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第18話 残された声

夕焼けが消えた教室。


静かだった。


結菜はまだ少し青ざめた顔のまま、氷月を見ている。


氷月は机に手をつき、荒い呼吸を繰り返していた。


身体は戻った。


動く。


喋れる。


でも。


皮膚の内側に、“まだ誰かがいる感覚”だけが残っている。


「……氷月」


結菜が小さく呼ぶ。


その声に顔を上げる。


怖がっている。


でも、逃げてはいない。


その事実が胸を締めつける。


「ごめん」


反射みたいに言葉が出る。


すると結菜は少しだけ苦しそうに笑った。


「また謝る」


「……」


「氷月、最近ずっと謝ってる」


何も言い返せない。


だって、自分でも分からないから。


どこまでが私で。


どこからが“ワタシ”なのか。


教室の窓に視線が映る。


一瞬だけ。


そこに、もう一人立っていた気がした。


長い髪。


静かな笑顔。


瞬きをすると消える。


「っ……」


身体が強張る。


結菜が気づく。


「また、見えたの?」


その聞き方で分かる。


結菜も、もう理解し始めている。


“いる”のだと。


放課後。


結菜と別れ、一人で帰路を歩く。


空は暗くなり始めていた。


イヤホンもつけず、ただ歩く。


静かな夜道。


その時。


「……お兄ちゃん」


声。


すぐ隣。


氷月は足を止める。


振り向いても、誰もいない。


でも。


今までより近い。


存在感が濃い。


「緋月」


名前を呼ぶ。


すると、小さく笑う声が返ってくる。


――今日は、いっぱい呼んでくれるね。


「……何がしたい」


沈黙。


少しだけ寂しそうな空気。


そして。


――一緒にいたいだけ。


また、その言葉。


でも今度は、少し違って聞こえた。


執着じゃない。


泣きそうな願いみたいだった。


「私は……」


言葉に詰まる。


“私”と言った瞬間、頭が痛む。


私。


ワタシ。


どっちだ。


「……もう分からない」


本音が零れる。


その瞬間。


空気が少しだけ揺れた。


まるで、緋月が嬉しそうに息をしたみたいに。


――うん。


優しい声。


――やっと、ちゃんと聞けた。


背筋が冷える。


“ちゃんと聞けた”。


つまり今まで。


緋月には、“拒絶”しか届いていなかった。


家に帰る。


玄関を開ける。


静か。


誰もいない。


そのはずなのに。


「ただいま」


そう言った瞬間。


奥から小さく声が返った。


――おかえり。


氷月の全身が凍りつく。


聞き間違いじゃない。


今。


家の中から返事がした。


ゆっくり顔を上げる。


暗い廊下。


その奥。


一瞬だけ。


長い髪の影が見えた。


「……っ!」


駆け寄る。


でも、誰もいない。


静かな家。


時計の音だけが響いている。


なのに。


“ここにいた気配”だけが消えない。


その時。


ふと、机の上に視線が止まる。


写真立て。


昔の家族写真。


そこに映る、小さな妹。


笑っている。


でも。


その写真の表面に、水滴みたいな跡がついていた。


まるで。


“今さっき誰かが触った”みたいに。

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