく深呼吸すると、これまでにないくらい力強い声をおなかから出した。
「親愛変形! ギガントパピオンッ‼︎」
————なんか、すごく嬉しいこと言ってくれてる……!
チュンさんの想いに応えるようにパピオンが稲妻みたいな眼光を疾らせながら変わり始める。
二足歩行のシルエットは保ちつつ、上半身に集中してた装甲が足先に移って、巨大なジェットエンジンアタッチメントへ。
右腕にあった盾剣は尻尾パーツと合体してこれまた大きな対物ライフルに変化した。
「狙撃銃! チュンさんってミリオタだったんですか?」
「界獣が出すバリアの速度を超えるものを作ろうとしたらこうなった。……たぶんコンカフェの軍人イメージが混ざってる」
「なるほど! じゃあやることは一つですね!」
「ああッ!」
両足に装着されたエンジンが火を吹いて、パピオンも空のなかにダイブする。
「いた……!」
青色のなかを泳ぐこと五秒。
パピオンの視界を借りたちーちゃんが界獣を見つけると、あたしたちにもモニターの映像で位置情報が共有された。
「店で言ってたアレ、見せてやるよ……!」
「やっちゃってください!」
空中でブレーキをかけつつ、パピオンがライフルのスコープを覗く。
「ハートに——————————バッキュンッ!」
本当に流れ星みたいな速さで動き回る界獣。その軌道を先読みしたチュンさんの掛け声を合図に、パピオンはライフルの引き金を絞った。
界獣がバリアを展開するよりも先に光の弾丸が到達して、左翼部分を撃ち抜く。
「いまだ女子高生! 中学生!」
「「はいっ!」」
界獣の飛行バランスが崩れたことを確認して、あたしたちはもう一度パピオンを獣人騎士の姿に変形させる。
「これで——————————おし、まいッ!」
墜落しかけてる隙だらけの背中めがけて、あたしたちは必殺のパピオンブレードを振り下ろした。
心地いい花火が青色のど真ん中に咲く。
勝利を知らせる盛大な爆発を背にして、ちーちゃん、チュンさんとお互いに顔を見合わせた。
「いぇーい」
「い、いえい」
「チュンさんも。いぇーい」
ちーちゃんと拳を突き合わせたあと、あたしは内心おそるおそるチュンさんにも同じ手を差し出した。
ヒートアップしてたテンションが冷めてきたのか、チュンさんは恥ずかしそうに視線をうろうろさせる。
「おつかれ」
それでも最後には照れくさそうに笑いながら、拳をつくって返してくれた。
「も〜、そこはいぇーいって言わなきゃ」
ああ——————仲間って感じがする!
今日もまた、世界を救っちゃった!




