―第2話 「近すぎる距離」―
もうひとつのシリーズは3時過ぎくらいにあげます
朝の光は、昨日と同じように校舎を照らしていた。
けれど、その明るさが少しだけ眩しい。
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「氷月」
呼ばれて振り向くと、一ノ瀬結菜がそこにいた。
いつも通りの顔。
いつも通りの声。
ただ、それが一番安心する。
「おはよう」
「うん、おはよう」
それだけの会話で、少しだけ空気が柔らかくなる。
「昨日さ、やっぱりちょっと目立ってたよ」
「目立つ?」
「うん。あの教室の空気、変だった」
結菜は軽く笑いながら言う。
冗談みたいに。
でも、その言葉は冗談じゃない気がした。
「氷月ってさ」
結菜が歩きながら続ける。
「昔から、ちょっと“外側”にいる時あるよね」
外側。
その言葉が少し引っかかる。
「そうかな」
「そうだよ。考えてるのか、どっか行ってるのか分かんない時ある」
どこかへ行っているのは、僕なのか。
それとも――。
教室に入ると、また視線が集まる。
昨日より少しだけ慣れてしまった自分がいるのが怖い。
席に座ると、結菜が隣に立ったまま言う。
「ねぇ、氷月」
「なに」
「昔さ、覚えてる?」
一瞬、間が空く。
「何の話」
「ほら、ちょっと前のこと」
結菜は少しだけ視線を逸らす。
「……あの時さ」
小さく続ける。
「氷月、急に変わったよね」
変わった。
その言葉が胸の奥に沈む。
「変わってないよ」
そう言うと、結菜は少しだけ笑った。
「そういうとこだよ」
廊下の向こうで笑い声がする。
その中に紛れて、誰かの視線がこちらを見ている気がした。
――氷月。
また、声がした。
でも今回は、結菜の声のすぐ隣に重なっていた。
「ねぇ、放課後空いてる?」
結菜が話を変える。
「空いてるけど」
「じゃあ、ちょっと付き合って」
その言い方は、昔と同じだった。
強くもなく、弱くもない。
ただ自然に引っ張られる感じ。
「なにするの」
「内緒」
少しだけ笑う。
⸻
放課後。
校舎裏の小さな空間。
そこは静かで、外の喧騒だけが遠くに聞こえていた。
「これ」
結菜が小さな紙袋を渡してくる。
「……何」
「試してみて」
中には、少しだけ見慣れない服が入っていた。
「これ、似合うと思う」
冗談みたいな軽さで言う。
でも、その目は冗談じゃない。
「前にもさ」
結菜は続ける。
「こういうの、ちょっとやってみたらって言ったことあったよね」
記憶が、少しだけ曖昧に揺れる。
「……あれ、結菜が?」
「うん。似合うから」
その一言が、すべての始まりだった気がする。
「でも嫌ならいいよ」
結菜はすぐに言い直す。
「無理はしてほしくないし」
その距離感が、ずるいと思った。
優しいのか、無責任なのか分からない。
でも、断れない。
神代氷月は、紙袋を見つめたまま少しだけ黙る。
――また、声がした気がした。
今度ははっきりとではなく、境界の向こう側から。
ねぇ。
氷月。
視線を上げる。
結菜は何も言わず、ただそこにいる。
その存在だけが、現実だった。




