第27話 朝が来る
朝。
目が覚める。
カーテンの隙間から、柔らかい光が差し込んでいた。
静かな部屋。
時計の音。
揺れるカーテン。
全部、いつもの朝のはずなのに。
どこか少しだけ、世界が軽かった。
氷月はゆっくり身体を起こす。
隣を見る。
もう、誰もいない。
それを見た瞬間。
胸の奥が少しだけ痛んだ。
でも。
昨夜みたいに、息ができなくなるほどじゃない。
「……朝か」
小さく呟く。
返事はない。
その静けさが、少しだけ寂しかった。
洗面所。
鏡を見る。
そこに映るのは、自分一人。
長い髪。
眠そうな顔。
見慣れた“私”。
氷月はしばらく鏡を見つめる。
すると。
ほんの一瞬だけ。
鏡の奥で、誰かが笑った気がした。
「……」
瞬きをする。
もう何も映っていない。
でも。
怖くはなかった。
学校。
教室。
扉を開ける。
陽菜がすぐに手を振った。
「氷月おはよー!」
いつも通りの声。
いつも通りの朝。
氷月は少しだけ遅れて、小さく笑う。
「……おはよう」
その瞬間。
陽菜が目を丸くした。
「え、今笑った?」
「失礼だな」
「いやだって最近ずっと暗かったし!」
騒がしい声。
でも、そのうるささが少しだけ心地いい。
席に座る。
結菜が静かにこちらを見る。
「……少し、顔色いいね」
「そう?」
「うん」
結菜は少し安心したみたいに笑った。
その笑顔を見た瞬間。
胸の奥で、何かが柔らかくほどける。
雫は窓際でこちらを見ていた。
目が合う。
雫は少しだけ目を細める。
そして。
小さく言った。
「……行ったんだ」
氷月は、一瞬だけ目を見開く。
でも。
聞き返さなかった。
代わりに、小さく頷く。
雫も、それ以上は何も言わない。
昼休み。
屋上。
風が吹いている。
氷月はフェンスにもたれ、空を見上げた。
青い空。
あの日みたいな赤じゃない。
ちゃんと、“朝の続きの空”だった。
「……終わったのかな」
小さく呟く。
返事はない。
でも。
胸の奥には、まだ温度が残っている。
消えたわけじゃない。
忘れたわけでもない。
きっとこれからも、思い出す。
夕焼けを見た時。
水の音を聞いた時。
夢を見た時。
そのたびに、少し苦しくなるかもしれない。
それでも。
前みたいに、“止まったまま”ではいられない。
氷月はゆっくり目を閉じる。
風が髪を揺らす。
その瞬間。
耳元で、ほんの小さく声がした気がした。
――お兄ちゃん。
優しい声。
泣きそうな声。
でも。
今度はもう、苦しくない。
氷月は静かに目を開ける。
空はどこまでも青かった。




