第23話 隣にいる妹
部屋の灯りは消えていた。
カーテンの隙間から、薄い月明かりだけが差し込んでいる。
その淡い光の中。
緋月は、そこに座っていた。
ベッドの端。
制服姿。
長い髪。
静かな目。
今までみたいな曖昧さはない。
輪郭も。
呼吸も。
そこに“存在している感じ”も。
全部が現実みたいだった。
氷月は言葉を失う。
「……なんで」
やっと絞り出した声。
緋月は少しだけ首を傾げる。
「ワタシが見えるから?」
違う。
そうじゃない。
見えることなんて、もう慣れ始めていた。
怖いのは。
“普通にそこにいる”ことだった。
「……夢じゃないのか」
「うん」
即答。
緋月は小さく笑う。
「今日は、ちゃんとこっち」
その言葉で背筋が冷える。
“今日は”。
つまり。
今までは違ったのか。
氷月はゆっくり視線を逸らす。
見ているだけで、頭が混乱する。
死んだはずだ。
なのに。
どうしてそんな普通の顔で座っている。
「……消えないのか」
小さく呟く。
その瞬間。
緋月の表情が止まった。
ほんの少しだけ。
傷ついたみたいに。
「消えたほうがいい?」
優しい声だった。
責める声じゃない。
だから余計に苦しい。
氷月は答えられない。
消えてほしい。
でも。
本当に消えたら。
きっと、自分はもう緋月と話せなくなる。
その沈黙を見て、緋月は少しだけ寂しそうに笑った。
「お兄ちゃん、優しいね」
「違う」
反射的に否定する。
すると緋月は静かに首を振った。
「違わないよ」
月明かりが揺れる。
部屋が静かすぎる。
その沈黙の中で、緋月がぽつりと呟く。
「ワタシね」
氷月は顔を上げる。
緋月は窓の方を見ていた。
「ずっと、一人だった」
その言葉で、胸が痛む。
「夢の中も」
「暗いところも」
「全部、一人だった」
静かな声。
感情を抑えた声。
でも。
その奥にある孤独だけは、痛いほど伝わってくる。
「だから」
緋月は少し笑った。
泣きそうな顔で。
「お兄ちゃんが見つけてくれて、嬉しかった」
氷月は息を呑む。
“見つけてしまった”。
その表現が妙に刺さる。
まるで。
今まで本当に、どこかに閉じ込められていたみたいで。
「……私は」
喉が詰まる。
「お前を、置いていった」
緋月は少しだけ目を細めた。
否定するでもなく。
肯定するでもなく。
ただ静かに聞いている。
「助けたかった」
「でも、怖くなった」
「諦めた」
言葉にするたび、胸が裂けそうになる。
でも。
緋月は怒らなかった。
ただ、小さく呟く。
「うん」
その“うん”が優しすぎて、逆に苦しい。
「……なんで責めないんだよ」
声が震える。
「私は、お前を」
最後まで言えない。
すると緋月は、ゆっくり氷月へ近づいた。
静かな足音。
ベッドが少し沈む。
近い。
近すぎる。
「だって」
緋月は小さく笑う。
「お兄ちゃん、ずっと自分で自分を責めてるから」
その言葉で、呼吸が止まる。
緋月はそっと手を伸ばす。
冷たいと思った。
でも。
触れた指先は、少しだけ温かかった。
「ワタシね」
優しい声。
「本当は、忘れられるのが一番怖かった」
氷月は目を見開く。
緋月は笑う。
寂しそうに。
壊れそうに。
「だから、お兄ちゃんがワタシを見てくれて、嬉しかったんだよ」
その瞬間。
氷月は初めて理解する。
緋月は復讐したかったわけじゃない。
憎んでいたわけでもない。
ただ。
“消えたくなかった”。
それだけだった。




