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第21話 沈んだ記憶

水たまりが揺れる。


赤い夕焼けが崩れる。


その中で、緋月だけが静かにこちらを見ていた。


――お兄ちゃんは、本当にワタシを助けようとしてくれた?


その言葉が、頭の奥に沈む。


「……っ」


息が詰まる。


「違う」


反射的に否定する。


でも。


何を否定しているのか、自分でも分からなかった。


氷月はその場から逃げるように歩き出す。


夕焼け。


赤い空。


全部が苦しい。


背後から声は追ってこない。


でも。


“見られている感覚”だけが消えなかった。


家。


玄関を開ける。


静かな部屋。


いつものはずの空間。


なのに最近は、“誰かが先に帰っている感じ”がする。


「……ただいま」


小さく呟く。


数秒の沈黙。


そのあと。


――おかえり。


また、声が返ってくる。


氷月は目を閉じた。


もう驚かなかった。


慣れ始めている自分が、一番怖かった。


夜。


眠るのが怖い。


でも、抗えない。


意識が沈む。


夢。


冷たい。


最初に感じたのは、水の感触だった。


暗い。


息が苦しい。


必死に水面へ手を伸ばす。


その瞬間。


小さな手が、自分の服を掴んだ。


「お兄、ちゃん……!」


泣き声。


緋月。


幼い声。


氷月は夢の中で目を見開く。


違う。


これは。


“あの日”だ。


流れる水。


崩れた足場。


冷たい雨。


記憶が少しずつ戻ってくる。


氷月は必死に緋月の手を掴もうとする。


でも。


滑る。


届かない。


「待って……!」


緋月が泣いている。


小さな手が震えている。


氷月も叫ぶ。


「掴め……!」


必死だった。


助けようとしていた。


そのはずだった。


でも。


次の瞬間。


頭の奥で、別の記憶が混ざる。


“離した”。


その感覚。


一瞬だけ。


ほんの一瞬だけ。


「助からない」


そう思ってしまった。


「……ぁ」


夢の中の氷月が固まる。


その一瞬。


緋月の手が離れる。


落ちる。


赤黒い水の奥へ。


「お兄ちゃん!」


叫び声。


その瞬間。


夢が壊れた。


目が覚める。


呼吸が乱れている。


全身が冷たい。


「……違う」


震える声。


「違う……!」


でも。


思い出してしまった。


助けようとはした。


本当に。


でも。


途中で、“諦めた”。


その事実だけが、胸に残る。


「っ……!」


頭を抱える。


涙が落ちる。


罪悪感。


後悔。


恐怖。


全部が混ざる。


その時。


耳元で、静かな声がした。


――思い出してくれたんだね。


緋月の声。


でも。


今までみたいな嬉しそうな声じゃない。


泣きそうな声だった。


氷月は震えながら呟く。


「私は……」


言葉が続かない。


許されるはずがない。


その時。


暗い部屋の中で、緋月が小さく言った。


――ワタシね。


沈黙。


そして。


――お兄ちゃんが、手を伸ばしてくれたの、ちゃんと覚えてるよ。


その言葉で、氷月の呼吸が止まった。

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