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第8話 沈んだ記憶

朝、目を開けた瞬間、頭の奥に微かな重さが残っていた。


夢を見た気がする。

けれど内容だけが、どうしても掴めない。


「氷月」


結菜の声で現実に戻る。


「おはよう」


そう言った瞬間、ほんの一瞬だけ言葉が遅れた気がした。


私。

そのはずだ。


教室に入ると、陽菜はいつも通り明るく手を振ってきた。

雫は静かにこちらを見ている。


その視線だけが、少し違っていた。


昼休み、廊下に出ると雫が立っていた。


「氷月」


呼ばれて足を止める。


「なに」


雫は少しだけ間を置いてから言う。


「さっきの返事、一瞬止まったよね」


「……普通だと思うけど」


雫は否定もしないし、肯定もしない。

ただ、見ている。


「最近、言葉の間が変わってる」


「間?」


「うん」


それ以上は言わない。

でも、その言わない部分が重い。


放課後、結菜と並んで帰る道。


「氷月」


「なに」


「最近さ、時々返事が遅い」


「そんなことない」


すぐに返す。

けれど、その“すぐ”が少しだけズレている気がした。


結菜はそれ以上言わなかった。

ただ少しだけ、黙った。


夜、眠りに落ちる。


落ちる感覚だけが、昨日より深い。


気がつくと、薄暗い空間に立っていた。

教室のようで、教室じゃない。


机がひとつだけある。


その向こうに、誰かがいる。


長い髪の少女。


「……緋月」


呼ぶと、少女はゆっくり顔を上げる。


「お兄ちゃん」


その声は、夢なのにやけに近い。


「ここは夢か」


「うん」


肯定とも否定とも取れない返事。


「何を見せたい」


緋月は少しだけ黙る。

そして机に手を置く。


「ねぇ、お兄ちゃん」


その瞬間、視界の奥で何かが流れ始める。


小さな部屋。

泣き声。

誰かの手。


その手が、何かを握っている。


「……やめろ」


声が出る。


けれど止まらない。


倒れる影。

静寂。


「これ、覚えてるでしょ」


「知らない」


言い切る。

でもその言葉の奥に、揺れがある。


緋月は静かに続ける。


「じゃあどうして、こんなに怖いの?」


その一言で、全部が崩れそうになる。


目が覚める。


天井。

まだ夜。


呼吸が少しだけ乱れている。


何かを見た感覚だけが残っている。


はっきりしないのに、消えない。


まるで最初からそこにあったみたいな記憶。


でも確信はない。


私は、自分の中にある“知らない記憶”を握ったまま、動けずにいた。

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