第28話 残る温度
完結。
あの日から、少し時間が過ぎた。
季節はゆっくり変わり始めている。
窓を開けると、柔らかい風が部屋に入ってきた。
氷月は制服の袖を整えながら、小さく息を吐く。
静かな朝。
でも。
もう、この静けさは怖くなかった。
学校。
教室。
陽菜が騒いでいる。
結菜が呆れた顔をしている。
雫は窓際で本を読んでいる。
全部、いつもの光景。
でも氷月にとっては、“戻ってきた日常”だった。
「氷月、聞いてるー?」
陽菜の声。
「聞いてる」
「絶対聞いてない!」
騒がしい。
少しだけ笑ってしまう。
その瞬間。
結菜が小さく目を丸くした。
「……最近、よく笑うね」
氷月は少しだけ困った顔をする。
「そうかな」
「うん」
結菜は柔らかく笑った。
その笑顔を見ていると、胸の奥が少し温かくなる。
昼休み。
屋上。
風が吹いている。
空は高く、青かった。
氷月はフェンスにもたれながら目を閉じる。
もう。
声は聞こえない。
夢にも出てこない。
鏡の中に映ることもない。
それなのに。
時々、ふと思う。
“本当に消えたのか”。
「……緋月」
小さく名前を呼ぶ。
返事はない。
でも。
不思議と寂しくはなかった。
胸の奥に、ちゃんと“いる”から。
放課後。
帰り道。
夕焼けが街を赤く染めている。
昔は、この色が怖かった。
思い出してしまうから。
でも今は。
少しだけ綺麗だと思えた。
信号待ち。
ふと、店のガラスに自分が映る。
長い黒髪。
静かな目。
見慣れた自分。
氷月は何となく、その姿を見つめる。
その時。
ガラス越しの自分が、一瞬だけ微笑んだ気がした。
自分は、笑っていない。
風が吹く。
髪が揺れる。
瞬きをすると、もう普通の姿に戻っていた。
「……ふふ」
小さく笑ってしまう。
怖くない。
もう。
氷月はゆっくり歩き出す。
夕焼けの中を、一人で。
でも。
本当に“一人”ではない気がした。
耳元で、風が優しく揺れる。
まるで。
誰かが隣を歩いているみたいに。
おわり。
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